第1219頁 失われし技術への挑戦
宿屋に現れたのは、国王のシノノメと付き添い人のスイレン。
彼女たちもまた傷だらけで、こちらが心配してしまいそうなほどボロボロだった。
「しろ、さざなみの花園……」
「ああ、白漣の花園だな。港都リュウグウからさほど遠くない、船に乗るついでに花の蜜を取れるだろう」
「ありがとうシノノメ、とっても助かるよ。それより腕どうしたの?」
私はシノノメの着物の袖を恐る恐る触り、そこに腕がないことをはっきりと確認する。
「シノノメ様と私、そして……いえ、私たち二人はカーソルノイツの基地を破壊して回っていたのです。最後の基地で少々強敵と出会いまして」
「腕を骨折した時から最悪の事態は想定していた。むしろ命があって良かったと思っている。たとえ両腕が無くなろうとも、足で刀を握ってみせよう」
微笑むシノノメは、しかしどこか寂しそうに失った肩を撫でる。
「でも腕の修復って、現代の医療技術じゃ何とかできないの?」
異世界の医療技術は魔法も相まって、かなり進歩している。
だから失った腕くらい何とかなりそうだけど……。
「切り離された腕が残っていれば何とかなったらしいのですが、シノノメ様の腕は大猿の歯で噛み砕かれていましたから。ああ、私が何とか動けていれば……」
「もういいと言ったはずだ、スイレン。過ぎたことを言ったからといって、失ったものが帰ってくるわけではない。そうだろうシズク」
「うん、そうだね」
いくら後悔したって、みんなが帰ってくるわけではない。
取り戻すためには行動あるのみだ。
「シノノメ様、さっき[聖具の再誕]って言ってましたけど、それについて詳しく教えていただけますか?」
お茶を飲みながらエルメスは手を挙げて、シノノメに問う。
「ああ、もちろんだ。腕を噛みちぎられた私はいつの間にか気絶していて、その夢の中でとある女性と出会ったんだ─────」
彼女は語る。
彼女の師匠である女性の話と、聖具の覚醒……[聖具の再誕]についての情報を。
・・・・・
「「「「海神刀が五界奏団の持っていた聖具!?」」」」
皆が目を丸くしてそう聞き返す。
確かに海神刀って他の聖具に比べて明らかにオーバーパワーで、レベルが違うと思っていたけど……。
「じゃ、じゃあシノノメ様が[聖具を受け継ぐ人]の五人目ってことですか……? ふぇぇ、ますます私なんかが持っていて良いのか不安になってくる……」
「何を言う、君は英雄の子孫だろう? 君以上に相応しい人間なんていないさ」
エルメスを慰めるシノノメに対して、時雨は椅子から立ち上がり彼女の手を握る。
「ホプナマキス、ホプナマキスって言ったよね!? それでその持ち主はアジサイ! そうだ、そうだよ……アジサイだよ! ああ、どうして今まで忘れていたんだろう!」
「時雨、何か思い出したの?」
「うん静紅お姉ちゃん、アジサイは五界奏団のお母さんみたいな存在で、みんなの保護者だったんだ。なのに戦いはめちゃくちゃ強くて、頼りになってたなあ……」
百年間という長い眠りについていた時雨は、その後遺症として百年前のほとんどの記憶を失ってしまっている。
大切な仲間の記憶を失ってしまい、悲しんでいた彼女は[五界奏団の彼らとの記憶を取り戻すことで弔いになる]と考え、記憶を取り戻すため旅をしている。
「ともあれ五人目がシノノメ様で本当に良かったです。敵対勢力では大変でしたから。そして聖具の再誕……現段階でも相当な強さを持っている[メロディアム・ウェポン]がまだ強くなるなんて」
ニンナの言葉に付け加えるように、時雨が言う。
「やっぱり百年もあれば聖具の力は失われちゃうよね。聖具の再誕に必要なのは技術力と武器との絆、か」
うーん、と腕を組んでかしげる時雨。
その横で、ぱあっと表情を明るくするエルメス。
「ちょ、ちょうど良いですね……! 今から私たち、工業国家ウルバロへ向かいますし、そこで聖具の再誕もやっちゃいましょう!」
「エルメスの言う通りなんだけど、聖具の覚醒ってつまり[聖具製造の技術]が必要だと思うんだ。でも百年後の現代には聖具製造の技術は無い……これから私たちが挑むのはすでに失われたロストテクノロジー、道は険しいかもね」
「うぇ……で、でも! もしかしたら聖具製造の技術を隠してる工房があるかも!」
「その辺りは行ってから考えたほうが良さそうだね。とりあえず今後の行動は決まったかな?」
まずは都に近い[白漣の花園]へ向かって花の蜜の回収。
そこから船に乗って、ドワーフたちが住まう工業国家ウルバロへ。
そこで聖具の再誕、そして魔法人形の二人の修繕を行う。
ついでにウルバロの花の蜜も回収して……うん、良い感じだ。
「暗い顔をしてたって意味ないですよね。……よし、頑張りましょう!」
自分の頬をパチンと叩いて、ニンナは聖杖センチュリオンを掲げる。
「が、頑張りましょう……!」「もちろん!」「無論だな」
それに続いてエルメス、時雨、シノノメも同じく英雄たちの武器を掲げ、重ね合わせる。
「ああ……」
英雄の武器メロディアム・ウェポンが重なり合う光景を見て、懐かしいと感じた時雨の目には小さな涙が溢れていた。




