第1158頁 泡沫の庭園
「作戦……? 何かするんですか?」
私たちはオトヒメに時間をかけて[蜃気楼の精霊]と[カグヤ]、それと[カーソルノイツ]について説明口調で語り始めた。
「ああ、蜃気楼の精霊……奇妙な月の格好をした精霊ですね。それでその精霊を封じるためにカグヤ様と共同戦線を敷いていると……ッ! そういえばカグヤ様とも長らくお会いしてないですね」
「それで、オトヒメもこの戦いに参加して欲しいなって思ってさ。そのためにあなたを探してたんだ」
カグヤと双璧を成すオトヒメが居れば、蜃気楼の精霊との戦いで有利になれるはずだ。
戦力なのか権力なのか、どういう点で双璧を成しているかは私もいまいち分かっていないが、偉い人が二人も居れば何とかなりそうな気がする。
私の提案に、オトヒメはしばらく悩んだ後。
「もちろんです。家族全員分の食糧が確保できればすぐにでも! シズク様、ニンナ様、シグレ様には返しきれない恩がありますからねッ!」
「恩って、ただ人助けしただけだよー」
照れくさそうに頬を掻く時雨は「さて」と短く切って立ち上がる。
「じゃあ食糧をくださいって王様に頼みに行かないとね。そろそろ立てそう?」
「はいッ!」
オトヒメは軍隊のようなキビキビとした動きで立ち上がると、ニンナを先頭にして竜宮城の本丸へ歩いて行くのであった。
・・・・・
「「「ナグア、ギウマ、サテリーナ、アウグルヌス……」」」
篝火が揺れる巨大な地下空間にて、男たちの掛け声がどよめきとなって、地下の石壁が鳴動する。
その空間にいるものは皆、奇妙な動物の面をつけており、この空間の中心にある禍々しい鉄釜を囲んで詠唱にも似た掛け声を続ける。
そこには和服を着た者以外にも、魔術師のローブや露出の多い服装をした者も居る。
更に人間以外にも獣人族やハーフリング、ドワーフなど様々な種族がそこで掛け声をあげていた。
鉄釜には極彩色の粘液が入っており、グツグツと煮えたぎっている。
「「「我らが目指すは始まりの地、不浄の土地から始まる聖戦を再臨させ、今度こそ我らが理想郷へ……」」」
詠唱を続けるほど粘液が煮えたぎり、沸騰していくのが分かる。
集団の一人、豪華な装飾をつけた人物が柄杓のようなもので極彩色の粘液を掬い上げ、すり鉢の中に数滴垂らす。
そこに様々な漢方や薬草を入れてかき混ぜるとすぐに粘液は固まり、白く変色した。
奇妙な面をつけた人物たちは絶えず詠唱を続ける。
「「「我らが目指すは始まりの地、不浄の土地から始まる聖戦を再臨させ、今度こそ我らが理想郷へ……」」」
・・・・・
ししおどしの音が響く庭園には、いくつもの泡沫が浮かんでいる。
この世の宝物が全て詰まったような豪華さと和の厳かな雰囲気が両立されたこの庭園こそ竜宮城の本丸、王室だ。
庭園の奥には縁側付きの屋敷があり、その奥には坐禅を組んで瞳を閉じるシノノメの姿があった。
「シノノメ様、事前にお伝えしていた通り、面会に参りました」
「よせニンナ、私と君の仲ではないか。そこまで畏まらなくたって良い」
私がシノノメと会うのは、国際会議コンサット・ユニゾンぶりだ。
「おお、それにシズクとオトヒメじゃないか! 懐かしい顔がたくさんだな……っと、それとそこの弓を持つ少女は?」
久しぶりの再会に歯を見せて笑うシノノメは、時雨の姿を見ると立ち上がってこちらの方まで歩いてきた。
「うーむ、やはりどこかで見たことある気が……」
思考するシノノメだが結局答えは出ず、彼女は振り返って屋敷の方を指差した。
「あいにくスイレンは外していてな。まあ私も茶を淹れるくらいは出来る。よくきたな客人、歓迎するよ」
マカリナと居る時は二人で馬鹿なことをするイメージが強いシノノメだが、シノノメ単体で見ればそこまで頭のおかしい人ではないのか……?
まあそうでないと王様なんて務まらないか。
ついに辿り着いた泡沫の庭園にて、私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせるのであった。




