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第1話:壊れた夜

 まだ暑さの残る9月の初日。

 街外れの、山のふもとに位置する公立高校へ続く坂道は、長期休暇を終え友人と再会してはしゃぐ高校生達で埋まっていた。

 そんな様子を傍目に、俺は黙々と坂を上る。

 幾人も追い抜いて、足早に校門をくぐると見えるのは、昨年立て替えたばかりの白い校舎。

 といっても市の財政があまり良くないのか、現代風の凝ったデザインになったわけでもなく、これといってぱっとしない外見というのが俺の感想だ。

 視線を横に移すと、古びた木造の校舎がある。

 大部分は取り壊され、残っているのは一部だけだが、それでも前の校舎が残っているのは何かいわくがあるからではないかとクラスの女子が騒いでいた記憶がある。

(まあ、あながち嘘でもなさそうだけど)

 が、俺にはそんなことはどうでもいい。

 俺にとって重要なのはただ毎日を平凡に過ごすことであり、それこそが幸福しあわせなのだと信じていた。




 教室の賑やかな様子は夏休み前と全く変わっていなかった。

「あっ久しぶり〜東条君!」

 俺にそう声を掛けてきたのは、短髪で小麦色の肌をした、いかにもスポーツ系の少年、森下武だった。

「おはよ。焼けたな、森下」

 俺がそう返すと

「おうよ! そういう東条君は全然焼けてないな? 水泳部だろ?」

 と、森下は首をかしげる。

「プールも建て替えしてただろ? その間屋根つきの市民プールで練習してたんだ。学校のプール使ったのはここ1週間だけ」

「へー。じゃあ水泳部は一足先に新しいプールに入ったんだー。いいなーいいなー」

 と、森下がじゃれついてくる。彼は人懐っこい性格で、男女問わず気兼ねなく話せるということもあり、このクラスのマスコット的存在と言っても過言ではない。

 人付き合い、特に女子と話すのが苦手な俺としては彼を見習いたいと思う時もあるが、今更それは無理だと悟っているつもりだ。

 中学の時からそうだったのだが、クラスの女子が無口な自分のことをどこか怖がっている節があるというのは空気で感じ取っていた。


「あ、そうだ! さっき俺日直だったから職員室行ってきたんだけどさ、中谷の横に『鷹の方』の制服着た女の子がいたんだよ!」

 森下がそう言うと、近くで喋っていた女子数人が会話に食いついてきた。

「ねえ森下、それって転校生ってこと? 『鷹の方学園』っていったら超お金持ち学校じゃん!」

「中谷の横にいたってことはうちのクラスに来るのかな?」

「これで中谷の娘だったら笑えるね〜」

 と口々に女子が喋る。

 ちなみに中谷とはこのクラスの担任の中年男性教諭である。

「それはないよ! すっげー可愛い子だったもん!」

 と、森下が冗談なのか本気なのか、そんなことを言って、辺りにはさらに笑いが起こった。




 そんなこともあってか、朝のホームルームが始まるチャイムが鳴り終わる頃には、クラスの面々はどこか期待の眼差しで教室のドアに視線を向けていた。

 かくいう俺も、視線こそは向けないものの、ドアが開く音を窓の外を眺めながら待っていた。


 そして、チャイムが鳴り終わって数分経ったころに、教室のドアがようやく開いた。

「すまんすまん、ちょっと遅れた。皆元気だったか?」

 そう笑いつつ入ってくる中谷は、夏休み前と全く変わっていなかった。

 というより彼が1人で入ってきたものだから、クラスの何人かが溜め息をつき、意外に大きな音となった。

「なんだなんだ、朝から溜め息か? そんなシケた顔じゃ転校生に失礼だぞ」

 と中谷が言うと『おお』と声が上がり、再び幾つもの視線が教室の入り口に集中する。

 皆の単純さに少し呆れながら、俺も視線を移した。


 そんな期待に応えるように、その少女は入ってきた。

 

 最初に目が行くのは、やはり見慣れない制服だろうか。

 この学校の女子の制服はセーラー服なので、ワイシャツにネクタイといった都会風(だと俺は信じている)の制服は目に新しい。

 赤いチェックのスカートの丈が短いようにも思えるが、膝上まである黒いニーソックスのお陰か、嫌らしさはない。


 華奢なわりに堂々とした足取りで、彼女はまっすぐ教卓の前へやって来る。


 肩ぐらいまでの髪は活発さをイメージさせ、顔立ちもさっぱりしている。そしてうろたえることなく真っ直ぐ前を見据える瞳には、力強さと共に華やかさがあった。


「今日からうちのクラスの一員になることになった朔夜憐さくやれんさんだ」

 中谷がそう紹介すると、彼女はぺこりと一礼した。

「父の仕事の都合でしばらくの間だとは思いますが、どうぞよろしくお願いします」

 凛とした、それでも明るい声で、彼女はそう言った。

 極めつけは笑顔だった。媚びなど一片も感じさせない、華が咲いたような笑顔で、周りの空気が一気に軽くなったような気がした。

 

(ああ、こいつは人気者になる)

 俺は教室の恍惚状態を見て、そう思った。


「えーと、朔夜の席はあそこでいいか?」

 中谷が指をさしたのは偶然にも、俺の席の隣だった。

 といっても通路を挟んでの隣だが。

「大丈夫です」

 彼女は颯爽と歩いてきて、俺に少しばかり会釈して、席についた。

 近くで見ると余計に華やかさが際立った。

(地味な俺とは大違いだな……って)

 俺は少しばかり彼女をじっと見つめすぎたことに気が付いて、さっと視線を前に戻した。




 1限目の休み時間から、俺の予想通り、彼女の周りには人だかりが出来た。

「ねえねえ、朔夜さんって鷹の方から来たんだよね? やっぱあっちから見たらここって田舎?」

 ある女子がそんな当たり前のことを尋ねていた。が、当の本人はさして鼻にかける様子もなく答える。

「うーん、確かに向こうのほうが立地条件は都会だけどここの学校のほうが新しいし綺麗だし……鷹の方って名前だけ立派で実際校舎は相当古いんだよ?」

 と、彼女は楽しそうに喋る。

 鷹の方っていうからもっとお嬢様で堅苦しいのかと思いきや、そうでもないようだ。

「『しばらくの間』って言ってたけどまたすぐ転校しちゃうの?」

 と、俺も少し気になったことを誰かが訊くと

「うーん、こっちでのお父さんの仕事が片付いたらまた向こうに戻る感じかな」

 と苦笑しながら彼女は答えていた。

「あ、じゃあうちの制服は買ってないんだね」

 と誰かが言うと彼女は素直に頷いていた。

(だから制服は前のままなのか)

 と、最初のうちは俺も隣で繰り広げられる会話を耳だけで聞いて1人で納得したりしていたが、こんな状態が2限、3限、と続いてくると流石に鬱陶しくなってきて、席を立って教室の隅に移動すると

「あ、ちょっとうるさくしすぎたかな。東条君移動しちゃったよ」

「そういうとこがちょっと怖いんだよねー」

「あ、やっぱり?」

 と、背後でそんな女子の声が聞こえた。

(そんなこと言われても……騒ぐなとは言えねえし)

 と、俺が1人ふてくされていると

「よ、英輔。何仏頂面かましてんだよ」

 と、茶髪の少年が教室に入ってきた。鞄を持っていて、今さっき登校してきたらしい。

「また遅刻か? ヒロ」

「そう言うなよ、午前中に間に合っただけマシだろ?」

 と笑う沢田ヒロ。俺とこいつは小5の時からの付き合いで、今も同じ水泳部だったりする腐れ縁だ。 校則違反で髪を染めているあたりからこいつの生活態度は確かに良くはないが、性格は悪くないし、危ないことにも首を突っ込むタイプじゃないので俺は安心して交友関係を続けている。

「お、あの子誰よ? 転校生?」

 と、早速こいつも朔夜に気付いたようだ。

「ああ。しばらくの間だけかもって話だが一応転校生だ」

「へーえ、可愛いじゃん。あそこってお前の席の隣だろ? チャンスじゃん」

 とヒロは俺の背中を叩くが

「何がチャンスだよ。お前今まで俺の何を見てきたんだ」

 と俺が言うと

「ははっ、そろそろその女子恐怖症治さねえとな。お前ビジュアル的には悪くねえのに……勿体ねえよ」

 とヒロはおどける。

「それで結構だ。俺今日学食行くからな。あそこじゃおちおち食べてられん」

 

 宣言どおり、俺はその日の昼休み、学食でパンを食べた。




 そう、結局その日のうちに、その転校生は人気者になっていた。女子からは名前で呼ばれるようになっているみたいだし、数人の男子とも楽しそうに談笑していた。放課後にはもうどこか遊びに誘われたのか、幾人かの女子と固まって下校していた。

(ま、田舎の学校ってのは転校生に弱いよな)

 俺はそう思いつつ部活へ向かう。

(でもまあ、俺もあれくらい社交的だったら…………)

 と、柄にもなくそんなことを思っていた。





 部活を終え、帰宅して、洗濯機と向かいあった時、俺は気付いた。

(あ……水着忘れた)

 更衣室で着替えて、その後部室に寄ったときは確か持っていたはずなので、恐らく部室に置き忘れたのだろう。

 これはかなり致命的だった。

 明日も部活はあるわけで、予備の水着は今は家にない。今日洗濯しなければならないのだ。

(でも今から行ってももう校門閉まってるかな……)

 と諦めかけたが、明日濡れたままの水着を着るのを想像するとどうも嫌な感じがしたので

(だめもとで行ってみるか)

 どうせ今週はお袋が友達と海外旅行へ行っていて家にいないし、親父は単身赴任でもともと家を空けていた。5つ上の姉貴は大学生で、下宿中。まだ大学生は夏休み期間らしいがバイトで忙しいらしく帰ってくる予定はないらしい。

 そういうわけで、俺は再び街を抜けて、坂の上の学校へと向かうことになった。




 時刻はもう8時すぎで、空は言うまでもなく真っ暗だった。

 学校へと続く坂道には外灯がちらほらと立っているが、あまり明るくはない。

 そうして坂を上りきってたどり着いた学校も、やはり真っ暗だった。正門はきっちりと閉まっている。

「あー、やっぱ閉まってるよなー」

 ついつい声に出して俺は嘆いた。

 しかし、よくよく門を見ると乗り越えられない高さでもなさそうだし、乗り越えたら警報が鳴るとかいう最新のセキュリティーが施されているとも聞いていない。さらに、いつだったか先輩から受け継いだ秘密の部室の合鍵も手元にあった。

(せっかくだし、行っちまうか)

 と、俺は珍しく大胆な行動に出た。

 

 無事校庭に侵入する。確かに夜の学校は不気味だが、別に校内に入るわけでもないので気は軽かった。

 旧校舎の近くにある部室棟へと急ぐ。水泳部の部室は1階だ。

 俺は水泳部の部室の前に立ち、暗くてよく見えない鍵穴を手探りでガチャガチャと探していた。

 すると背後に、涼しげな風が吹いた。

「……?」

 妙な感覚を覚えて、俺は振り返る。

 するとそこには

 小さなクラゲが浮遊していた。


(…………は!?)


 ここは海でもない。

 どうしてこんなものが浮いているのか。

 そもそもこれはクラゲなのか。


 そんなことを考えている間に、可愛らしく浮いていたクラゲが急に割れて、割れた面からグロテスクな牙を剥き出しにした。

「うわぁっ!?」

 俺は驚いて鍵を取り落としてしまったが、そのまま逃げた。

 とりあえず校庭のほうへと戻ろうとしたのだが、後ろを確認しようと振り返ると、小さかったはずのクラゲもどきはいつの間にか肥大化していて、俺の背丈より大きくなっていた。

(なんだよこれ!?)

 夢なんじゃないかと思う余裕もなく、俺は見事に何かにけ躓いて転んだ。

「っ!」

 早く逃げないと喰われるかもしれない。

 けれど足がもつれて動かなくなってしまった。

 くらげもどきの化け物は、ここぞとばかりに口を開ける。

(もう駄目だ――!!)

 俺がそう、目を瞑った瞬間、


風が巻き起こった。


「へ――……?」


 急に空気が穏やかになったので、俺は恐る恐る目を開ける。

 喰われたわけでもなさそうで、俺の身体はちゃんとあった。

 目の前にいたはずのクラゲもどきの化け物はいつの間にか姿を消していて、代わりに1つ、人影が見えた。


「――誰かいんの?」


 つい先ほど死の恐怖すら感じていた俺にとっては、どこか軽薄にも聞こえる声がした。

(……でもどっかで聞いたような……)


 暗闇にようやく目が慣れたのか、俺の目はその人影をはっきりととらえる。


 ショートの髪に、他校の制服。

 手には2本の短刀。片方からは不気味に赤い光が発せられていた。

 

 それは間違いなく

「朔夜……?」

 今日うちのクラスにやってきた、あの転校生だった。


 夜の校庭に、どうして彼女が刀なんか持って立っているのだろうか。

 というか、さっきの化け物は何なのか。

 今更だが、これは夢だったりして。


 だが掴むグラウンドの土の感覚があまりにもリアルだったし、それはないように思えた。


「ん? お前もしかしてうちのクラスの……えーっと」

 と、なんだか昼間とは雰囲気、というか口調が違う彼女がこちらに近づいてくる。

 刀を鞘にしまいながら、彼女は俺の目の前にしゃがみこんだ。

 ふわりとスカートが風をはらむ。俺は慌てて目を伏せた。

「東条……だっけ?」

 さらに、至近距離でそんなことを言われても俺は慌てるだけだったので、俺は手だけでざっと後退しつつ

「あ、ああ。東条英輔だ」

 と、意味もなくフルネームで名乗っていた。

「ふーん……」

 と、彼女はそのまま何か考え始めた。

 そして

「ここで腰抜かしてるってことは、さっきのアレ、見たんだよな?」

 と、彼女は俺に尋ねてきた。

 というかやっぱり違和感がある。

 口調のせいか。

「べ、別に腰抜かしてなんか……」

 と、俺はどことなく反発気味に反論していた。

 すると彼女は可笑しそうに笑う。

「じゃあなんでそこでひっくり返ってんだよ」

 ……やっぱり変だ。

 朔夜の、明るい感じは昼間のままだが、口調がなぜか男っぽくなっている。

 しかしそんなギャップに呆気に取られている暇はなかった。

「英輔」

 一瞬、誰のことか理解できなかったくらい自然に、彼女は俺をそう呼んだ。


 ……いきなり名前の呼び捨てで。


 俺が何か言う前に、彼女はにっこりと微笑んでこう言い放った。

「お前は今から私の『目』だ。目なんだから私から離れるな、逃げるな、勝手に動くな。これは命令だ」


新連載、ついに始まりました! 1話を読んでくださってありがとうございます。現代ファンタジーを書くのは2度目なのですが、また前の作品とは違った感じにドキドキできる面白い作品に出来ればいいなと思っています。精一杯頑張るのでよろしくお願いします。

ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました!気に入ってくださったら次回もどうぞよろしくお願いします。

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