第1115頁 ふうりゅうのみこ
─────風龍の鋭牙。
初めてみるはずなのに、アルトリアはその牙にとてつもない懐かしさを感じる。
風龍の鋭牙はアルトリアに触れられると、突如眩く輝きだす。
「うわ、まぶし─────!?」
その輝きは倉全体へ広がり、アルトリアを飲み込んだ。
・・・・・
「私の力は唯一無二だ、きっと誰かの役に立つ。こんな私でも、誰かの役に立てるはずなんだ」
ボロ布を羽織る茶髪の犬獣人は信念が籠った瞳でそう言った。
その犬獣人はアルトリアそっくりの顔をしており、彼女を見たアルトリアはすぐにそれが母親であることを察する。
『母さん……! あれ!? こ、声が……』
声を発しているはずなのに、その声がアナスタシアに届くことは無い。
確かにここにいるはずなのに、下を見ると自分の身体が無い。
「─────だからこんなところで止まっていられないんだ!」
アナスタシアの前方には数匹の龍が唸っており、今にも襲ってきそうだ。
「力を貸して、ティアマト!」
龍が吹く火炎を華麗に避け、高く飛びあったアナスタシアは天に[首飾り]を掲げる。
その首飾りについているのは先程見つけた[風龍の鋭牙]だ。
刹那、アナスタシアの後方から追い風の突風が吹き、彼女は龍の懐に急接近。
龍の腹までやってきたアナスタシアは天を押し上げるように手を伸ばし、叫ぶ。
「風砲!」
それはただの風属性魔法ではなく、風龍ティアマトの力を引き出し超強化されたラギアだ。
切り裂くような斬風によって龍は殲滅され、周囲に敵の気配は無くなった。
「アナスタシア、大丈夫か?」
戦闘が終わるとすぐに隠れていた大男が出てきて、彼女の身体の怪我を見た。
「大丈夫、炎がかすっただけ」
『カゾール……うん、やっぱり二人は一緒に居たんだね』
カバンから救急キットを取りだして応急処置を行うカゾールは「あんまり無理するなよ」と呆れ気味に言う。
「この力は私にしか使えないんだ。無理してでも私が頑張らないと……!」
「唯一無二の巫女だからこそ、だ! 無茶してお前が死んだら、その力は失われるんだぞ! せめて力を受け継ぐ子供が産んでからにしてくれ……」
「……分かった、ありがとうカゾール」
耳を垂らして落ち込むアナスタシアに、カゾールは背中を叩いて気合を入れさせる。
「さあ、早く他の巫女と合流しよう。戦争が激化する前に」
そう言って二人は別のどこかへ歩き出す。
『待ってよ、カゾール、母さん!』
アルトリアは手を伸ばすが、それは虚空を掴むのみ。
やっぱり触れられないのか、と落胆しているところで、再び世界が白く眩く輝き出し、アルトリアはその光に飲み込まれるのであった。
・・・・・
「母さん!」
「わっ!? どうしたのアルトリア、急に大きな声だして……」
「あれ、戻ってきた……?」
光に飲まれ気がつくと、元々居た禁忌の倉に戻ってきていたアルトリア。
他の皆からすれば突然アルトリアが大声を出したようで、とても驚いていた。
「光に飲まれてすぐ母さんの姿を見たんだ。話の内容からして、あれは多分百年前の……」
「本当か? 我たちにはただ部屋が眩く光ったように見えたが、アルトリアには何かがあったんだな」
アルトリアだけが時間を超えた記憶を見た理由を考える暇もなく、今度は彼女が摘んでいる[風龍の鋭牙]がブルブルと震え出した。
「何、なになになに!」
その振動はどんどん強くなっていき、ついにはアルトリアの指から飛び出してしまった。
飛び出た牙は何故か空中に止まっており、牙にはいつの間にか首飾りの紐が通っている。
今度こそ離すまいとアルトリアは恐る恐るそれを取り、[風龍の鋭牙]を首にかけた。
「……感じるよ、間違いなくこれは母さんが持っていたあの牙だ。能力を使わなくても分かる」
アルトリアは瞳を閉じて懐かしいものに触れるように、その牙を優しく撫でるのであった。




