第1076頁 世界樹の祈り
「ユグドラシル!」
崩落する世界樹の中で、私は天井に手を向けてその名を叫んだ。
途端、私の体が眩く光り出して─────!
・・・・・
そこは光の一つも刺さない闇が広がる部屋。
無限に続く闇の中心で、一人の幼女が背を向けて立っていた。
「ユグドラシル」
「特異点……ありがとう、私のために頑張ってくれて」
「私だけじゃない、パフィやアルフレートさん、色んな人が助けてくれたんだよ」
「ええ、混濁する意識の中で皆が頑張っている様子を見たわ。瘴気なんかに汚染されて、申し訳ない気持ちでいっぱいよ」
「そんなに気を落とさないで……転生したらさ、また一緒に出掛けようよ!」
瘴気に侵食されて守るべき存在の人間に面倒をかけたと思っているのか、ユグドラシルはこれまでにないほどネガティブになっていた。
「ここまでみんなが頑張ってくれたのはね、ユグドラシルにこれからも居て欲しいからなんだよ。この国は世界樹の祈りによって厄災から復興した。あなたが居てくれたからなんだよ」
─────実際あなたたちも感じているでしょう? 世界樹に頼りきりの状態は不健全だって。
突然脳裏に、ジャッジメントに言われた言葉が想起する。
確かに世界樹に頼り切りの状態は不健全だ、世界樹を失えばこの国は機能を失ってしまう。
でもそういう国があっても良いじゃないか、また世界樹に何かあればその時は私も協力する所存だ。
「ありがとう特異点。皆にも感謝しなければいけないわね。前回の転生から二百年、当時は人間とあまり関係を持とうとはしなかったのだけれど……」
ユグドラシルは両腕を開いてくるりとこちらに向くと、ママらしからぬ幼い笑顔を見せた。
「今回の件でようやく理解出来たわ。人間が厄龍戦争で龍たちに勝利した理由、そしてここまで繁栄し、これからも繁栄し続けていく理由がね」
「理由って?」
私はユグドラシルへ手を伸ばし、彼女と手を繋ぐ。
「龍や精霊はその絶大な力から、他者との協力を好まない傾向にある。でも人間は違う。厄龍戦争の時、人間はあらゆる種族を超えて協力し、龍に挑んだ。[人間達は協力出来る生き物]。それは魔法や能力よりも素敵なものだと思うわ」
「うん、そうだね。私もそう思うよ」
「実は私、世界樹になる前は[地龍ユグドラシル]として生きていたの。永遠に続く真っ平らな大地に、私は凹凸作り、そこに動植物の種子を蒔いたのよ」
ユグドラシルは片手を前方に出すと、何も無い暗闇にフィンブル王国の美しい景色やそこに芽吹く動物たちを映し出す。
「嗚呼、この世界はなんて美しいのでしょう。龍は長寿だけれど、それだけでは足りないわ。そう思った私は[世界樹]となり、実質的な数百年の寿命を手に入れた」
「地龍ユグドラシル……次は何に転生するの?」
「ふふっ、今度も世界樹よ。世界樹という存在は大きくなりすぎてしまったわ。この国にとって……いいえ、この世界にとって」
私と繋いでいた手を離し、ユグドラシルは数歩先へ早歩きで進むと、こちらに振り向いた。
「でも今回の件で私、人間にも興味が湧いたの。だから[在る世界樹]と[居るユグドラシル]とで分身しようかと思うわ」
在る世界樹とは、その場に留まり雄々しく葉を伸ばす大樹。
居るユグドラシルとは、今のように人間となって生きる幼女だ。
「思うわって、そんな簡単に!?」
「ふふん、私は世界中の大地を作ったのよ。自分の身体の形を変えるくらい造作もないことよ」
「そういうもなのか……?」
「シスターさんにも礼を言わなくちゃいけないし、人間の営みを[観る]だけじゃなく[触れて]みたい。そのためにも人間の身体が必要なのよ」
会話に区切りをつけたユグドラシルは「さてと」と前に置いて一息つくと、煌めく何かを私に手渡した。
「小さな……核?」
それは大洞窟で見た核そっくりの形をした果実だった。
「それは[世界樹の種]。私の遺伝子が詰め込まれた……いわゆる受精卵ね」
「よ、幼女の受精卵とかいう字面、背徳感ヤバすぎるんですが」
「あらそう? ふふ、私はアリだと思うのだけれど……とにかくそれをシスター・レヴィリオに渡してちょうだい。この種を植えるべきは他でもない彼女よ」
「うん、私もそう思うよ。あなたの祈り、絶対果たすと約束するね」
「ユグドラシルの願い、世界樹の祈り……あなたとシスターに託したわ。じゃあ、またね」
「うん、また!」
最後に私はユグドラシルとハイタッチをすると、彼女は光の粒となって消えていってしまった。
「……よし、行くか」
消えたユグドラシルを追うように、私は一呼吸置くと踵を返して進み出した。
・・・・・
天井に伸ばした手には煌めく世界樹の種。
時の境界に似た世界で私はユグドラシルと会話をして、世界樹の祈りを授かった。
それを果たすためには、まず大きく揺れる世界樹から脱出せねば。
「六花! この部屋で一番壁が脆い場所は!?」
「前方三時の方向です!」
「エルメス、結芽子! ありったけの装甲を前方へ!」
「「了解!!」」
三時の方向へ、結芽子とエルメスはそれぞれ鉄板とクラウソラスの鎧を寄せ集める。
「時雨、無理は承知だけど力を貸してくれない? 壁の突破に時雨の力が必要なんだ」
「もちろんだよ、静紅お姉ちゃん。龍との戦いに比べれば、これくらい何ともない! フレイマギア、行くよ!」
時雨がそう呼ぶと、台座に突き刺していた炎の弓は一人でに動き出し、磁石で繋がっているのかと錯覚するほど綺麗に時雨の手の中に収まった。
「出来るだけみんなくっついて! 空気抵抗を減らして加速させる!」
私は操作の対象を範囲型にして、その場にいる全員の身につけたあらゆる物体を能力の対象に設定する。
「六花、時雨!」
最後尾に二人並んでいた六花と時雨は、合図とともに同時に大技を放つ─────!
連続投稿866日目!!
何百年も周囲の環境に影響を与えていた世界樹ユグドラシル。
最期に残したのは願いという名の[祈り]でした。




