第1092頁 君には生きていて欲しいんだ
王邸のバルコニーにて、パジャマ姿の凪咲は静かに都の街並みを眺めていた。
ハロウィンの橙色が輝く街は、まるで地に落ちた星空のようだ。
「湯冷めするよ、もうすぐハロウィンなんだから風邪を引いたら大変だ」
凪咲の背後から、紗友理は暖かい毛布を被せてあげる。
「ありがと紗友理ちゃん。でも珍しいね、紗友理ちゃんが私の体を心配するなんて。そもそも今のこの身体は魂が具現化しただけだから、風邪を引いたりしないよ」
一度龍に襲われ、命を落とした凪咲は厳密にいうと生きていない。
魂が失われる直前、凪咲の魂は成れの果てたちによって武器の中に収められた。
それから数年、静紅の力によって凪咲の魂は具現化され、こうして会話している。
具現化といっても触った時の感触はあるし、生きていたときと大差ないので忘れがちだが。
「風邪を引かないからって、寒そうな君をそのままにするのも性に合わない。たとえ寒くなくても、君には寒いって言って欲しい。君には[生きて]いて欲しいんだ」
「なあに、今日はやけにドキドキさせてくるじゃん。全く、紗友理ちゃんは私の前だけは子供っぽくなるんだから」
「……べ、別にそういうつもりは……!」
「そういうつもりじゃなくても、私はそう感じてるの。でも良いよ、みんなにとって紗友理ちゃんは王様だけど、私にとってはただの友達だから」
その才能から必要以上に尊敬されたり、嫉妬されることが多い紗友理にとって、「ただの友達」と言ってくれる凪咲はとても良い友人だ。
凪咲は人を才能や技量だけでなく、人格などの中身を見て接してくれる。
だから紗友理は凪咲を親友に選んだ。否、凪咲と親友になりたかった。
異世界に来て、一度凪咲を失った。
世界から色が失われ、紗友理はしばらく廃人のようになってしまった。
それだけショックな出来事だった。
それから時が経ち、奇跡と奇跡が絡まり合って、再びこうして隣で凪咲が笑っている。
それがどれだけ嬉しいことで、どれだけ素晴らしいことか。
親友が隣にいてくれる、当たり前だけど当たり前じゃない幸せを噛み締めるように、紗友理はうんと頷いた。
「ただの友達、か……うん、そうだね、私はただの友達だ。さあもう寝よう、ハロウィンに備えて英気を養わないと」
「ええっ、もう寝るの!? ハロウィンまでまだ少し時間があるのに」
「時間があるからこそ、万全を期すための準備をするんだ。せっかくの祭りで楽しめないと悲しいだろう」
凪咲はふと、どうして紗友理がここまでハロウィンにこだわるのか疑問に思った。
今まで収穫祭に似た王国祭はあったが、紗友理もここまで気合を入れていなかった。
─────私、ハロウィン好きなんだ! みんなで仮装してさ、写真撮るのって楽しくない?
─────写真は苦手だ、私の顔は写真映りが悪いからな。
─────あ、ちょっとわかるかも。紗友理ちゃんの顔って写真より実際に見た方が綺麗っていうか、写真だと質が悪くなっちゃうよね。
─────褒めてる……のか?
「あれ、あれあれ……? ねえ紗友理ちゃん!! もしかして私がハロウィンが好きってこと覚えててくれたの!? だから体調を崩さないようにとか、英気を養うとか言ってるの!?」
「お、覚えてない! そんな昔のこと……!」
背後から力強く抱きしめられ、紗友理は「うぐっ」と苦しい声を漏らす。
「別に昔のことって言ってないけどなあ? 私の衣装だけみんなよりお金かかってそうだし、やっぱりそうなんでしょ!」
「だ、だって親友には……その、可愛くいてほしい……から」
髪で口元を隠しながら、いつもの紗友理からは想像もできないような小さな声で彼女は言った。
「いやーん、顔赤くしちゃって!」
王国規模の祭りで、王様がここまで楽しみにする国も珍しい。
楽しむ時はとことん楽しむ。
それも万優姫の魅力であり、皆から好かれる理由なのかもしれない。
静紅「今日のあとがきは紗友理の親友、凪咲に来てもらったよ!」
凪咲「お邪魔しまーす! 久しぶりだね後輩ちゃん、元気にしてた?」
静紅「元気も元気、健康そのものだよー」
凪咲「それは良かった! 何事も健康が一番だからねえ」
静紅「それって今回紗友理に言われたことと関係ある?」
凪咲「ん? 君には[生きて]いて欲しいんだってやつ? あはは、そうかな……そうかも!」
静紅「紗友理らしいプロポーズだよねえ」
凪咲「え、うそプロポーズなの!?」
静紅「プロポーズじゃないの!? いや紗友理本人じゃないと分からないけどさ! はあ、私が出会った頃の紗友理はもっとクールだったと思うんだけどな」
凪咲「親友の私が生き返ってから、表情が豊かになったんだってね。ルカちゃんが喜んでたよ」
静紅「やっぱり凪咲の存在は大きいんだねえ、そりゃそうだよね。私にとっては六花みたいなものなんだから」
凪咲「まあそれにしても最近デレが多い気もするけどね。メイドオタクも爆発させてるし」
静紅「あはは、紗友理ってどうしてメイドが好きなの? 成績優秀な生徒会長だったんだよね、あんまりサブカルとかに触れてなさそうだけど」
凪咲「紗友理ちゃんの本家、伊豆海家はそれはそれは由緒正しい厳格な家でねえ……剣道茶道弓道、それっぽい習い事は強制的にさせられてたんだよ。縛られて縛られて、我慢し続けていた時、紗友理ちゃんは学園祭でメイドを好きになったんだ」
静紅「勉強ばっかりしてた学生が、大学生になった途端にはっちゃけるみたいなやつか」
凪咲「真面目な人ほど赤ちゃんプレイが好きみたいな、そんな理論だね」
静紅「赤ちゃんプレイかあ……」




