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水底

 少し早い、蝉の声がする道を、私は1人で歩いていた。

 泣き声が聞こえる。

 男の子の声だった。

 その声を追って歩いていくと、私はその子に出逢った。

 その子はしばらく泣きじゃくっていたけれど、私に気付くと、泣くのを止めた。

「なんで泣いてるの?」

 私がそう尋ねると

「尚君が俺のキックボード取ってった」

 彼はそう言って、またべそをかき始めた。

「男の子は泣いちゃいけなんだって、お父さんが言ってたよ」

 私がそう言うと

「……なんで?」

 彼がそう訊き返すので、私は困ってしまった。

 だから

「知らない」

 そう言ってやると、相手はふてくされたように泣くのを止めた。

「ねえ、一緒に遊ぼうよ」

 私が彼に手を差し伸べると

「……なんで?」

 彼はまたそう言った。

 私は少々むかついて

「つべこべ言うな!」

 ちょっと乱暴にそう言って、彼を強引に引っ張った。

 こんなところをお父さんに見られたら、『はしたない』と、怒られてしまうだろう。

 少年の方はというと、迷惑そうにしていたけど、私の手を振りほどこうとはしなかった。


 結果、私たちは日が暮れるまで遊んでいた。

「そろそろ帰らなきゃ」

 門限を決められていた私は、名残惜しくも立ち上がった。

 すると彼は

「なあ……お前、名前なんて言うんだっけ?」

 今更ながらに尋ねてきた。

 遊ぶのに夢中で、教えるのを忘れていたのだ。

「可憐」

 私が名前を教えると、彼は

「いいか、可憐。向こうにある池にはきっと良くないものが棲んでるんだ。絶対に、近づいちゃ駄目だぞ」

 そう、真剣に言った。

 私はこくりと頷いた。

「わかったよ、英輔」




 その忠告を、守らなかったわけじゃない。

 だた、呼ばれた声に立ち止まってしまっただけ。

 どうしてあのとき私は、足を止めてしまったのだろう。



 息も出来ない水の中。

 そこで私は、お父さんとお母さんの、最後の言い付けを聞いた。


『可憐。お前は、生きなさい』






 水に落ちたのが分かった。

 痛みなど忘れるほどに、その闇に、恐れを感じた。

 身体は沈んでいく。

 浮力が湧かない。

 見ると、手足に蛇のようなものが絡まっていた。

 あの時もそうだった。

 身体に何かが絡まって、全く動けなかった。

 息が出来ない。

 肺は酸素を求め、内側から壊れそうな痛みを感じる。

 

 怖い。

 水の中は嫌。

 死ぬのは嫌。

 だって、『生きなさい』と、言われたのに。

 『生きる』と、決めたのに。



 私は腕を伸ばしていた。


『まだ、届くかな』


 そう尋ねた少年を、私は、信じた。


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