第1189頁 勝利を追う獣
「いつまで笑っていられるか……楽しみですね!」
スイレンはダンッと体重を乗せた一歩で踏み出し、一気にシノノメの懐へ潜り込み──────!
「せやあああッ!」
一度で二度の斬撃を繰り出すスイレンの二刀流がシノノメを襲うが、彼女は一本の刀で軽々と受け流す。
「態度の割には、先程から受け流しているだけのようですが?」
「すぐ終わっても退屈だろう。それとも何か、即敗北して屈辱を味わいたいのか?」
「その余裕はいつまで続きますかッ!!」
血気盛んな表情で刀を振るう彼女はまさに[戦いに飢えた鬼]だった。
そんな彼女にシノノメは微笑み、余裕の表情で刀を弾く。
「そんなッ……!? 一撃も通らないなんてッ!」
「世界で一番自分が強い、と確信しているような瞳だな。まあ、私もまだまだ強いとは言えないが──────」
そう言いながらシノノメは自身の背後に巨大な泡を一つ出現させた。
─────まだ実用段階とは言えないが良い機会だ、やってみよう。
能力の弱さに焦りを感じていたシノノメだが、[戦いに使えそうなアイデア]はいくつか思いついていた。
スイレンには悪いが、この戦い方が通用するか実験台にさせてもらおう。
水の泡の破裂するエネルギーを推進力にして、シノノメは物凄い速度でスイレンとの距離を詰め──────!!
「取っ──────」
シノノメの剣先は一縷の狂いもなく彼女の腕を捉えていた。
しかし。
「なっ!?」
彼女は攻撃を受けていたであろう腕の部分を[水に変えて]いた。
「どういう手品だ……? それとも魔法、能力の類か」
「私の能力。簡単に言えば[体を水に出来る]んです」
つまり先程スイレンは、シノノメに斬られそうになった部位だけを水にして攻撃をすり抜けさせ、カウンターに持ち込もうとしていたらしい。
本能的な危機察知、それに反応できる運動神経と反射神経。
シノノメには持ち合わせていない[才能]というべきソレを見て、彼女は悟った。
「……はあ、降参だ」
「……? え!?」
「降参降参、今の私には君を倒せる手段が無い。戦っても無駄だ」
両手を挙げてそういうシノノメに、今度こそスイレンは怒りが爆発した。
「最後まで戦ってください! こんな形で得た勝利など意味を成しませんッ!」
「どうしてそこまで勝利にこだわる? 剣士たるもの、勝利に貪欲でなければならないが、君のソレは異常だ」
言動自体は一般的な剣士だが、それよりも深い瞳のハイライトや鼓動、息遣いの変化からシノノメはそう感じ取ったのだ。
「私は最強になるべくして作られた子。戦って勝って、全員倒せば最強になれるでしょう?」
「作られた……? 君は人間じゃないのか」
「ええ、正真正銘の人間です。少なくとも機械ではありません。が、父は産んだではなく作ったと表現します」
木刀を腰に納めながら、シノノメはため息をついた。
「訳ありというわけか。分かった、ならこうしよう。君がこの道場に通う限り、定期的に決闘を行おう、こらなら文句は無いだろう?」
「……」
「だからこれからも道場に来い、私は君を気に入った」
「……!?」
突然、頭を撫でられたスイレンは脳内にハテナを浮かべたまま動くことが出来ない。
「これからよろしくな、スイレン」
「……は、早く倒して別の道場破りに行きますからね。それまではまあ……よろしくお願いします」
彼女の身体をよく見ると、全身に擦り傷があったり不格好に包帯が巻かれていたり、何より手に血豆が出来ていたり、色々複雑そうだという印象を受けた。
シノノメは柄にもなく[勝利]という獲物に囚われた獣を、救ってやろうと思ってしまった。
スイレンの頭を撫でた感触が、温もりが、しばらくの間消えなかった。




