第1204頁 帯びる現実味
道中懐かしい近所の人たちと挨拶を交わしながら、シノノメとスイレンは父ボタンから教えてもらった[水車小屋]までやってきた。
一つ目の基地の廃村とは違って、ここには民間人がいる。
地上へ滝で叩き落とすなど、派手な戦いはできそうにないな。
「ここは立ち入り禁止だ、去れ」
そこには狐の面をつけた男が扉の前で腕を組んで立っていた。
「ほう……? ちなみにどこから許可をとっている?」
「何処だって良いだろう、それ以上ここに居座るなら実力行使─────」
次の瞬間、男はシノノメによる膝蹴りを顎に受け、気絶してしまう。
「実力行使と言い出したのは向こうだ、私は何でも武力で解決するようなクソ猫とは違う。そうだろ?」
「はいはい、そうですねシノノメ様。早く行きましょう、ここでも例の[エクス・マキナ]が召喚されていたら困ります」
小屋の中はからくり屋敷のようになっており、扉や床が素早く動き、本来は無いはずの地下への階段が姿を現した。
「一体いつからこんな基地が……」
「カーソルノイツはオラシオン教団と密接な関係にあるようですね。派生か、それとも協力体制にあるだけか。どちらにせよ教団のマンパワーは国家並みです。これくらいの地下空間、一週間もあれば出来るでしょう」
地下への階段を降りていく中、壁にかけられた絵をスイレンは見つける。
それは厄龍戦争時代のことを描いた絵で、龍や精霊が人々を襲っている様子だった。
「いてっ」
「これは……早急に国際会議をもう一度行う必要がありそうだな」
狭い一本道を進む中、シノノメが急に止まったものだから、スイレンは彼女の背中に顔をぶつけた。
「スイレン、私の頬を引っ張ってくれ。この景色は現実か?」
「え……?」
シノノメの体の横から顔を出し、奥の景色をスイレンは目にする。
地下の大空間、目の前に広がっていたのは数々の死戦を潜り抜けてきた二人でさえも、気分が悪くなるような光景だった。
龍の亡骸が鎖によって壁に固定され、血のようなものをダラダラと流し続けるその光景に、スイレンは自分とシノノメの頬をつねってみる。
「これで確定した。連中は龍を殺せるほどの戦力を持っている。そしてこの龍の亡骸を利用して、何かを作ろうとしている」
龍の亡骸から溢れた液体はガラスの容器に集められ、その周囲には満タンまで血を注がれた容器が所狭しと並べられていた。
「エクス・マキナは龍の要素を含んだ人工的存在……含みのある言い方に少々疑問を抱いていましたが、まさかこういうことだったとは」
スイレンは一つ目の基地で、男を尋問して聞き出した情報を思い出し、顔を真っ青に染める。
「つまりどういうことだスイレン」
シノノメに問われたスイレンは恐る恐るエクスマキナの入った水筒を取り出し、執拗にシノノメの方へ向ける。
「つまり、エクスマキナは龍の血や体液から作り出された存在。そしてそれだけの技術を彼らは所有しているということです」
「人員、技術、統制力……一端の教団がここまでのものを扱えるとは思えないな。この組織のトップは相当頭の切れる人間か、人智を超える何者かだろう」
「あまり想像したくないこと、ですがね」
明かされていくカーソルノイツの陰謀、それらが深まる度に、シノノメたちの中で[厄龍戦争]の再来が現実味を帯びていく感覚が増していくのであった。




