第1187頁 桜が散る日、隣に君は
「これ……六花の髪飾り……?」
「それ、握ってみナ」
何気なくそれを握りしめる。
するとどこからともなく、機械的な音声が聞こえてきた。
[管理者名接続者アクセスからの申請を承認。個体名シズク・クイナグチに対する能力の接続を開始します]
瞬間、私の脳内に直接[彼女]の声が響く。
・・・・・
聞こえますか、静紅さん。
ごめんなさい、説明を省いて伝えたいことだけ伝えます。
ボクたちは[生物的]には死んでしまいましたが[精神的]には死んでいません。
魂は残り、身体も[蜃気楼]の奥に隠されただけにすぎません。
生き返る方法はあります。が、現状ボクたちが何とかすることはできません。
だから静紅さん、ボクたちの命をあなたに託します。
[花園の蜜]を十種類集めたのち、死者の国リーザレクトへ来てください。
アクセスの力によれば、花園の蜜という膨大なエネルギーとリーザレクトの[生死に曖昧]な風土が合わされば、蜃気楼の隠されたボクたちを取り戻せるかもしれないようです。
大丈夫です、静紅さんなら必ずやり遂げます。
ボクは静紅さんのそういうところに惚れたんですから。
そうだ、不服ですが静紅さんのサポートをフレデリカさんにお願いしました。
もしあの人が起きたら「六花が言っていた」と伝えてください。
それでは、どうかご無事で。
・・・・・
「六花……ううん、泣かない、泣かないよ……」
必死に涙と鼻水を拭い、私は彼女の髪留めを大切に握りしめる。
十種類の花園か。
私が今現在所持しているのは、確か四つだ。
まだまだ足りないな……頑張らないと。
これがあれば、みんなを……六花を生き返らせることが出来る。
そのためなら私は何をしてでも……。
・・・・・
「……というわけで、ここにいないメンバーは全員[蜃気楼]の自爆によって存在を隠された。取り戻す方法はある。私はすぐにでも花の蜜を集めたいんだけど、みんなはどう?」
マクロアルが宿屋を用意してくれた。
その一室に集まって、私、フレデリカ、時雨、エルメス、ニンナの五人は円卓を囲む。
皆に今後どうするか聞いてみたが、数秒待っても返答は無かった。
「そう、だよね。まだ気持ちの整理が付かないよね。ごめん、もう少し待つよ。とりあえず今日は休もう」
六花を失って悲しいが、ここは私が皆のことを引っ張っていかないと。
最愛の人を失って闇堕ちするキャラクターなんてアニメでたくさん見てきたからな。
私はそうはならない、ならないと信じたい。
「マクロアル、この宿って……」
「アァ、幾らでも泊まって良イ。ウチの知り合いの宿屋だからナ。……シズク、あんたに話がある。ここで話しても良いが……どうする?」
「いや、ここで良いよ。どうかしたの?」
マクロアルは一瞬目をぐるりと回し、何も言わずある箱を差し出した。
宝石などの貴重品を運ぶための、アタッシュケースのようなものだ。
皆が注目する中、私は円卓の中心に箱を置いてそれを開いた。
「あ……」
そこには黒く焦げ、修復の施しようがないほど酷く損傷した[魔法人形]の姿があった。
「そっか……そう、だよね」
「眠るあんたたちの前に落ちていタ。この二体の人形についてはウチも知っている。最期まで、主人であるあんたを守ったんダ、精一杯の感謝を伝えておきナ」
「うん……」
私はそっと二体の人形を持ち上げて、胸の前へ持っていく。
この世界に来てから二、三ヶ月後だったか。
リーエルの魔道具専門店で二人と出会い、購入した。
最初は人形が人間に変身するなんて、ととても驚いたが今では二人とも家族だと思っている。
「ずっと無理ばかりさせてごめんね。守ってくれてありがとう……」
「ねえマクロアル、修復する方法はないの? 何でも屋のあなたなら……」
「損傷具合を見てみろヨ。人形作りの職人でも不可能だヨ」
「そんな……」
椅子に座り、絶望する私の背中をフレデリカはそっと撫でてくれた。
「まァ話は最後まで聞けヨ。人形作りの職人でも不可能だが、全人類不可能というわけでもない。ウチに一人だけ心当たりがある」
「本当!?」
「アァ、最高の設備、最高の技術者たち……そこではありとあらゆる道具を製造、修繕してくれる。とりあえず[メタリカ・アイアンワークス]を訪ねてみナ」
工業とドワーフの国ウルバロにある、王が運営する異質な工房メタリカ・アイアンワークス。
マクロアルに紹介状を書いてもらい、私はそれを懐に入れた。
次の目的地が決まった。
仲間の大半を失った私たちは、叡智の技術を求めて工業の国ウルバロへ向かう。
これにて第23章 サクラサク・スピリトーゾ編、完結です。
愛人、家族、そして仲間を失った静紅達。
魔法人形の修復のため、彼女達は工業国家ウルバロにある[メタリカ・アイアンワークス]を目指します。
さて、次回から第23.5章 カーソルノイツ・ピリカート編をお送りします。
こちらはシノノメ&スイレンが主人公のお話となっていますので、お楽しみに!




