第1106頁 ひょうこくりゅう
「ッ!? 待って、血の匂いがする……」
アルトリアは鼻腔につくその特徴的なニオイに驚くと、ティアとルリを玄関に残して廊下の奥へ大急ぎで向かった。
「あ、ああ……あああっ……ッ!!」
部屋に入り、キッチンの方を見るとアルトリアは顔を真っ青にして腰を抜かす。
そこにはルリによく似た髪色の女性が倒れており、その足元には赤い液体が血溜まりのように広がっていた。
「し、死んで……!?」
「ない! 生きてる!」
女性はガバッと顔を上げると、赤い液体を顔につけたままアルトリアに手を伸ばす。
「うぎゃあ!? 生きてる!!! 助けてルリ、ティア、お母さんが生きてる!!」
「「……?」」
生きてるなら、何も問題なくないか? と疑問の顔を浮かべながら二人も部屋に入ってきた。
「なんだ生きてるじゃん、良かったあ……」
「勝手に殺さないでよティアちゃん……お帰りなさいルリ、お祝いしようと張り切ってオムライスを作ろうと思ったんだけど、ケチャップを床に落としちゃって」
頭の後ろを掻きながら、ルリの母は立ち上がる。
「あれ、じゃあこの血の匂いは?」
「ああ、さっき魔物を狩ってきたから、きっとそのニオイね」
「なんだ……怖がって損した、というか無事で良かったよ」
「ごめんね驚かせちゃって。みんな長旅で疲れたでしょう、今ご飯を用意するからリビングでゆっくり休んでね」
母は微笑んでエプロンを付け直すと、キッチンに向かって火の魔法を唱え始めた。
「じゃあお言葉に甘えて……」
アルトリアはソファに腰掛け、窓からフローダムの景色を眺める。
「本当に綺麗だよね、この村って」
「ここまで魔分子濃度が高い村は世界でも珍しいだろうからね。魔分子は自然に直接影響するし、この景色があるのも魔分子って人間の体に悪いらしいけど、アルトリアは大丈夫なの?」
「深呼吸したらちょっとめまいがするだけ! まあ身体に毒なのは間違いないし、長期間の滞在は厳しいかな」
「ああああああ、疲れたのだああああ、ティア、背中を踏んでくれー」
「はあ、仕方ないなあ……」
ルリがカーペットに寝転び、ティアがその上に立って背中を踏む。
「優しいねティアは」
「これでもルリの嫁だからねえ、初めて出会った時は偉そうなやつって思ったけど、ずっと一緒にいると色々気がつくんだよ。アルトリアもそういう人に出会えると良いね」
「結婚かあ……自分が誰かと結婚するなんて想像もできないや」
その後一行は昼食を腹一杯食べ、談笑しながら実家での時間を過ごすのであった。
・・・・・
時を同じくして、フローダムを囲む山々の頂上に一匹の龍が降り立った。
その龍の鱗は青く、翼からは突き刺さるような氷柱が伸びている。
氷棘龍レナは盆地に構える村を見回すと、龍の姿を解いて息を吐いた。
「着いたぞ、半龍族の村フローダム」
彼女の背中に乗っていたのは、銀髪の双子幼女ルカ&ルナだった。
彼女たちは瞳を閉じてしばらく周囲の流れを調べると、互いに目を見合わせて満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり、間違いない」
「ママの魔力を感じるの!」
「そもそもそのママを探してこの村まで来たんだろ、ここに居てくれないと困る」
「んもうレナちゃん、そうだけどそういうことじゃないの!」
空気の読めないレナの発言に頬を膨らませるルカは、気を取り直してルナの手を握って村の方へと降りていく。
「姉さん、母さんの魔力は山の上……つまりわざわざ降りずに、山の上を通って行った方が良い」
「まあまあそう言わずに。せっかくサユリ様から連日の有給を貰ったの、たまにはゆっくり動いてみるのも大切なの」
「むぅ、姉さんはたまに、変なことを言う」
ルカとルナが手を繋いで山を降りていく中、レナは凛とした顔で魔力が一番溜まっている向かいの山を見る。
「ふむ……あそこだな」
廃れた神殿のような場所から漏れ出る圧倒的な魔力、存在感。
あれは間違いなく龍の中でも最強クラスの龍、創世記時代の龍と同等の存在だ。
レナはこれから起きようとする出来事に対して、小さくため息をつく。
その息は氷よりも冷たく、暖かいフローダム付近の土地でも真っ白に凍っているのであった。




