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第2話:宿直室にて

 いきなり言われたその言葉の意味を、俺はまったく理解できなかった。

「――は?」

 俺があまりにも間抜けな声を出したせいか、朔夜はやれやれと呆れ気味に首を振った。

「とりあえず立てよ。話は中でしようぜ」

 そう言って彼女は立ち上がり、俺に手を差し伸べた。

 それで気付いたんだが、なぜか彼女の手は黒いグローブで覆われていた。

 俺は頭を混乱させたまま、とりあえず手を借りて立ち上がる。

 すると彼女はそそくさと新校舎のほうへ歩いていく。

「おい、どこ行くんだよ」

 俺がそう言うと

「あ? 宿直室だよ。お前も早く来いよ」

 彼女は面倒くさげに振り返ってそう言った。

「はあ?」

 ……もう、何がなんだかさっぱりわからないことになってきていた。




 結局俺は今、学校の宿直室にいる。

 どうして鍵がかかっているはずの校内に入れたかというと

「朝のうちに玄関にちょっとした仕掛けをしといたんだよ。ここの学校、新しいくせにほんと警備がなってないよな。私としては有り難いけど」

 ……らしい。

 どうして宿直室に入れたかというと

「朝のうちに鍵をくすねた。ダミー置いてきたから誰も鍵がなくなったなんて気付かないし」

 ……らしい。

 というか宿直室なんて古風なものがこの学校にあったという事実に俺は驚いていた。見た目はオーソドックスだが一応新築された校舎なのに。

 といってもやはり部屋は真新しく、畳も緑色で藺草の匂いがまだしていたし、壁もきれいだった。広さもまあまあで、シャワールーム、流し台を除いて10畳くらいだろうか。

 朔夜はすでに1度この部屋に入っていたらしく、彼女の荷物らしき鞄やら紙袋やらが部屋の隅に置かれていた。

「……お前ここに住みつく気か?」

 俺はその荷物の多さを見てそう尋ねた。

「ん? まあ1週間くらいは」

 彼女は軽くそう答える。

 ……俺は半分冗談のつもりで尋ねたんだが。

「それよりお前も明日には準備してこいよ。今回はちょっと長丁場になりそうだからな」

 と、彼女はまたしても理解不能なことを言い出した。

「ちょっと待て。なんで俺までここで寝泊りする準備をしなきゃいけないんだよ」

 俺は素直にそう言った。

 さっきから朔夜の喋り方がまるで男なので意識せずに俺も喋っているが、さっきの発言は色々と問題があると思う。色々と。

「だからー、言ったろ? お前には今日からしばらく私の目になってもらうって」

「だから何なんだよその『目』って!!」

 俺は苛立ち気味に叫んだ。

 すると朔夜は『あー、説明まだだっけ?』みたいな顔をしてから俺に座れとジェスチャーする。

 俺は仕方なくその場に胡坐あぐらをかいた。


「さっき校庭にクラゲみたいな奴いただろ?」

 朔夜はそう話をし始めた。

「ああ。クラゲより気持ち悪かったけどな。あれ、何だよ?」

「ああいう化け物のことを私たちは『ケモノ』って呼んでる。まあ名前なんてどうでもいいけどな、とりあえず化け物だ」

「……ふうん。妖怪みたいなもんか?」

「いや、妖怪とは別物。ケモノっていうのはもともと人工的に創られたものらしいからな」

「は!? あれがか!?」

「……まあその辺は私も詳しくは知らない。何の目的で誰が創ったのかも分かってない。けどケモノはたまに凶暴で、人間のものを奪う癖がある」

 朔夜はそこまで言って、少し息をついた。

「人間のものって……具体的には何だよ?」

 俺は気になってそう尋ねた。

「色々。ケモノによって違うけど。さっきのケモノは『視力』を奪う奴だ」

「視力?」

 それで話が少し見えてきた。

「じゃあお前がさっきから言ってる『目』って……」

 俺がそう言いかけると、朔夜は頭を抱えて

「ああ。昨日の夜ここに下見に来たとき、あいつに出くわして視力を半分取られたんだ」

 そう、苦々しく言った。

「……半分? お前今視力どれくらいなんだよ」

 俺は不思議に思ってそう尋ねた。見た限りでは別に彼女は何の不自由も感じていないように見えるのだが。

「もともと1.0はあったから、今は0.5くらいかな」

 と、彼女は言った。

「それだけあれば十分なんじゃないのか?」

 確かヒロもそれくらい目が悪かったはずだが、あいつは眼鏡もコンタクトもしていないのだ。

「分かってないなあ、問題はそっちじゃないんだ。確かに日常生活は困らないけど、半分取られたってのはこっちにしちゃ大きな痛手だ」

 と、朔夜は腕組をした。

「?」

 俺が首を傾げると

「ほんと分かってないな、英輔は。ケモノっていうのは普通の人間には見えないもんなんだよ。それこそ幽霊とか、妖怪とかと同じで」

 朔夜はそう言った。

「…………」

 それで俺は気が付いた。

 俺は見ちゃいけないものを見たんだと。

「お前には霊視力がある。そうだろ?」

 朔夜のその問いは俺にとっては詰問だった。

「……だったら何だよ。悪いが俺は帰るぞ。もうそういうのとは関わらないって決めてるんだ」

 俺はそう言って立ち上がる。

 しかしズボンの裾を思いっきり掴まれて、立ち止まらざるを得なくなった。

「おい! 何すんだよ!」

(ズボン危うくずり落ちそうになっただろうが!)

 俺が妙なところで内心はらはらしながら振り返ると、

「そっちこそ何すんだ、だ。言ったろ? 私から離れるな、逃げるな、勝手に動くなって」

 朔夜はただ真っ直ぐに、俺を見上げていた。

 その真っ直ぐさに気圧されつつ、それでも俺は反抗した。

「そんなこと言われても困るんだよ! 俺に何しろって言うんだ!?」

 すると朔夜はこう言った。

「特別何をしろって言ってるわけじゃない。ただ私の前に出て、ケモノの核の位置をとらえてくれればそれでいい。今の私の視力じゃケモノの輪郭くらいしか捉えられないんだ」

「な!? お前の前に出てって……それ十分危険だと思うんだが!?」

「まあそう言うなよ。やばくなったら下がっていいから。あ、でも勝手に逃げるなよ。この校内には少なくとも3匹くらいはケモノがいるからな」

「は!? 『3匹くらい』ってなんだよ、アバウトだな!?」

「そう喚くなよ。あのクラゲ、斬ったら分裂しやがったんだよ。まあ正確な数はお前が見てくれれば分かるだろうし、とりあえず頼むぞ。この学校の平和とお前の平和はお前にかかってるんだ」

 朔夜はどことなく脅し文句な正論を述べながら、にっこり笑った。



 で、結局俺は帰れないまま、宿直室の隅で体操座りをしていた。

 朔夜はというと、シャワーを浴びにシャワー室に入っていた。

(ほんと、何なんだ、あいつ)

 先ほどの会話の中でも彼女の素性はまったく分からなかった。

 というより何なんだろう、この昼と夜の違いは。

 昼間は、そりゃあ確かに元気で明るい子だったとは思うがそれでもやっぱり女の子らしさがあったように思う。が、今は全くそれが感じられない。

 まるでオセロみたいな奴だ。

 

 ……と、そうこう考えているうちに本人が何やらぶつくさ言いながら出てきた。

「シャワー室狭すぎ。頭ぶつけたし」

(……シャワー室があるだけまだマシだと思えよ)

 俺はそう思ったのだが、彼女は不満そうな顔のままおもむろに押入れを開けて、敷布団を一式取り出した。

 そのまま白い布団に顔を埋め、

「うん、まだ新品みたいだな」

 彼女はそうひとりでに満足して、そそくさと布団を敷き始めた。

「おいお前、寝るのか?」

 俺は彼女の行動に付いていけなくなって一応尋ねた。

「ん? 仮眠だよ仮眠。ケモノが本格的に動き出すのは零時過ぎてからが多いから。英輔も今のうちにちょっとくらい寝とけよ」

 そう言って朔夜は布団に潜り込んだ。

「……っておい、ちゃんと髪乾かしてから寝ろよ!」

 と、俺はつい突っ込んでいた。

 昔お袋が姉貴によく言っていた台詞だ。

「……うるさいなー。母親みたいなこと言うなよ」

 横になったまま彼女はそうぼやいた。

 というよりもう既に眠たげな声だった。

「……お前こそ男みたいだぞ。ほんとに女か?」

 皮肉を込めて俺がそう言うと

「……襲えば分かるぞ。殺すけどな」

 彼女はそんなことを言い残して、眠りについてしまった。



 布団は朔夜が使っている一式しかなかったので、俺は部屋の隅の壁にもたれたまま眠りにつこうとした。

 うつらうつらとはするものの、俺の意識は一気に眠りには落ちてくれなかった。

 ……部屋の壁にかかっている掛け時計の音がカチカチとうるさい。

 もう少し静かにならないものだろうか。

 これじゃあ眠れない。

 全然、眠れない。

 

 けど。

 

 そう、実のところ眠れないのは時計の音のせいだけじゃない。


「…………」


 真っ暗な部屋に響くのは、穏やかな寝息。

 今まで修学旅行とかで男子と雑魚寝したことは何度かあるけれど、こんな羽根みたいに軽い音は初めてだった。

 つまり、やっぱり朔夜は女の子なんだと認めざるを得ないわけで。

 それがむしろ気になってしまって、目が冴える。


(くそ、いっそ起こしてやろうか。今何時だよ)

 バックライト機能つきの腕時計を見ると、時刻は23時を半分過ぎたくらいだった。

(ちょうどいいくらいだな。よし、起こすぞ)

 俺はそう決心してゆっくりと彼女の方に近づいていった。

 彼女は布団の中に潜り込んでしまっているのでどうにも起こしにくい形だった。

 やっぱり諦めようかとも思ったが

(いや、でもどうせ起こさなきゃいけないんだし……)

 と、俺が手を伸ばした瞬間

「――――っ」

 彼女が急に寝返りを打った。

 妙に、苦しそうに。

(……!?)

 俺は一瞬彼女が起きたのかと思って無意識のうちに後ずさっていたのだが、しばらくしても彼女はそのままだったので、本当に寝返りを打っただけらしい。

 が、彼女は何か言葉を漏らした。

 まるでうなされるように。


「……かえ、して……」


 ……その後はよく聞き取れなかったのだが

(……『返して』? あいつ、視力奪われた時のこと思い出してんのかな)

 俺はそう思って、今度こそ朔夜の肩を叩いた。

 すると

「――……ん?」

 彼女は普通に目を開けて、むくりと身体を起こした。

「なんだ、英輔。何か見えたのか?」

 と、彼女は眠そうに目をこすりながら言う。

「え、いや……。そろそろ零時だし、起こそうかなって……」

 うなされてたみたいだったし、というのはあえて言わないでおいた。

「んー……そう言ってもケモノが毎日出てくるとも限らないしなあ……。英輔は窓から何か見えないか見とけよ。私もうちょっと寝るから」

 と、彼女はそう言ってまたぱたんと布団に倒れこんだ。

「は!? おいコラ、何だよそれ!?」

 俺が反論しても彼女は無視するつもりらしい。またしても彼女は頭が隠れるほど布団の中に潜っていった。

 が、

「!!」

 次の瞬間、彼女は布団をひるがえして飛び起きた。

「な、なんだよいきなり!?」

 俺はその派手なアクションにただ驚いていたのだが

「この階に来たぞ、化け物クラゲが」

 彼女が眼を煌々とさせてそう言うので、俺は息を呑んだ。

 そんな間に彼女は枕元に置いてあった黒いグローブを慣れた手つきで手にはめて、壁に立てかけてあった2本の刀を取る。

「行くぞ英輔」

 そう言って朔夜はドアを開けた。

「お、おいちょっと待てよ」

(こっちはまだ心の準備が出来てねえっつーの!)

 そう心の中で愚痴りながらも、俺は勢いよく飛び出していく彼女を追いかけた。


えーと、まだまだ謎だらけのヒロインですが、次の次くらいにもうちょっと明らかになります。

現在ストックが6つくらいあるので、1つ仕上がれば1つ出すといった感じで行こうかと思います。

アクションも入るんですが結構ゆったりめのお話なのでまったり(?)と楽しんでいただければ幸いです。

ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。次回もどうぞよろしくお願いします。

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