第1139頁 こんばーじぇんす
ルリが右手の指を鳴らすと、この山全域に現れた星屑は彼の胸の前へ収束し、たった一粒の星となる。
「エレメンタル・コンバージェンスッ!!!」
絶望的な力の差を前に、しかしルリは自信に溢れた顔で笑う。
だが彼が放った星の欠片はあまりに遅く、人間の歩行速度を大きく下回る速度で飛んでいく。
「笑止、魔法の威力に特化しすぎたせいか速度が無いではないか。其方はもう少し頭がきれると思っていたが……」
笑いながら横へ一歩ずれる炎龍ファルルの背後から、突然耳を劈く咆哮が聞こえてきた。
「起きたか、ティア」
「何?」
『ぐおおおああああああッ!!!』
理性を失った獣のような龍が、巻き上がる土煙の奥から顔をみせる。
神殿の空間にギリギリ収まるサイズの大きな龍は、ファルル……アルトリアの小さな体を掴み、そして逃さぬよう力を込めて拘束する。
「なっ!?」
「わーはっはっは! エレメンタル・コンバージェンス、その意は収束! 溢れ出る激情は強敵を穿つ矛となる!」
かつてのルリを思わせる高らかな笑いを前に、ファルルは青ざめた顔をしていた。
ぴくりとも動けないのだ。
星のかけらはすぐ目の前まで来ているのに。
「ティア、悪いな」
『……』
ルリの言葉に答えることなく、風龍ティアマトはファルルと共に奥義エレメンタル・コンバージェンスを受ける。
極彩色に輝いていた空間は刹那、白一面の空間へと変貌する。
無音の轟音が響き渡り、この神殿はもろとも破壊された。
「くっ……はあ、はあ……流石にこの技は身体への反動が大きすぎる」
ファルルが気絶したことを確認し、ルリは満足げに地面に倒れる。
「わ、はは……これで我の勝ちだ……」
・・・・・
ルリの奥義から約一分後。
奥義の衝撃が原因かレナは一人、崩れかけた神殿の中で目を覚ます。
神殿はグラグラと揺れており、今にも壊れそうだ。
「なんだ、終わった……のか? アルトリア……ファルルの方も倒れてるってことは……」
レナの視界に映ったのは、激戦により半壊した神殿とボロボロになって倒れる三人だった。
「アルトリアの首元に三つの遺産……何がともあれ、ひとまず炎龍の遺産の回収は成功か」
ルリ、ティア、アルトリアの体を引きずって山を出て、レナは山頂付近の山道で三人の応急処置を行う。
応急処置なんて大それたことはできないが、出血している箇所を氷で塞いで止血するくらいはできる。
「ん、んん……レナ……?」
レナが振りまく冷気により体温が下がったのか、ティアは唸りながらもゆっくりと身体を起こした。
「よかった、目が覚めたか。一体何があったんだ?」
「話は長くなるけど……うん、ルリが勝ったんだ」
「そうか……今はそれだけで良いよ」
ティアは眠るルリの頬に触れ、優しくキスをする。
「ちょ、や、やめろよ! そういうのは二人の時にだな……」
一番負傷しているアルトリアの身体を手当しながら、レナは顔を真っ赤にする。
「はあ、ったく……でも良かった、これで遺産を三つも手に入れたぞ。残す遺産はあと一つだな」
勝利の実感を噛み締めるレナとティア。
その背後から、数十人の足音が聞こえてくる。
「ああ、そうだな。貴様らは三つも遺産を手に入れてくれた」
「誰!? 痛っ……!」
「動かない方がいいんじゃないか? 傷口が開いてしまうぞ」
振り返ると、そこには白いローブを着た人物をゾロゾロと立っていた。
その服には見覚えのある教団のマークが刻まれており、ティアはどっと青ざめた顔をする。
「オラシオン教団……!」
立ち上がり臨戦態勢を取ろうとするが、ファルルから受けた傷で思うように動けない。
「龍の遺産および封龍の巫女はこちらに引き渡してもらう」
「アルトリアは渡さない! 龍の遺産もだめ!」
─────オラシオン教団が龍の遺産を回収すれば、それこそ世界の終わりだ。今でこそ教団の軍事力が高くて困ってるのに、それを数倍以上に引き上げてしまう……!
ティアは力を振り絞って立ち上がり、よろよろとよろけながら教団員を睨みつける。
「ルリが死ぬ気で戦ったんだ。私がそれを守らずして、妻なんて務まらない!」
「ふっ、くだらん。おい連れていけ」
リーダーらしき人物が後方の人間に指示を出すと、一斉に団員たちがアルトリアの方へ集まっていく。
「やめて、持っていかないで!」
「それ以上近づくなら容赦はしない!」
倒れるアルトリアとルリの前に立って、満身創痍のレナとティアは魔法を構える。
「我々ははなからそのつもりだッ!」
教団員は一斉にローブの中から武器を取り出し、二人に襲いかかる。
風と氷の魔法が飛び交う中、やはり体に限界が来ていたのか突然ティアの足に力が入らなくなり、地面に倒れてしまう。
「ティア! くそ、離せッ!」
火山の熱を忘れさせるほどの極低温を放つレナだが、背面から拘束してくる団員に[液体が染みた布]で口を覆われ、意識を朦朧とさせる。
「えぅ、麻酔……」
「お願い、やめて……大切な仲間なんだ……!」
「知ったことか。大切な仲間なら、この女と仲良くした自分を恨むんだな」
団員たちは息を合わせてアルトリアの体を持ち上げ、何もないところから突如出現した[扉]の奥へ消えてしまう。
アルトリアの身体が扉の向こうへ行くまで、ティアは必死に手を伸ばし続けた。
「やめて、お願い、お願いだよ……ティアマト、どうしてこんな時に力を貸してくれないの……!? 私がいかなきゃ、アルトリアは……!!」
涙と血でぐしゃぐしゃになったティアの顔。
彼女は揺れる視界で、その扉が閉まり、消えていく光景を見る。
「アルトリアあああああああッ!!!!」
ひとしきり泣き喚くことも許されず、ティアはあまりの重症により意識を飛ばすのであった。
次回、第22.5章完結です。




