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第15話:真名縛り

 体勢を立て直すためか、ケモノは一旦後ろへ逃げようとする。

 すると朔夜は

「英輔、私の後ろから絶対離れるなよ!」

 それだけ言って、左手の刀で引っ掻くように廊下の窓ガラスを割りながら走り出した。

「は!?」

 意味不明な行動を取る彼女に、俺は言われたとおり付いていくしかなかった。

 数枚割ったところで、今度は右手の赤い刀で宙に文字を引く。

 示すのは二と三。

「三炎の二、三、来い!!」

 その言葉に呼応して、まず銀糸の女が現れた。

「緋衣、囲え!!」

 朔夜がそう言うと、鼠女は『オーケー』と口の動きだけで応え、

「骨に還りな」

 彼女がそう呟いた途端、周りは紅い炎に包まれた。

(ぅわ!?)

 俺は反射的に腕で顔を覆ったが、朔夜のすぐ後ろにいるせいか、火傷はもちろん、全く熱さを感じない。

 一方で周りはこの世の終わりのように燃えている。

 前方のケモノもしかり、既に人語ならぬ叫びを上げて、その身は黒く焦げていく。

 そして、鼠女の言ったとおり、人間もりしたの皮が剥がれたように、元の骸骨に戻っていった。

 が、まだ動けたのか、骸骨は逃げるように窓際に跳んだ。奴にとっての最短の逃げ道は、朔夜が先ほど開けた窓の穴しかなかったのだ。

 しかし朔夜はそれを見越していたのか

「火砕!!」

 そう彼女が呼ぶと、どこからともなく赤と金の羽根を持つ蛾が現れて、羽ばたいた。赤く光る鱗粉が窓ガラスに吸い付くように付着する。

 すると、割れていた窓ガラスが急速に自動修復され始め、

「悪いわね、標本にしちゃって」

 オカマ男のそんな声がしたときには、骸骨は修復途中のガラスに挟まれて、身動きが取れない形になっていた。

「英輔! 核の位置!!」

 朔夜が急に俺に振るので俺は慌てて骸骨を凝視する。

「こ、腰だ」

 俺が位置を告げると朔夜は躊躇なく、骸骨の腰を刀で突き刺した。

 窓ガラスが再び割れる虚しい音と共に、骸骨の姿は消え、床に青い液体だけが残った。


「ふう。よーし、あと1匹だ」

 と朔夜は額の汗を拭おうと腕を上げた。すると

「その前に止血ぐらいしなさい」

 オカマ男が、妙に紳士的に、彼女の腕を押さえてポケットから取り出した白い布で介抱し始めた。

 なんていうか、少し意外なのだが、その手つきはとても手慣れていて、ものの数秒でそれは綺麗に完了した。

「……ありがとう、火砕」

 朔夜も少し戸惑っているようだった。

 すると

「むきー! 私だって止血くらい出来るもん!!」

 拗ねたのか妬んだのかいつものように鼠女が朔夜にしがみついて、オカマ男に反抗する。

「えーほんとー? アナタ、すごい不器用に見えるんだけどー?」

 オカマ男はいつになく余裕ぶっている。

「んなー!? 失礼ね! 私の趣味はこれでも裁縫なのよ!!」

 鼠女がまたしても意外なことを言う。

「趣味とそれとはまた別物よねー、ね、英輔クン」

 とか言ってオカマ男は俺に振ってくるし。

「あ、いや、緋衣の裁縫すごいよ、ほんと。私何枚か貰ったし」

 と、微妙に朔夜は鼠女の援護に回った。

「そーよそーよ、いっぺん見てみるがいいわ!! 男にやる気はないけどね!!」

「ふん! 頼まれたって貰わないわよアナタが作ったものなんて! どーせ表は綺麗でも裏側は糸がピンピン飛び出てるかぐっちゃぐちゃに絡まってんでしょー?」

「はあー!? 何よその見たことあるような言い草!? そりゃあアンタの頭の中でしょうが、え!?」

 相変わらずガキくさい言い争いが始まった。

 そんなやり取りを朔夜は苦笑しつつ眺めている。

 そういえば、2人も同時に使役して疲れないんだろうか。

 ……それにしても。

(俺ってほんと、役立たずだな)

 他の2人を見て切に思った。

 そりゃあ、向こうは人間外生物だし、力量も違うけど。

 なんていうか、やっぱり虚しい。


「ほら、もう行くよ」

 朔夜はまだ言い争っている2人をなだめつつまた歩き始める。

 

 暗闇に溶けない、白い背中。

 あんなに華奢なのに、彼女は決して折れない。

 その点俺はどうか。

 心のうちじゃ自我を張っているつもりでも、実際はいつも周りに合わせてる。

 ……こんな弱い自分は、彼女の目にすら相応しくない。


 しかし朔夜は

「英輔、早く来いよ」

 振り返って俺を呼ぶ。

「……あ、ああ……」

 俺はどこか後ろめたい気分のまま、足を動かそうとした。

 その時。


『トウジョウ、エイスケ』


 何者かが、俺の名前を呼んだ。

 それは肉声ではない。頭の中にだけ響く声。

(……!?)

 途端、俺の身体は石のように動かなくなった。

(なん、だ……!?)

 かろうじて思考と視界は、保っていられた。

 が、首も手足も、関節という関節が全て固まったように動かない。

「英輔?」

 朔夜は不審に思ったのか、こちらに近づいてくる。

(馬鹿! こっちに来るな!!)

 俺は必死に目で訴えた。

 すると、俺の背後から、大量の水が波打つようにばら撒かれた。

「!!」

 朔夜は慌てて飛びずさる。

 が、それ以上に過敏に反応したのは後続の2人だった。

 特に鼠女のほうは明らかに顔色を青くした。

 ……そういえば聞いたことがある。

 火鼠というのは、水をかぶると死んでしまう、と。

「緋衣、火砕、戻れ!!」

 朔夜は慌てて2人を刀に戻した。

 彼女の連れている妖は全て『火』にまつわる者達だ。普通に考えて、弱点は『水』なのだろう。

 朔夜は舌打ちして、

「水を纏ってくるとは考えたじゃないか、クラゲ」

 俺の背後にいるそれに恨み言を言った。

『いつまでも無知ではいられないのでな』

 そんな声がしたかと思うと、また、大量の水が巻き起こった。

 朔夜は必死の形相でそれをかわす。

『水は苦手か?』

 それに表情があるならば、愉快げに嗤っていたのだろう。そう言って、巨大な円盤のようなクラゲは俺の前に立ちふさがった。

「……うるさい」

 朔夜は怒りを一片も隠さずに攻撃可能範囲へと馳せる。が、クラゲは図体の割りに素早く身を翻して、宙を泳ぐように移動した。

『何故炎を使わない?』

 クラゲは言う。

『そのままの器では力が制御出来ないからか? それともそこにいる小僧を焼き殺したくないからか?』

 朔夜は歯噛みして

「うるさい!!」

 左手に持っていた刀を投擲した。

 が、クラゲの体を素通りして、天井に刺さっただけだった。

 流石にそれは無茶な攻撃だった。

 そんな無茶をするくらい、彼女は焦っているのだ。

 ……なんてことだろう。

 もう俺は役立たずどころの話じゃない。

 完全に、彼女の足手まといになっているのだ。

『遊びもここまでにしようか、小娘。どちらにせよそこの小僧が動けない限りお前に勝機はないだろう?』

 クラゲはそう嗤うように言って、一呼吸置く。

 その一呼吸に、俺は絶望を感じた。

 奴に名前を呼ばれると、身体が動かなくなるらしい。

 恐らく奴が今朝山下に憑いていたのは、その情報を読み取るためだったんだ。

 だから、奴は当然のように、彼女の名前を呼ぶ。


『サクヤ、レン』


 目の前が真っ暗になったかのような錯覚を覚えた。

 これで、終わってしまったのかと。

 しかし。

「……真名縛まなしばりか。面白い技を使うケモノがいたもんだ」

 朔夜はその身に何も起こらなかったように、そう呟いた。

『――なんだと!?』

 これにはクラゲも驚いているようだった。

(そうか、あいつ確か……)

 彼女は不敵に笑ってこう言った。

「残念だったな。私の本当の名前は『朔夜』でも『憐』でもない」

(…………え?)

 彼女は朔夜家に入った養子だ。元の姓が違うのは当たり前だ。

 けれど、さっきの言い方だと、名前まで変えているように取れるのだが。

『……小賢しい真似を……! ならば……!』

(!)

 身体全体に悪寒を感じる。

 空気が張り詰める。

 ケモノの標的が、まさしく俺に移ったのだ。

『その小僧を使い物に出来なくしてやるわ!!』

 クラゲはそう豪語して、こちらに真っ直ぐ飛び掛ってきた。

「――な!」

 朔夜の油断の声がする。

 俺は、今度こそ終わりだと思った。

 逃げたくても身体は全く動かない。

 ただ、開かれたままのこの目だけが、最後の場面を焼き付ける。

 クラゲは自ら大きく裂けて、巨大な口を開ける。

 凶暴そうなその牙を剥き出しにし、そしてその口腔の奥から、強烈なストロボが発せられた。


 ――途端、目の前は影に覆われる。

 それは、視力を無くした先の暗黒ではなく。

「――ァアあッ」

 すぐ傍で悲鳴が聞こえる。

 ――朔夜が、俺の前に立っていた。

 光は止まない。

 秒ごとに彼女の力が剥がされていくのが分かる。

「やめ……」

 石のように固まっていた口が、動いた。


 やめてくれ

 やめてくれ!

 それ以上取ったら

 彼女の視力がなくなってしまう

 彼女の道が閉ざされる

 俺のせいで

 俺のせいで

 俺のせいで!!


「っほむらッ!!」

 朔夜は悲鳴を押し殺してそう叫んだ。

 すると彼女の手にあった刀から、弾丸のように紅いものが飛び出した。

 高速、どころではない。

 神速というものがあるのなら、それは確かにそれだった。

 見えない速さで、それはクラゲをぶち抜いた。

 途端、光は止んだ。

 しかし

「く!」

 真っ暗になった廊下に、どこかあどけなさを残す少年の怒りの声が響いた。

 クラゲの姿は消えていた。

 しかし例の液体が残っていないことから、取り逃がしたのは明らかだった。

「憐!」

 見知らぬ少年が朔夜に駆け寄る。

 白い装束に身を固め、被っている帽子から立派な鹿の角を覗かせるその少年は、ひと目でこの間朔夜が言っていた三炎の最後の1人だと分かった。

「憐、目は……」

 その場にしゃがみこんでいた朔夜は少年の手を取りつつ

「大、丈夫……、まだ、なんとか、見えてる」

 か細くそう言った。

 声だけじゃない。彼女の気配、というか『気』そのものがとても衰弱してしまっていた。

 視力ちからを奪われる、ということが、あそこまで残酷で、痛切なものだとは、馬鹿な俺は思っていなかったのだ。

 なのに

「……英輔は? 無事?」

 彼女はこんな俺に気をかける。

 俺は無様に転んだままで、何も言えずにいた。

 縛りは解けていた。

 が、この現状に打ちのめされて、動けないのだ。

 その状況を汲んでか

「彼なら大丈夫そうだ」

 鹿の少年は優しい声で朔夜に言った。

「そう。なら大丈夫、まだ勝機はあるね……追いかけないと」

 朔夜はそう言ってふらりと立ち上がる。

「待て憐、今日は休め。三炎を1日で全て呼び出した後なんだぞ」

 そう、言い聞かせるように少年は言う。

 しかし朔夜は首を振った。

「あのケモノ、かなり凶暴化してる。明日部活で学校に人が来る前にケリをつけたほうがいい。……それに、焔を出した今でも私、まだ余裕あるんだ……」

「な、そんなわけ……」

 と少年は言いかけて、やめた。

「…………憐、手を貸して」

 言われるままに朔夜は少年に右手を差し出す。

 すると少年はその手を取りながら、目を瞑った。

 しばらくして

「…………馬鹿な」

 少年は目を見開いて、そう漏らした。

「どうしたの?」

 朔夜は首をかしげる。

「憐、君の欠けた器が、少しだけ修復されてるんだ。本当に微量だけど」

 それを聞いて、朔夜も驚きの表情を見せる。

「……え、でも、なんで……」

「ここ最近で、炎の属性を持つ者と契約でもしたのか?」

 少年は問うが

「そんなわけないよ。だって他の炎の属性を持つ家系は今所在不明でしょ?」

 朔夜はそう言った。

「……確かに。じゃあ最近特に変わったことをしなかったか? 普段はしないこととか……」

 少年はなぜか少し言いにくそうにそんなことを尋ねていた。

「? 普段はしないことって?」

 朔夜にそう尋ねられると、少年は困ったような顔をして、それから彼女にしゃがむようジェスチャーし、耳元で何か呟いた。

 それを聞いた朔夜は、少々顔を赤らめたかと思うと、俺のほうを指差して

「したよ。英輔と、キス」

 そう言った。

 すると鹿の少年はこちらに向き直って

「失礼」

 そう断って、俺の額に手を触れた。

 すると

「……これは……」

 少年はまた、何かに驚嘆したようだ。

「何、どうしたの?」

 朔夜が少年の顔と俺の顔を交互に見る。

「……彼は炎の属性を持ち合わせている」

 少年はそう言った。

「え……? そんなはずないよ、だって英輔は水泳部だもん。炎の属性を持つ人間は相克する水には馴染まないはずでしょ?」

 朔夜がそう言うと

「ああ。だから、彼の場合もっと特殊なんだ」

 少年は俺に向き直って、こう言った。

「君は透過性属性なんだ」


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