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第30-2頁 心の温度


 そして今に至る。


 市役所の男性の種族差別により、一日の稼ぎを家に入れることができなかったため、父には酷く殴られ、母にはこの世のものではないものを見るような冷たい目でこちらを睨む。



 なんで私ばっかり。


 私は悪くない、悪いのは世界なんだ。


 私は悪くない、悪いのは種族差別をする人たちなんだ。


 私は悪くない、悪いのは私にばかり働かせる親……目の前のゴミなんだ。


 私は悪くない私はただ普通に生活したいだけ。


「お前が悪い! お前がこの家の疫病神なんだよ! だから俺らが貧しいんだ! そ、そうだ、お前さえ……お前さえいなくなれば……!!」


 あ…あぁ、私が悪いのか。


 私がいなくなればこのゴミたちは今より少しは楽に生活できるんだ。


 父親に胸ぐらを掴まれて、壁に投げつけられる。


 少女は悟った、全ては自分が悪いと。


 少女は悟った、私は疫病神なんだと。


 少女は言った、私はこの家を出て行くと。


「分かりましたお父様。私は……フレデリカは今日をもってこの家を出ていかせて頂きます」


「そうだ、出ていけ!」


 こうして少女は、ボロボロの家を出た。


「さようなら」


 その一言は少女の親には届いてはいなかっただろう。


 ただ少女がここに一生戻ってこないと誓った独り言のように言い放った言葉だったのだから。



・・・・・



 冷たい。


 心も、身体も、周りの人の視線までも。


 家を出た少女だったが、一日の魔物討伐を終えた後だったので、既に辺りは夜になっている。


 北西の氷雪地帯は昼よりも夜の方が冷え込み、魔物も凶暴化する。


 空は分厚い雪雲に包み込まれ、文字通り横殴りの大粒の雪が吹き荒れる。


 元々貧しいルドリエの街だったが、今は領地主の不在や整備されない交通網で不景気が続いている。


 そんな街に住む人々も、もちろん自分のことで精一杯で、少女を助けている時間と余裕は無い。


 少なくとも同じ分働いても、少女より稼ぎがあるはずなのに、誰も助けようとはしない。


 それもこれも市役所カウンターの男が原因だ。


 下級種族のエルフというだけで酷い差別を受け、対等に賃金を払ってもらえていないのだ。


 どうして私がこんな目に。


 私だけ、なんてわがままなことは言わない。


 ただ私は、当たり前のように両親から愛されて、当たり前のように友達がいて。


 当たり前のように喜怒哀楽の中で生きたいだけなのに。


 呪いだとまで言われた紅眼に涙を浮かべながら寂しい街を歩いていく。


 このまま死んだら……楽になれるのかな。


 家出をして小一時間。


 とうとう少女は厳しい寒さに耐えられず、地面に倒れた。


 目の前で人が倒れても、街ゆく人は目もくれず、ただ急ぎ足で過ぎ去っていくのみだ。


 雪の冷たい感覚が頬に刺さる。悔しさに全力で雪を握るが、それも意味がないに等しい。



 そこに、街の誰かが声を上げた。


「王様のお通りだ! 道を開けろー!」


 その言葉の後、街の通行人は道脇に集まり、王様と呼ばれる者の通る道を作った。


 ただ一人、道を開けない少女は、怒声混じりで男に言われた。


「おい! 王様のお通りだって言ってるだろ!」


「……」


 少女はこの寒さでボロボロの布一枚と錆び付いた小さな大剣だけを身に付けており、既に寒さで意識は遠のいていっている。


 そんな少女が声を聞いてすぐに立ち上がれるはずがない。


 そこで竜に乗った王は、一度竜から降りて少女に近づいた。


 ハッキリとしない意識のまま顔を雪に埋める少女に向かって、王様はただ一言。


「君、大丈夫かい?」


「……」


 そう少女に尋ねた。が、応答はない。


 この地域では珍しい深緑色の軍服を着て、長い緑の髪をたなびかせる王様は、ぐったりとした少女を抱き抱えて、暖かい毛布に包んで竜に乗せた。


 その様子を見て、村人は穢らわしいものを見るように言った。


「王様、そいつは汚れた下級エルフのガキです! そんなものを抱かれては王様まで汚れてしまう!」


「ならこのまま見捨てて少女を殺すか? それにエルフだからといって差別するのには関心しないね。まあいい、今は急いでこの子を暖めないと」


 軍服姿の女性の竜は、くるりと方向転換をして、貧しい雪の村[ルドリエ]を出た。


「この少女は私が預かる。今は栄養失調で倒れているが、きっと健康にしてみせる。辛い顔が似合う人など、この世にいないのだから」


 王様はその後、数日かけて少女を王都まで運んだ。


「低体温症もひどいか……ほらお食べ、私の食糧だが一食抜いたくらいで倒れることはあるまい」


 その道中、少女は目を覚まし王様から食べ物を分け与えられた。


「で、でも……私はエルフで、人間に世話されるなんて……」


「幸せなことも楽しいことも、まずはお腹を満たさないと。君は子供なのだから遠慮することはない。さあほら、こっちにおいで。私の肌も冷えてはいるが、君の体を温めるには十分だ」


 そう言って王様は手を伸ばし、少女の腕を掴んだ。


「ひいっ……!」


 父親からの暴力が原因で、腕を掴まれた=殴られると思ってしまった少女に、王は優しく微笑んだ。


 王は少女を自分の膝に置いて、背後から地母神のように抱きしめた。


「これを持っているといい、火属性の魔法石。触れているだけで全身がポカポカしてくるから」


「ポカポカ?」


「温まるという意味さ」


 少女は王から手渡された魔法石を、その小さな手のひらで包むように握った。


 その温もりは、少女の意識を回復させるだけでなく、周りの雪を全て溶かしてしまうと錯覚するほど、温かく少女を包み込んだ。


 そして再び少女は、深い眠りについた。



 ・・・・・



「姉さんあの子、どうしよう……」


「どうしようって?」


「あの子、なかなか起きない……」


 少女を起こしたアラームは、鈴の音のような愛らしい二人の声の会話だった。


 メイド姿の二人は、部屋の片付けをしながら話していた。


「大丈夫なの。サユリ様や王都近衛騎士団の医療班の人たちもいるの!」


「しぃー、姉さん……病人がいる部屋で大きな声、厳禁」


 何を話してるんだろう。声が遠くでよく聞こえない……けど、何を考えてるのかは何故かわかる。


 銀髪のメイドが会話をする中、自身の能力が発現したことに気づいた少女。


 その能力こそ[心情透視]である。


「ね、姉さん」


「ルナ」


 何かを感じたのか、メイドは顔を見合わせ、少女が寝ているベッドの方を向いた。


「あ、お、おはようございます」


 目が合った三人の少女。


 その中でいち早く挨拶をしたのはエルフのフレデリカだった。


 その言葉にメイドの二人も続ける。


「おはようございますなの!」


「おはようございます……」


 元気な子と臆病な子が手を繋ぎ、ぺこりとお辞儀した。


 幼さと可憐さが混ざったお辞儀に目を奪われた少女は、口をぽっかりと開けたままだ。


「あ、あの、ここはどこなんですか? 」


 暖炉もないのに暖かく、外には雪が降っていない。


 あの村から出たことがない彼女にとって、それはおとぎばなしか夢の中のような光景だった。


「ここは……王都バリシュメロにある」

「サユリ様の王邸なの!」


 どうやら嘘はついてないみたい。この子達私より小さいのにしっかりしてるなあ。


 少女はそう思いながら二人のメイドを眺めていると。


 一人の女性が部屋に入ってきた。


「やあやあ、おはよう。君も起きたみたいだね」


 深緑色の軍服に同じく深緑色のつばが着いた帽子、綺麗な肌に桃のような頬。


 ハイライトのあるその瞳から連想させるのは青い宝石その物だ。


「あ、あなたは……!」


 フレデリカは忘れる訳がなかった。


 意識が朦朧としている中、自分を温かく包んでくれた人物が目の前にいるのだ。


 その事を考えるだけで、今まで忌まわしいと感じてきた紅い眼に涙が溜まり、頬を伝ってベッドに落ちる。


「あなたは……私を助けてくれ、た……」


「そう。3日前、北西の氷雪地帯のルドリエで君を見つけた。この国ヴァイシュガーデンの王、伊豆海 紗友理だよ」


「イズミ……サユリ様」


「ようこそ、王都へ」


 その言葉がフレデリカの耳に届いた途端、彼女にまとわりついていた嫌な物が吹っ切れた気がした。


 ああ、ここは私を大事にしてくれる場所だ。あの街とは違う。みんなが優しくて……何より温かい。


 そう気づいた時、フレデリカは幼い子供のように泣いて泣いて、泣き喚いた。


 フレデリカにまとわりついていた嫌悪感や自分に対しての憎しみが吹き飛んで行った気がした。


「私はさ、泣いているより笑顔の方が人生を楽しめると思っている」


 だからさ、と紗友理は言葉を続けた。


「笑ってよ。フレデリカ」


クールな姿のこの国の王だが、笑顔は何とも純粋で、見る者全てを笑顔にさせてしまうほどだった。


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