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第1213頁 迸る赤熱、泳ぐは水鯨


 翡翠刀と彗星刀。


 それぞれ夢と現を切り裂く刀として、長年スイレンの愛刀として活躍してきた。


 しかしその片割れである翡翠刀がヒガンの攻撃により破壊され、スイレンの奥義である[幻想蓮華]が発動できなくなってしまった。


 動揺する彼女を庇うようにターボとダリアが前線へあがり、ヒガンへ重い二撃をお見舞いする。


「刀が……腹に……!?」


 ダリアの瞬間移動により、握っていた刀が突然腹部を貫通するように移動させられたヒガンは目を見開いて力なく数歩下がる。


「言っておくが、エンジンが使えないからって戦えないわけじゃないからな」


「まだ聞いてない。どうしてターボの弟と妹を殺したの」


「くっ……!」


 無理やり腹部から刀を抜き、大量の血を流す彼は目眩しのように魔法を唱えた。


「煙火!」


 煙を多く発生させる火種を周囲にまくことで煙幕を発生させたヒガン。


「一度距離を取れ、警戒だ!」


 皆が距離をとって煙に注目する中、煙の中のヒガンが影絵のように映し出されていた。


 彼は何かを口へ運び、そして噛み潰す。


 しばらくして火を乗せた暴風が周囲に広がり、煙の中の影が[巨大な猿]へと変貌する。


「スイレン、まだ戦えるな?」


「……無論です。幻想蓮華が使えずとも、私は戦えます!」


 砕け散った翡翠刀の柄を布で巻き、懐へ入れた後、スイレンは残った彗星刀を両手で構えた。


 大猿の咆哮を合図にシノノメ&スイレンは駆け出し、ヒガンの方へと走っていく。


 どうやら動物化することで大抵の傷は癒えるようで、腹部以外の傷も回復していた。


 たとえ傷が治るとしても理性を失い、化け物になるのは御免だ。


「海神刀・水鯨!」


 スイレンを飛ばすため、鯨を模した水塊を放つシノノメ。


 水塊がぶつかる直前、スイレンは鯨から飛び出し、空中で刀を構える。


「せやあッ!」


 軌跡を残しながら彗星刀を振り下ろし、大猿を斬りつける。


 が、大猿の反応速度も恐ろしく岩のように硬い腕で防がれてしまう。


「なんて硬さ……!」


「だが血は出ている、有効だ。ダリア、奴を空へ!」


「命令、するな」


 ダリアは腕を前に出し、大猿を強制的に空へ瞬間移動させる。


 空へ投げ出された大猿は狼狽えず、地上にいる一行へ拳を構えた。


『グゴオオオオッ!!』


 握りしめられた拳は確実にシノノメの方へ向いており、彼女は刀を鞘に納めて静かにそれを見つめていた。


「シノノメ、潰されるぞ!」


「やむを得ない、移動を……」


「手助け無用! シノノメ様が無策で立ち尽くすはずがありません。それよりターボさん、足を見せてください」


 スイレンがターボの足を確認する中、シノノメは猿を睨みつけていた。


 そして姿勢を低くして、刀の柄に手をかける。


「海神刀・水鏡」


 拳が地上にぶつかる刹那、シノノメは刀を抜き放つ。


 それは水面に映る鏡のように、大猿の拳の衝撃を反射し、彼へぶつけた。


 自分にも多少の衝撃を負うので完璧な反撃とは言えないが、スイレンの刀を防いだ大猿には間違いなく有効的な攻撃だろう。


「いっ……!?」


 骨折している腕に水鏡の衝撃が走り、思わず彼女は声を漏らす。


 攻撃を跳ね返された大猿は痛みとともに吹き飛ばされ、宙を舞うが、シノノメの腕が痛んでいる様子を見逃さなかった。


「クソ……動け、まだ使えるはずだ……!」


 反対の手で刀を握っているとはいえ、移動などでどうしても骨折した腕を動かしてしまう。


 その痛みが蓄積していたのもあり、腕に激痛が走ったのだ。


 痛みに悶えるシノノメの隙をつき、大猿は地を蹴って彼女へ飛びかかる。


「シノノメ様ッ!」


「はっ……!」


 今度は刀を構えていないことに気がついたスイレンは驚いて声を荒げるが。


 時すでに遅し。


 眼前には憎たらしい大猿の顔面があり、猿は大きな口を開き、こちらに向かってきていた。


 急いで刀を握り直すが、大猿の目標は[彼女の腕]だった。


 ズチャン、という肉と骨を切断する音と共に、周囲に鮮血が舞う。


 大猿は鋭利な白い歯でシノノメの腕を噛みちぎり、シノノメの身体はスルーしてそのまま後方へ流れていった。


「あああああああああッ!!!」


 骨折の痛みどころじゃない。


 彼女は利き腕を噛みちぎられ、血を吹き出しながら地面に蹲る。


「し、シノノメ様……そんな……」


 彗星刀を粉砕し、シノノメの利き腕を噛みちぎった大猿ヒガン。


 彼との戦いは苛烈を極め、そして大猿は既に大きな爪痕を残していた─────。

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