第1151頁 輝く提灯、舞う桜
「蜃気楼の精霊と、当時の戦いについて三人で話したいことがあるんだ」
カグヤの屋敷の庭園にて、私と時雨は並んでナイフに話しかける。
キノコタン・ナイフはペルソナとの通話機器としての機能を持っており、音質は悪いがどこでも彼女と会話できるのは大きい。
「私ね、詳しい当時の状況とかはあんまり覚えていないけど、あの月のことは覚えてるよ。でも蜃気楼の精霊なんて名前をつけられるほど力を持った精霊だったかな……」
『力を持っていたかと言われれば、そうではないわね。アレ……つまり今で言う蜃気楼の精霊が本調子を出すためには膨大な時間とエネルギーが必要だった。でも厄龍戦争当時はそんな時間もエネルギーも無かったから、精霊が完成したらとりあえず戦場に出していたのよ』
「量より質ってことか。あれ、でも封印の祠が作られるほどには強い精霊だったんじゃない?」
私は時雨の顔を覗き込んでそう言うが、彼女は首を横に振る。
「ううん、だってフレイマギアの矢で一撃だったんだよ。当時の私が化け物みたいに強かったのは認めるとして、それでもワンパンできる強さの精霊が、わざわざ祠を作って封印するほどではないと思うんだ」
「当時の時雨がどれだけ強かったのかは分からないけど……多分、当時の蜃気楼の精霊は下級精霊かそれ以下だったのかもね」
『今ニアに調べさせたら、八十年前に一度蜃気楼の精霊が覚醒して、ササヤマや港都リュウグウを襲おうとした事件があったらしいわ。おそらくだけど、戦後二十年という時間と何らかのエネルギーによって蜃気楼の精霊は力を蓄えて成長し、八十年前の人間と戦ったのかも。その時に祠が建てられて、封印されたんじゃないかしら』
「それが一番妥当な考察だね。……蜃気楼の精霊か、何が弱点なんだろう」
「……そもそも、弱点なんてあるのかな」
不安そうな顔の時雨は俯いて、庭の雑草をむしりながら続ける。
「蜃気楼の精霊は製造されてから百年間の時間を蓄えて成長してる。それはもう、本調子とかそういう次元じゃないと思うんだ。弱点とか苦手なものとか、そういうの全部超越しためちゃくちゃ強い精霊なんじゃないかって」
「うーん……」
『まあ悲観的な目で見るより最大限の準備をして、威風堂々立ち向かう方が気持ち的にも楽でしょう。……ああそうだ、最大限の準備といえば[オトヒメ]を山に連れていくことをお勧めするわ』
「オトヒメって確か、カグヤと双璧を成す偉い人だよね。カグヤが言ってた」
カグヤはオトヒメと同じくらい偉くて、オトヒメはカグヤと同じくらい偉いんだったか。
『彼女もそれなりの実力を持っているわ。蜃気楼の精霊がどれだけの力を持っているか未知数なら、彼女の力を借りましょう』
オトヒメ、か。
浦島太郎に玉手箱を渡したあの美女が確かそんな名前だった気がする。
港都リュウグウといいオトヒメといい、そういうモチーフの国なのだろうか。
・・・・・
夜、港都リュウグウにて。
久しぶりの晩酌を楽しむシノノメは、夜の城下町を眺めていた。
美しい夜桜と輝く提灯の明かりが城下を彩る。
「つまりだなスイレン、私は思うんだよ。私という武力にこの国は頼り過ぎていると」
「……王であるあなたがそれを言いますか」
シノノメの隣には酒ではなく温かい茶を啜るスイレンの姿があった。
「サユリは言った。一つの組織に力が偏り過ぎている国は安定しない。サンケンブンリツだったか、力が偏り過ぎていると独裁政治に成りかねないだろう?」
「さすが人類最強と謳われたシノノメ様、あなたが言うと説得力がありますね」
「ふふん、そうだろう」
「褒めていません。……私はひたむきに努力を重ね、小さくとも着実に力を身につけていくあなたが好きなんです。そんなあなたが誘ってくれたから、今も隣に居るんですよ」
若干頬を赤らめながら、しかしそれを隠すように俯き加減でスイレンは続ける。
「だから[力を持っているのが悪い]とか[持つべきではない]とシノノメ様本人が仰っていると、寂しい気持ちになっちゃいますよ」
「なっちゃいますよと言われてもな……」
「……権力の分散については、私も少し考えてみます。ちょうどカグヤ様とオトヒメ様がいらっしゃいますから、分散させるならこのお二人ですかね」
「そういえば長らく二人に会っていないな、彼女らは元気か?」
「いつも実際に会うのは私ですからね。お元気ですよ、お二人とも」
シノノメはちびちびと酒を飲みながら、二人の旧友……とくにオトヒメについて想いを馳せるのであった。
シノノメとスイレンの絡み、良いです、好きです……。
 




