第15話 届けたい言葉
色々なものに追われた結果、大分時間が空いてしまい申し訳ありません。もう少しだけ続きますので、よろしければ引き続きご覧ください。
彼方はベランダで星を眺めながら、白河のことを考えていた。
「あれ? 珍しいな。彼方がベランダに出てくるなんて」
声のする方向を見ると、祐介も同じようにベランダに出ていた。
「そういう祐介も珍しいだろ」
「そうか? 彼方があんまりベランダに出ないから知らないだけだろ?」
二人して軽口をたたいて笑った。
彼方も祐介も、ベランダに出る時は、決まって何か考え事があるときだと言うのを知っていた。
「で、何かあったのか?」
「……あー。まあ、その、ちょっとな」
祐介は照れくさそうに頭をかきながら口を開いた。
「俺さ、二葉に告白されたんだ」
「ああ。やっとか」
「え?」
「ん?」
どうやら彼方の返事は祐介が期待したような返事ではなかったらしく、祐介は困惑した。
「彼方……。今、何て言った?」
「ん?いや、だから、二葉のやつ、やっと告白したのかって」
「え、えええええええええ!? 何で二葉が俺のこと好きだって知ってるんだ!?」
「いや、見てれば分かるだろ……。それにちょくちょく相談も受けてたしな」
二葉は祐介が自分の好意に気が付いてくれないことに、よくため息を漏らしていた。
そんな二葉の愚痴を、彼方はよく聞かされていたのだった。
「マジかよ……。俺だけ除け者なんて…」
「いや、目の前で“祐介のこと好きなんだけど”みたいな話できるわけないだろ」
「まあ、それもそうか…」
「それで、返事はしたのか?」
「……」
祐介の悩みはまさにそこだった。
ずっと幼馴染として二葉に接してきた祐介は、急に告白され、今までの関係が変わってしまうような気がして、返事が出来なかった。
「二葉は、返事はいつでもいいって言ってたけど……」
「それでもいずれは答えを出さなくちゃいけないからな」
彼方の言葉を聞いた祐介は真剣な表情で空を見ていた。
そんな祐介に、彼方は一つだけ質問をした。
「なあ。祐介はどうしたいんだ?」
「どうしたいって……。……どうしたいんだろうな、俺」
「祐介は二葉のこと好きなのか?」
「えっ!? あ、えっと……。好き、だよ」
「じゃあ、その気持ちに正直に動けよ。そういうの得意だろ?」
彼方は祐介に笑いかけた。
幼馴染として、友達として、彼方は祐介なら大丈夫だと信じていた。
その言葉に少しは自信を持ったのか。
祐介の顔は、いつも通り、自信に満ち溢れた表情に戻っていた。
「それで、俺の話は終わったけど、彼方は何を悩んでたんだ?」
「え……?」
「おいおい。まさか、俺にだけ悩み事話させておいて、自分は話さないなんてことしないよな???」
「まあ、そうなるよな」
「ほれほれ、話したまえ~」
奇妙な魔術師のような手つきで、彼方に話すように促した。
観念した彼方は、苦笑いしながら、白河との間に起こった出来事を洗いざらい全て話した。
祐介は、最初はニヤニヤと聞いていたのだが、彼方の話を聞き終えると複雑な表情をしていた。
「話は分かったけど…それって、そんなに悩むような話なのか…?」
祐介は一瞬ためらったが、思ったことをそのまま口に出した。
そんな祐介の反応を彼方は予想していた。
「まあ、祐介はそう言うと思ったよ。俺も祐介の立場なら同じこと聞いてただろうし」
普通の人間からしてみれば、題名があるか、ないかというのは大きな問題ではない。
それは彼方も分かっていた。
「でも大事な話なんだ。題名があるか、ないかって」
祐介は黙って彼方の話を聞いていた。
「題名は俺たちが書いた作品に命を吹き込む重要な要素なんだ。作品に題名が付いてなかったら、それはただの文章だ」
「まあ確かにそうだな。じゃあ、白河さんはその大事な部分を消すことで作品を永遠に未完成にしたってことか。子供が考えることじゃないだろそれ…」
「俺も聞いた時、びっくりしたよ。子供だからこそ出来たって感じかな」
彼方も祐介も子供白河の取った方法の大胆さに苦笑いしていた。
「で、彼方はどうしたいんだ?」
「どうって……どうしようもないだろ。そんな心の奥底に根差した問題を、出会って数か月の俺なんかがどうにか出来ないよ」
「じゃあ、何でここで悩んでるんだ?」
「それは……」
「白河さんのために何も出来ないって。そう思ってるなら、何でここで悩んでたんだよ」
「……」
祐介は彼方の癖をいくつも知っていた。
その癖の中に、嘘をつくときに相手の目を見ないという癖があった。
彼方はこの話をしているとき、祐介の顔を見なかった。
だから、彼方が嘘をついているのは分かった。
自分に嘘をついて、自分を騙そうとしているのが許せなかった。
「自分に嘘つくなよ…!!本当はどうにかしたいんだろ!?だからここで考えてたんだろ!?」
「……」
「答えろよ、彼方!!」
「……白河さんの話を聞いてから、ずっとどうにか出来ないか考えてたんだ。でも、何も思いつかないんだ。どうすれば白河さんを救ってあげられるのか分からないんだよ……!!」
「最初から、素直にそう言えよ」
彼方の本音を聞いて、祐介は優しく微笑んだ。
「それに、こういうときのための親友だろ?一人で考えても分からないなら二人で考えればいいだろ?」
「そうそう!! かな兄にはこの天才妹こと千沙様が付いてるんだから!!」
「「え!?!?」」
彼方の背後の窓が急に開かれ、そこから千沙が現れた。
「お前……まさか……」
「……まあ、私の部屋でもあるからしょうがないよね!!」
千沙は、今までの話を全て聞いてしまっていた。
いつ出ようか、このまま立ち去った方がいいかなと考えていた時みんなで考えればいいという話の流れになった瞬間、ここだ!と思い、部屋から出てきた。
「それに、みこ先輩のこと話したの私だし、私の大好きなみこ先輩のためなら協力も惜しまないよ!!」
千沙はふんす!と気合十分であることを示した。
そんな二人の存在が、今の彼方にはありがたかった。
「二人とも、ありがとう」
そして、二人の存在が彼方にもたらしたものは、一人じゃないという支えと…。
「そうか。そうだよ!!」
たった一つ、白河を救えるかもしれないアイデアだった。
「白河さんの作品を超える??」
「みこ先輩の作品を超える??」
「お前ら息ぴったりだな……」
彼方が思いついたアイデア。
それは、目には目を、歯には歯を、文章には文章をということだった。
要するに、白河の悩みを解決するためには文章でどうにかするしかない。
そのためには、まず白河の心に届く文章が書けるようにならなければならない。
それが出来て初めて、白河に何かを伝えられるはずだ、と彼方は考えた。
「まあ、祐介の言いたいことは分かるけど……」
「みこ先輩の文章を超えるなんてかな兄には無理だよ?」
「千沙ちゃん!?」
千沙の一切オブラートに包まない発言にはさすがの彼方も少し傷ついた。
「っていうか、かな兄気づいてないの?かな兄の書く文章って、ある一点だけはみこ先輩に勝ってるんだよ?」
「……えっ?」
「読者を掴んで離さない力。それだけはかな兄の方が絶対にみこ先輩より上だよ。二人の作品を読んできた私が言うんだから間違いない!!」
「読者を掴んで離さない……」
彼方は千沙が自分の作品を読んでそんな風に評価してくれているとは知らなかった。
その言葉に祐介もうなずいていた。
「そうそう。文芸部の中でも、一番引き込まれる作品はいつも彼方のやつだったぜ?」
「祐介……」
「まあ、俺は千沙ちゃんみたいに白河さんのやつは読んでないから、身内贔屓みたいになっちゃうんだけど」
「と・に・か・く!! かな兄が考えなきゃいけないことは、みこ先輩に何を伝えるかだよ!!」
「何を伝えたいか……か」
彼方は白河に何かを伝えたかった。
ただ、何を伝えたいのかそれが分からなかった。
でも、自分のやるべきこと、やりたいことだけは明確になった。
「……うん。少し考えてみるよ。二人とも、ありがとう」
彼方はいつも自分を支えてくれる二人にここから感謝した。
そしてその日の彼方にはまだ何を伝えればいいのか分からなかった。