総集編 101頁〜200頁までの軌跡 その7
総集編を書くのには時間がかかってしまうため、一時間遅れての投稿になってしまいました!
明日は間に合わせます!
第10章 [アングリフ・ボレロ]
旗槍と聖女編・前編
第189頁〜第193頁
まだルナは起きているだろうか。
あの子のことだ、まだ悔いて寝付けてなさそうだ。
時刻は午前一時を過ぎようとしていた頃だった。
静紅は図書館でホムンクルスを人に戻す方法を見つけることに成功した。
夜も深いので寝ようかと思ったが、ルナのことがどうも気にかかっていたので、深夜に訪ねることに負い目を感じつつも彼女の部屋のドアをノックした。
「……シズクさん。……今は誰にも会いたくない気分」
震えた声で、鼻をすすりながらルナは返答した。
「そっか、じゃあ入るね」
「え……! いや、会いたくないって……」
静紅はルナの手首を捕まえると、立ち上がらせて言った。
「こんな所に閉じこもってちゃ解決出来ることも出来ないよ。こういうときは……そうだなあ」
静紅とルナは図書館の屋上へ上がり、それぞれホットミルクを両手に持って並ぶ。
「ルナは強いって思ってた。今まで姉さんと離れたことはあったけど、魔法を使わなかったから知らなかった……ルナはごくつぶし」
「さっきより酷くなってるし……。言っておくけどそんなこと思ってるのルナだけだからね? みんなルナに感謝してるし、ルナがいなかったら私この国でとっくに死んでると思うんだ」
ホットミルクを飲み干して、口周りにミルクをつけたままニッと静紅は笑ってみせる。
「だから、自分にごく潰しだなんて言葉使うんじゃねーよ。あはは、とかいう私も酷く落ち込むことはあるんだけどね。そういうときは自己暗示をかけるといいよ」
「じこ、あんじ?」
「そ。自分はよくやってる、自分は人のためになってるんだ、だから大丈夫って言い聞かせてあげるの。人間って簡単に壊れちゃうから、たまに補強してあげるのも大切だよ」
その言葉にルナは首を縮めた。静紅も分かっている、ルナは自己暗示をかけてモチベーションを高めるような性格じゃない。
「はい、繰り返してね! ルナは凄い!」
「る、ルナはすごい」
「もっと元気よく!」
静紅は腕をルナの肩に回し、笑いながら声量をあげる。
「る、ルナはすごい!」
「まだまだぁ!!」
「……ルナはすごい!!!!」
自然とルナの表情に笑顔が戻っていた。
「私は剣も魔法をまちまちで、こんなことしか出来ないけどさ。こんなことで笑顔になったルナがいる、それだけで私は嬉しいよ」
それから静紅はホムンクルスについて分かったことの全てを伝え、明日教会へ一緒に向かってくれないか頼んだ。
「まさか、あの化け物が本当に元人間……?無意識のうちに人を襲い、物を破壊する……。称するなら【衝動心の成れの果て】…」
もちろんルナは快く引き受けてくれた。さっきまでの彼女とは違い、必ず役に立ってみせると意気込んだ様子で。
・・・・・
「……シズクさん、ここで解剖してしまってもいい?」
静紅とルナは翌日、教会の庭に横たわるホムンクルスの解剖を始めた。
とはいえ素人の静紅が手を貸してもかえって邪魔になるだけなので少し離れてみていることに。
しばらくして解剖の結果を羊皮紙にまとめたルナは静紅に向き直り、その小さな口を開いた。
「結果を報告する。……サユリ様の言ってた通り、ホムンクルスの弱点である額……おでこの部分に核が入っていた。核はとても硬いけど、魔法耐性がまるでない、すぐに溶けてしまう。人に戻したいのなら、魔法で倒すのはやめておいた方がいい」
魔法で倒す→一掃できるが核を残さないため、人間に戻すことはできない。
物理で倒す→時間がかかるが核を残すので、人間に戻すことができる。
という訳だ。
いつか決断をせまられる時が来るかもしれないが、極力物理で倒してあげたい。
情報を得た静紅たちは他の仲間にも共有するため、中央図書館へ戻った。
戻ったはいいが、何やら騒がしい様子だ。
「ですから、どうやって生命を奪うような禁忌術をクリュエルは唱えているのか聞いているのです!」
「そ、そんなの、我に聞かれても分からないのだ!あ、シズ!助けてくれ、ジャンヌが取り乱しているのだ」
ジャンヌがルリの肩を掴んで声を荒らげていた。
静紅は急いで2人の間に入る。
「どうしたのジャンヌ。なにかあった?」
「あぁ、シズクさん。少し疑問が浮かんでしまって……。人の命を奪って使用する禁忌術ですが、その命を奪うのはどこで行っているんでしょう」
「そ、それに、我たちの目の前でホムンクルスを生み出したとき、人はもちろん、生き物も殺さなかった。なら、どうやってホムンクルスを人に変えたんだ?」
一謎去ってまた一謎。謎が解けたと思ったら、またひとつ謎が浮上した。
「恐らく、処刑台……。罪人を裁くだけでなく、一般市民も殺して魂を集めているんだと思う」
ルナの落ち着いた声。
地下水路で見た、処刑台という単語。そして何も悪いことをしていない一般市民まで殺して生物兵器にするという事実が静紅達の間で確信に変わる。
「とりあえず持って帰ってきた核を人間に戻してみよう? まずはそれから」
静紅は核に触れると、丸いソレはパリンっと飛散し[記憶の受付]を開始する。
この間に、人間時代の記憶を与えてやると人間に戻れる……はずだ。
それを確認したジャンヌは、優しい声で。
「さぁ、迷える子羊さん。その意識がまだあるのなら、身体を取り戻して私の前にあなたの姿を見せてください」
その瞬間、核のあったところから真っ白な影が浮かびあがる。
みるみる内にそれはルナよりも少し背の高い女の子のフォルムへと変わる。
真っ白な光の中から出てきたのは、あのホムンクルスだったとは思えないほど可愛らしい女の子だ。
彼女は「ありがとう」とだけ言ってどこかへ言ってしまった。恥ずかしがり屋なのだろうか。
仮定が真実に変わり驚きと嬉しさの色を見せる一同の面々だったが、今でも人が処刑されているかもしれない。
一人でも多くの命を救うため、静紅とルナとルリ、そしてジャンヌが地下水路を経由して[処刑台]へ向かうのであった。
・・・・・
【メイデン・スラープ】
広場の真ん中に圧倒的存在感のある処刑道具ギロチンのようなものがあり、広場の外周はアイアンメイデンのような[黒い壁に鋭い針]が見上げるほどの高さで囲われている。
処刑台の真名、メイデン・スラープを聞いた静紅はゴクリと生唾を飲んだ。
危険なので水路からそっと外を覗き見る形で、処刑台を観察する。
するとそこにはクリュエルと、どこかの街から連れてこられた村人がいた。
「た、助けてくれ……! 俺はまだ死にたくないッ……!! いや、いやいやい──────」
泣き叫ぶ男性に、無慈悲にも切れ味のある刃物が振り落とされる。
思わず目を閉じてしまったが、断末魔を境に声が聞こえなくなったことで全てを察した。
悲しみ、怒り、絶望。様々な感情が堂々巡りするなか、ジャンヌが遠くを指さした。
「待ってください、なんですかあれ」
ジャンヌの言葉に、一同は処刑台に視線を向けた。そこではクリュエルが男性の死体の周りをうろうろと歩いているところだった。
始めは処理の方法をどうするか悩んでいるものだと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。
クリュエルは死体に手をかざすと、紫の玉のようなものを浮かび上がらせた。
紫の玉はふわりふわりとクリュエルの周囲を回った後、彼女の胸の中に収まった。
その紫の玉は紛れもない、クリュエルがホムンクルスを呼び出す時に現れた玉だ。
「「あれだ!!」」
静紅とルリは目を合わせる。
「ジャンヌ、私たちはクリュエルの能力を誤解してたみたい」
「誤解……ですか?」
「本にも書いてあった通り、ホムンクルスの創造は禁忌術の一種なんだよ。さっきの様子からみると、多分生き物の生命をストック…保存できる能力なんだと思う」
原理は結構簡単だ。
彼女が生き物を殺した時、先ほどのように紫の球が彼女に吸収される。
すると、彼女の中に[人間の魂]がひとつストックされる。
事前に何人もの魂をストックしておくことで、その場で人を殺さなくてもそのストックを消費して禁忌術を使えるというわけだ。
これだとルリが言っていた[あの場で人を殺さなくてもホムンクルスを召喚できた]謎に説明がつく。
それから処刑台から帰ってきた静紅は、疲れたのかベッドで死んだように眠りについた。