第1206頁 舞うクナイ
眼前に広がる光景は、夢か幻かと疑ってしまうほど無惨なものだった。
龍の死骸から垂れた体液がガラス瓶に収められていく様子を見て、スイレンは刀の柄を握る。
さっさとこんな場所破壊してしまおうと、刀を抜いたその時だった。
後方から何かが飛んでくる気配を感じ、彼女は伏せる。
ちょうど彼女の顔があった部分をナニカが空を裂きながら飛び、正面の壁に突き刺さる。
壁に突き刺さるそれは紙が括り付けられたクナイで、突き刺さってから時間差で爆発し、周囲に鉄片を飛び散らせた。
「あら、避けられてしまいましたか……」
後方の暗闇から姿を現したのは[キジ]の面をつけた背の高い女性だった。
彼女は両手でようやく持てるほどの大きな巻物を広げると、そこから数本のクナイを取り出した。
「忍術の類か。今ではめっきり見なくなってしまったが」
「正義感の強い泡沫姫のことです、いずれ見つかってしまうと思っていましたが、思いの外遅かったですね」
「何……?」
この国でカーソルノイツの活動が見られるようになったのは、ちょうど数日前からだ。
それから調査や追跡を行い、出来る限り最短でこの破壊作戦を行っていると思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「見てください、あのガラス瓶。エクス・マキナ生成用の素材があれだけ集まれば、もうこの基地に存在意義はありません。破壊するならどうぞお好─────あら?」
余裕綽々と話す女性の両腕に、突然二つの斬撃が走る。
「厄介ですねえ……幻想蓮華、油断も隙もありません」
「情報を得られると思って話を聞いていましたが、大した内容も無さそうなので斬りました。次は首を狙います」
「人類最強の付き添い人……そのスポットライトは泡沫姫に当てられることが多いですが、あなたも世界上位レベルの相当な実力者……」
女性は短くそう言うと、仮面を外して地面に落とす。
美しい瞳を持つ、整った顔の女性だ。
「私の名前はツバキ。お二人と戦えること、とても光栄に思います」
ツバキは隠し持っていた錠剤を一粒口に放り込み、噛み砕く。
すると周囲に一瞬暴風が吹き荒れたと思うと、彼女の背中から鳥の翼が生えてきた。
「今までと違う……全身を変化させるだけじゃない?」
今まで例の錠剤は全身が動物に変化し、理性の大半を失うという効果を持っていた。
が、今回ツバキは変身というより[元の姿に動物の機能を追加]しているように思える。
ツバキは翼を動かし、地下の大空間を飛翔する。
飛翔の勢いのままツバキは三つのクナイを投げ、シノノメたちの足元に突き刺した。
時間差でクナイに巻かれた札が発動し、爆発する。
その爆発によりクナイの鉄片が飛び散り、スイレンの足に小さいが確実なダメージを与えた。
「クソ、厄介なクナイだ……! スイレン、大丈夫か?」
「ええ、初発は受けてしまいましたが、慣れれば回避は容易……大した脅威ではありません」
無尽蔵に取り出し可能な大量のクナイを繰る女性ツバキ。
その脅威はクナイ自体の破壊力ではない。
片腕が使えないシノノメと、幻想蓮華の発動には数秒の隙が生じてしまうスイレンのコンビには少々厳しい戦いになるだろう。




