それはおしゃれ
私はテレビを見ながら、夕飯のうどんをすすっていた。内容は、今流行しているスイーツの情報だ。
「お母さん」
「なに?」
「私もあれ食べたい」
「あれが売っている場所、電車乗り継いでいかなきゃいけないとこでしょ。無理無理。行かないわよ」
お母さんは素知らぬ顔してうどんをすすった。
こうやっていつもダメだと言われて、ほんのたまにしか遊びに行けない。もう少しお小遣いをくれれば、私一人だって行けるというのに。
「私、思いついちゃった」
私の発言に、お母さんが手を止めた。
「このうどんにタピオカとか入れたらオシャレだと思わない?」
「何言ってるのよ、かおり」
女の子として生まれてきたんだもん。オシャレなことを沢山したいに決まってるじゃない。
「それではみなさんに報告があります」
朝の会の先生の話のことであった。
「総合の授業で行う体験学習の内容が決まりました!」
おお~! とクラスの中で歓声が上がった。私も楽しみにしていたので、どんなことをやるのか楽しみだ。確か去年はコースター作りをして、自分なりにオシャレなものを作った。
「ねえ、ゆいちゃん。なんだと思う?」
「去年はコースター作りだったけど、その前に手話教室もあったらしいから、今年はそっちなんじゃない?」
「ええー、それだったら私、ガッカリするかも」
「やったことないから、私は楽しいと思うよ」
「そうかなー」
隣の席のゆいちゃんはいつも前向きで、とても素敵だなといつも思う。そして、ズボンではなくてスカートをはいたらもっと美しくて可愛くなるのに、といつも思ってしまう。
「今年は……」
「今年は……」クラスのみんなが同時につぶやいた。
「うどん作り体験です!」
先生の言葉を聞いて、私は昨日の夕飯を思い出した。
その後に先生は今日の連絡事項を伝えて朝の会は終わり、そのまま総合の授業へとはいった。うどんの作り方のビデオを見た後に、体験当日の班をくじ引きで決めるとのことであった。
前半のビデオ学習は流し見程度にしながら、プリントに要点をまとめていった。そのビデオ映像の中では、白い作業服を着ているおじさんが白い塊を裸足で踏みつけていた。
うわー、あれはやりたくない。
頬杖をしながらそう思っていると、「みなさんもこの体験しますからねー」と私の心を読んだように先生は言った。
その後も、先生が映像に合わせながらどんなことをするのか軽く説明をした。
そして、ビデオ視聴が終わり、くじ引きの時間が来た。出席番号順にくじを引いて、同じ番号の人とグループになるということだった。私が引いたくじは「3」だった。
「かおりちゃん、何番だった?」ゆいちゃんがコソコソと聞いてきた。
「3番だったよー」私はゆいちゃんにくじを見せ。
「え、本当! 私も3番だったよ! よろしくね!」
「やったー!」
こんな偶然があるのか。これは体験授業が楽しくなるぞ。
「それじゃあ、黒板を見てその番号のところに座ってください」
私とゆいちゃんは筆記用具をもって先生に指定された場所の椅子に座った。
「あれ? ゆいじゃん。それにかおりもいるのかよ」
「げっ、たくや! なんでいるのよ!」
「げっ、てなんだよ! 俺も3番なんだよ!」
なんということだ。たくやまで一緒なのか。うれしい気持ちがどこかに飛んで行ってしまった。
「まあまあ、二人とも。落ち着いて」
「ここが3番の班でいいのかな?」
たくやに向けていた目を声のした方に向けると、そこにはこのクラスで一番イケメン(だと私が勝手に思っている)のさとる君が微笑みながら立っていた。
「お、さとるも3番か?」
「ああ。よろしくね、みんな」たくやとは違うこの優しい声。やはりさとる君はイケメンだ。
「大丈夫? かおりちゃん。さっきからボーっとしてるけど」
「う、うん。大丈夫、大丈夫!」
私の感情はどこに行けばいいのか分からずに迷子だ。
「ただいまー」
「おかえりお母さん」
「今日の晩御飯もうどんだからよろくしね」
「えー、またー」
私は、テレビを見ながら聞いた夕飯の内容に悲しくなった。
「最近、うどん多くない?」
「しょうがないでしょ。田舎のおばあちゃんから届いたんだから。食べないなんてもったいないわ」
私はふと、おばあちゃんの家に行ったときのことを思い出した。
いつもスイカを切ってくれて、それを廊下から足を出してに座って風鈴の音を聞きながら食べたなあ。それに、裸足で床をぺたぺたさせながら歩いていた。
多分、今なら裸足で行くことないんだろうな。どんなに暑くても、しっかり靴下を履いて過ごすだろう。汚れるなんてオシャレじゃない。
「じゃあ、あなたが何か作りなさいよ」
「いやいや、私は作れません」
「なら文句は言わない」
「はい」
体験授業、当日。
家庭科室、ではなく体育館にビニールシートを敷いて授業は行われた。地元でうどんを作っている方が講師らしく、何人かはそのおじさんのことを知っているようであった。
「今日は『踏む、切る』の二つの体験をしていただこうと思います」
そうして私たちは班に分かれ、所定の位置についた。テーブルの上にはすでに丸くなった生地がおいてあり、丁寧にビニールの袋に梱包されていた。
「じゃあ、誰からやろうか」
「はいはい! 俺がやる!」
「やっぱり最初はたくやくんだよね」
「どうぞ、どうぞ」
「じゃあ、袋の上に布かぶせるねー」
たくやがビニールシートの上に生地を置いて、その上にゆいちゃんが布をかぶせた。そして、たくやは靴下を脱いで早速踏み始めた。力強く踏んでいて、私はずっとビニール袋が破れてしまわないかとハラハラしていた」
「ふぅー、疲れた」
「じゃあ、次は私がやるね」
たくやに代わって、今度はゆいちゃんが生地を踏み始めた。「気持ちー!」と叫びながら、リズミカルに踏む姿は、とても丁寧に踏んでいることが伝わってきた。
「次は僕だね」
そう言って、さとる君が生地の上に立った。優しく踏んでいるのがとてもさとる君らしい。隣でたくやがああだこうだ言っているけれども、さとる君はイケメンなのだからそれでいい。
「次はかおりちゃんの番だよー」ゆいちゃんが声をかけてくれた。
「頑張って、かおりさん」さとる君はイケメンだ。
私は靴下を脱いだ。ビニールシートに足がペタッとくっついた。なんだか懐かしい気分になった。そしてポケットに入れておいた新しい靴下に履き替え、生地の上に立つ。
「かおりー、布の上なんだからやれよー」
「はあ!? そんな下品なことするわけないでしょ!」
「でも、楽しいよかおりちゃん!」
「やるべきだと思うよ、僕も」
ゆいちゃんにさとる君も裸足を後押しした。
「……もー! わかったわよ!」
私は靴下をポケットに入れて、生地の上に立った。ペタペタと踏む感触が直に伝わってきて、踏むのがとても楽しかった。かおりちゃんが叫ぶのも分かる。それになんだか懐かしい感覚……
「かおりちゃーん、もうそろそろ終わりだよー」
私はどうやらずっと踏んでいたらしい。さとる君は優しく、たくやはあきれてたかのように笑っていた。私は恥ずかしくなって、すぐに生地から降りて靴下を履いた。
生地を寝かせている間の、おじさんへの質問コーナー。切る作業に、盛り付け。
ずっと頭の中に浮かんでいたのは、おばあちゃんの家のことばかり。
久しぶりに、あの廊下を裸足で歩いてみようかな。
「それではみなさん、準備はできましたか?」
「「はーい」」
「それでは、いただきます」
「いただきます!」
みんなが、それぞれで盛りつけたうどんをすすり始めた。体育館の中はズルズルという音が響き渡っている。
「なあ、かおり」たくやが珍しく私に話しかけてきた。
「なによ」
「そのうどんの上に乗ってる黒いやつなんだよ」
「これ? え、こんなのも分からないの!?」
私は割りばしでつまんで、ムッとしているたくやに見せつけながら言ってやった。
「タピオカよ、タピオカ! すごくオシャレでしょ!」
たくやは口をぽかんと開けると、「お、おう」と答えて自分のうどんをすすり始めた。
読んでいただき、ありがとうございました!