1,初めましてスチームパンク
階段を降りて少しすると光で縁取られた大きなマンホールのような足場が目に入って来た
四隅からは蒸気が噴き出し、耳を澄ますと微かに重々しい機械音も聞こえてくる。
「雰囲気出てきたなあ」
少しずつ、だが着実に期待を高めて来る演出に、胸を高鳴らせながらマンホールの中央へと足を踏み出す。
「うおっと」
特大の蒸気の音、足下がガクンと下がり、姿勢を崩しそうになるがなんとか堪えると、ガタガタと僅かに揺れながらエレベーターのようにゆっくりと下へ降り始めた。
降りていく最中周囲に目をやると、レールや歯車といったパーツが幾百度と視界を通過していく、この景色だけで何十分でも見ていられそうだ。
やがて下から微かな明かりが見えたかと思うと、直後視界を埋め尽くさんばかりの蒸気が吹き上がってきた。
「うわっ、次はなんだよ」
程なくして蒸気が晴れる。
ようやくと前を見ると、そこには望んでいた景色が
「おぉっ……」
眼前には地下一面に広がる錆びと煙の世界、蒸気と鉄が織りなす幻想の空間が広がっていた。
広大過ぎて果ても分からない地下空間、その中に所狭しと民家が建ち並ぶ、ふと視線を上げれば蒸気を吹き出しながら飛行するカバンを下げた鉄の鳥、街の高所をグルグルと回る機関車。
あらゆる建造物、用途も分からない様々な造形物から赤茶けた鉄パイプのような物が伸び、これがこの世界の雲であると言わんばかりに大量の蒸気を噴出する。
噴霧と共にそこかしこにある歯車が回転を始めれば遊園地と錯覚するほど多種多様なギミックがお出迎え。
民家では歯車が回り扉が開き、白い煙を吹き出す自動二輪車、横に目をやれば昇降機にカバンを載せる子供達、きっと全て蒸気で動いているのだろう。
言葉も忘れ少し街の奥へと歩いて行けば、短く連続して蒸気の音を立てながら人とは思えない跳躍力で屋根を跳ね回る者、機械を装着し肩から蒸気を吹き上げて一人で車ほどある荷物を持ち上げる者、皆当然のように現実では起こり得なかった未来を再現し、起こり得なかった未来の中で当たり前に過ごしている。
周りにはいつの間に現れたのかこの世界観に似つかわしく無い者から自分と同じような人間まで、恐らくはプレイヤーだろう、皆地下空間に広がる蒸気文明に目を奪われている。
自分より先に入ったのであろうプレイヤー達は我先にと駆け回り、双方の比率は少しずつ傾いて行く。
「……最高かよ」
ようやく絞り出せた一言は、自分の心境を表すにはあまりに拙く、それでも自分はそれ以上の言葉を持ち合わせない。
一つ確かな事は、ここは間違いなくスチームパンクファンにとっての理想郷だということだ。
<スチームパンク>
蒸気機関が異常な発展を遂げた現実とは異なるIFの世界。
現実にある多くの機械が蒸気タービン、蒸気を受けて回転する動力機関によって稼働する。
多くは蒸気と複雑に絡み合ったパイプ、それに歯車などが構成物の大部分を占め、誰も見た事の無い産業革命の延長を瞼の裏に浮かばせる。
現在ある小型化された機械達を蒸気で動かす為に大型化、物によっては逆に更に小型化。
そんな一見すると時代錯誤にも思えるアナログの画をそこに残したまま紡がれる超技術、そのギャップが今では感じる事の無いレトロフューチャーじみた興奮を呼び起こす、それが自分にとってのスチームパンクの面白さだ。
だが創作にはそれなりに登場するスチームパンクというジャンル、実はあまりゲームが無い。
理由は単純で、作らなくてはいけないオブジェクトが非常に多い、要は作るのが面倒臭いのだ。
多種多様な歯車やパイプ、あらゆる場所から吹き出す蒸気の煙、いざ自分がゲームを作るとなった時、舞台装置の為だけに大量のオブジェクトを設置するよりかは、それでも充分に大変なのだろうが街を作って完成の王道RPGを選ぶだろう。
そんな事情を理解している自分は、そこまで期待していたわけではなかった、まあそれをウリにしているのだからある程度は期待していたが、良い意味で予想を完璧に裏切られた。
「クエストとかもゲーム的にはした方が良いんだろうけど……」
はっきり言って好奇心が圧勝だ、どうしても他の場所も見て回りたくなった為、興奮冷めやらぬままに辺りを散策する事にした。
外壁に沿って歩いて行くと壁から突き出すような形状の入り口の無い建造物を幾つも見かける、その下に民家がある事から恐らくここの地形に合わせた二階建てなのだろう。地下であるという前提があるだけで建造物はこんな形状になるのかと感心すら覚えながら歩いていく。
途中いくつも露天を見つけたが、食べ物は現実と同じような物しか並んでいなかった、まあ加工済みなので元が何なのかは分からないが。
好奇心のままに歩いていると、ふとそういえばゲームを開始してから今まで持ち物を確認していなかったなと思い、確認の為メニューを呼び出す。
「この辺は流石にゲームか」
地下にも関わらず空から落ちてくるメニューが表示されたパイプ。
「あっ……うん?」
軽くクスリとしながら拾い上げようとすると、手が歯車にぶつかってしまい、何故か表示されるメニューが変化する
どうやらタッチ操作の他に左下に付いた歯車を回す事でも操作が出来るらしい、使うかは分からないが面白いので覚えておこう、他の歯車はただの飾りなようで少し残念だ。
「ホント凝ってるなあ、どんな奴が作ってるんだろ。さてインベインベ……これか、ああ初期アイテムは無しな感じね」
手持ち(インベントリ)を確認するが特に何も無く、申し訳程度に500Gと書かれた数字だけが右上に出てくる。
周囲の露天の品を覗き見て見るが、相場は1G=1円程度と考えて良さそうだ、まあ国産ゲームだし変にややこしくする事もないだろう。
この感じでは即武器を買って外へというのは考えない方がいいのだろうか。
「お使いクエストでもあるのかな」
<お使い>
NPCから指定された物を集めたり別の場所に届けたり、文字通りのお使いであり、初心者向けのチュートリアルから熟練者向けの高難易度まで幅広く使われるものではあるが……
「そもそもクエストを受ける方法が分からんなこれ」
まだ始めたばかり、別に急いでるわけでもなし、一先ずは散策を再開しようかと思った所、後ろから声が聞こえる。
「おーいそこのキミーー!」
振り返ってみると中性的な声と外見をした黒髪の……多分男だろう、こちらへ駆け寄って来る。
「呼び止めちゃってごめんね、僕はアカツキ。キミ見た所初心者だよね、僕のパーティに入らない?」
<パーティ>
短期間且つ2〜6人程度の小規模な共同活動体への急なお誘い、まあ右も左も分からない為有難いと言えばそうだが。
「なんで僕に?」
僕のパーティというからには既に何人かメンバーはいるのだろう、何故自分が誘われたのかがよく分からない。
「いやあ、みんな始めたばっかでよく分かんなくてさ、どうせならなるべく人数は多い方がいいなって、都合悪かったかい?」
「いや別に?単に気になっただけだよ、よろしくね」
軽く笑いかけると向こうも笑って返す。
「でホント始めたばっかなんだけどパーティってどう組むの?」
「ああ、向こうで仲間が待ってるから、歩きながら教えるよ」
親しげな態度でメニューの操作などを口にしながら自分を誘導するアカツキ。
話を聞きながら周囲を眺めていると自分の歩く方向を指した看板が目に付いた。
<ダグラ王国 貧民街>
描写書いてちょっと満足したんで次回はさっさと戦わせます。
ただの高校生が謎の武術をマスターしており超反応達人パゥアーとかは作者の好みではない。