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第13話:ラストデイ

 頭にクラゲを付けたまま、森下は階段へと消えていく。

「あのクラゲ……! 喧嘩売ってんのか!」

 そんな言葉を吐き捨てて朔夜は駆け出す。

「ちょ、おい!?」

 俺も慌てて追随した。

「どうする気だよ!? 森下のこともあるし、お前今丸腰だろ!?」

「最悪燃やす!!」

 朔夜はそんな物騒なことを言った。

「なんだとー!?」

 そうしているうちに階段を登っていた森下が振り返った。

「え、え、何!?」

 こちらの只ならぬ様子を読み取ったのか森下はかなり怯えた様子を見せる。そんなことはお構いなしに朔夜は森下に突撃……する前に彼の頭に付いていたクラゲが離れて逃げ出した。

「待て!!」

 朔夜は森下の脇を素通りしてクラゲを追いかけだす。

「森下っ、会議頑張れよ!」

 俺は唖然とした様子で朔夜の背中を見送る森下に愛想笑いを浮かべそう告げて、彼女を追う。


 クラゲを追う彼女を追うこと約10分。

 結局1階から4階まで登ってくるはめになった。

 が

「ちっ! 逃がした!!」

 朔夜がそう地団駄を踏んで、その追跡劇は終わりを告げた。

 俺はその場にへたり込む。

 持久力には自信があったつもりなのだが、全力疾走10分は流石にきつい。

「あーもう……あれを倒したら視力戻ったのにー……」

 朔夜はとても悔しげにそうぼやいて、廊下の壁にもたれかかった。

「……ん? あれを、倒せば、戻るのか?」

 俺は疑問に思って息を切らしつつそう尋ねる。

「うん。あれが分裂する前のケモノの中心だった奴だから。英輔もあいつに襲われてたでしょ?」

「……ああ」

 忘れもしない月曜の夜。それでこいつが現れたんだ。

「あいつが口を開けて光ると視力取られるから気をつけ……」

 そう言いかけて、朔夜は妙に黙り込んだ。

「? なんだよ」

 不審に思って尋ねると、朔夜は神妙な面持ちでこちらを見て

「……英輔、視力取られてないんだよね……?」

 そんな、当たり前のことを訊いてきた。

「は? 取られてたら今頃こんなことしてねえよ」

 俺は呆れ気味にそう答えた。

「……だよねえ……」

 そう言いつつ、朔夜はまだ何か考えているようだった。



 朝のその事件を皮切りに、その日は妙にややこしい日となった。

 1限目は隣クラスと合同の体育だったのだが、マットと跳び箱を倉庫から出す作業中、

「東条君東条君、朝のあれ、何だったの?」

 森下がそんなことを訊いてきた。

 俺は森下の様子を窺う。クラゲを頭に付けていたわりに、特に何も変わりなく、元気そうだった。

 それに少し安心していると、隣にいたヒロがすかさず

「なんだなんだ? 森下、朝っぱらから何してたんだこいつ」

 興味津々の様子でそう突っ込んできた。

(まずい)

 俺はそう思って森下の口を塞ぎたい気分になったが、生憎両手が塞がっていて叶わなかった。

 すると森下は無邪気に答える。

「なんかね、さくやんと追いかけっこみたいな。楽しそうだったなあ」

 ぶっ。

 俺とヒロは同時に吹き出していた。

 恐らく違う意味合いだろうが。

「はははは!? 追いかけっこ!? 何やってんだお前ら! ははは!」

 ヒロは派手に笑う。それで周りにいた他の男子達がこちらに注目しだした。

「ば! 違う! あれは!」

(クラゲを追ってた朔夜を追ってたんだ!)

 しかし

(……いや、結局朔夜を追ってたのか、俺は)

 と思い直して、反論し損ねた。

「ちょー、お前らマジで出来てんじゃねえだろうな? 昨日も同時に休むしよー」

 と、ヒロがとても嫌らしい目でにじり寄る。

「ちが!」

 そう俺が反論する前に、もう周りからは妙な視線が注がれていた。

(ああもう!)

 しかし、トドメはこの後だったのだ。


 今日は体育館の半分を男子が、もう半分を女子が使っていて、少し離れたところで女子がバスケのパスの練習をしていた。

「あ、朔夜さんだ」

 跳び箱の順番待ちをしていると、他クラスの男子の会話が自然と耳に入ってくる。

「いやー、ジャージも似合うなあ、あの子」

「ジャージもいいがやっぱあの制服の絶対領域がたまらんな」

「うわ、どこ見てたんだよお前!」

「何をー! お前も見てたくせに!」

 ふざけあいつつ楽しそうに談笑する男子達。

(……絶対領域……ってなんだ?)

 俺がぼけっとそんなことを考えていると、足元に何かが当たった。

「?」

 見下ろすと、それはバスケットボールだった。恐らく女子のほうから転がってきたんだろう。

 振り返ると、少し離れたところで大きく手を振っている奴がいた。

(げ)

 1人だけどうやら市販のものらしい赤いジャージを着込んだ女子生徒。

 ……間違いなく朔夜だった。

 あいつは無邪気に手を振りながら大声で叫ぶ。

「英輔ーー、ボールとってーー」

 その瞬間、賑やかだった体育館は妙な静寂に包まれた。

(……あのアホ……)

 俺はボールを蹴飛ばしてやりたくなった。

 次の瞬間には波のようにどよめきが走る。

「おい、さっき呼び捨てだったか!?」

「え、嘘!? なんで!?」

「あいつ確か今朝憐ちゃんと追いかけっこしてたっていう……」

「東条のやつ、昨日同時に休んでたけど、もしかして……」

(待て待て待てー! 何かやばいぞこれー!?)

 俺はボールを適当に投げ返してささっと隅に寄った。

 するとヒロがにやにやと笑いながら

「おうおう英輔、お前いつ憐ちゃんから呼び捨てにされるような仲になったんだ? え? 大人しく白状しろ!!」

 と飛びついてくる。

「だからちが! 違うんだってば!!」

 ……朝からとんだ災難だ。



 それ以降、教室で自分の席にいても隣の席にたむろっている女子達の好奇の視線に耐えられなくて、俺は休み時間の度に教室の隅に寄る羽目になった。

 が、寄った先では今度は男子から色々冷やかしやら追及を受けたりと、全く心が安らがない。

 そろそろ本気でこたえてきた、そんな昼休み

「東条ー、お客さんだぞー」

 と、廊下側の男子に呼ばれた。

 他クラスに俺を訪ねてくるような奴はいなかったはずだが、と思って後ろの戸に視線を投げると、そこには。

(……う)

 あの佐伯が、2日前俺のファーストキスを奪ったあの男が、妙に切迫した瞳で俺を見つめて立っていた。



 で、なぜだか俺は佐伯と向かい合って、人目のつかない屋上へと続く階段の踊り場に立っている。

「……何」

 俺は出来るだけ視線を合わせにないように、少しぶっきらぼうに尋ねていた。すると

「東条君……僕のこと覚えてるよね?」

 佐伯は2日前と同じようなことを尋ねてきた。

(……そうか。こいつ、あのときのことは夢だったと思ってるんだっけ……)

 俺はどうしようかと悩んだ。

『お前なんか知らない』と一蹴してしまえばいいのだが、それも少し躊躇われる。が、あまり関わりたくないのは事実だった。

「……佐伯、だろ」

 とりあえず俺はそう答えた。すると佐伯は顔を輝かせた。

「覚えててくれたんだ! 嬉しいなあ!!」

 ……そんなに喜ばれても困る。

 やはり俺は判断を誤ったのだろうか。

「……あのね、東条君に訊きたいことがあるんだ」

 佐伯はそう言って、半歩俺に近づいた。

 俺は反射的に半歩引いていた。が、さして佐伯は気にする様子もなく続けた。

「今朝からやけに君と朔夜さんが付き合ってるんじゃないかって噂が流れてるんだけど、どうなのかなって……」

 佐伯は小動物のような瞳で俺を見つめてくる。

(いや、だから、男にそんな顔されても嬉しくないって!)

 と心の中で叫びつつ、もし佐伯が女の子だったら俺はどうするんだろうとふと思った。

 が、

「それは単なる噂だ」

 どっちにしろ、俺は本当のことしか言えないと思ったから、そう答えていた。

 すると佐伯はほっと一息ついて

「そっか、そっか。ならいいんだ」

 そう言って佐伯は踵を返そうとした。本当に確認するためだけに俺を呼び出したらしい。

 しかし後々のことを考えると、出来ればこいつとはここですっぱりと決着を着けておきたい。

 そこで、俺は頭を使うことにした。

「なあ、なんでそんなこと訊くんだ?」

 恐らくこういうシチュエーションで最もよく使われるであろう問いだ。

「え!?」

 予想通り、佐伯はぎくりと足を止めた。

「もしかして、朔夜のことが好きなのか?」

 そうそう、ドラマじゃこういう台詞が次に来るんだ。

「え、え……」

 佐伯は戸惑っている。

 そう、奴がそうして戸惑っている間に、俺は勘違いしたように振舞って、全くそっちには興味がないことを知らしめて、向こうから諦めさせるんだ!

「だよなー、朔夜可愛いもんな。分かるぞ、その気持ち。頑張れよ佐伯、陰ながら応援しとくからな」

 俺は出来るだけ爽やかにそう言って、佐伯の脇を通り過ぎようとした。このまま教室まで逃げ帰れば俺の勝ちのはず。

 ……だったのだが。

「待って!!」

 甘かった。

 佐伯は俺の腕を掴んで引き止めたのだ。

(んな!?)

 男子のわりには華奢で、少々なよっとしているイメージの彼だったが、想像以上に彼の握力は強かった。

「違うんだ! 僕が好きなのは朔夜さんじゃなくて! ……君なんだ!!」

 ……そして完全に告られてしまった。

(逃げ場がなくなったーー!!)

 正直パニックだ。こういう時どうやりすごしていいかわからない。

(いや、俺も男だ、ここはズバッと切って捨ててやるのもこいつのため……)

 だ、とかなんとか決めかねている間に佐伯は壁際に俺を押し込んだ。

(ちょ!?)

 佐伯の顔が近づいてくる。

(まずいまずいまずいまずいって!!!)

 しかしなぜかやはり佐伯を振りほどけない。

 ……そこで俺はふと思い出した。

 毎日目に入っていた、職員室のベランダから掛けられている横断幕の文字。


『祝・全国大会出場! 柔道60?級・佐伯亮選手(1年)』


(あー!? こいつ超強いのか!?)

 もう駄目だ、と俺が目を瞑ったとき。

「ぅあ!?」

 左腕を強く引っ張られて、俺は体勢を崩した。

 が、階段を踏み外して落ちることはなかった。

 なぜかというと

「馬鹿英輔、何やってんの」

 少々呆れ気味、かつ怒り気味の朔夜が、俺を支えていたからだ。

「え、あ、いや……」

 突然この場に彼女が現れたのが意外だったのだが、それよりも何より。

(あの、完璧当たってるんですけど、腕が、胸に……)

「朔夜……さん」

 佐伯は驚き半分、不満半分といった感じの顔で朔夜を見た。

「どうして邪魔するんだい?」

 ゆっくりとかみ締めるように呟く佐伯はどこか恐ろしかった。

 が、朔夜は全くひるまずに

「見て分かんない? 英輔かなり嫌がってるし。この間だって君にキスされてこいつ泣いてたんだから」

 と、言った。

「馬鹿! それは……」

 色々な意味で俺が口を挟む前に

「え…………あれ、夢じゃなかったんだ……?」

 佐伯はそのことに驚いている様子だった。

「分かったらとっとと諦めなよ。英輔も英輔だよ、なんでもっとビシッと言わないの。相変わらず女々しいなあ」

 そんなことを言われて俺は少しカチンと来たが、しかし事実なので反論出来なかった。

 しかし佐伯は違ったようだ。

「あれが夢じゃないなら僕はもっと諦めない!! 僕は本気なんだ!! 君が言う通りなら、僕は彼を泣かせてしまったのかもしれない! けど彼は僕を背負って交番まで届けてくれたじゃないか!! 僕はあの背中に惚れ直したんだ!!」

(…………え?)

 どうやら、彼は何か勘違いしているようだ。

「違う、佐伯。それ、俺じゃない」

 あえてそこだけは言っておいた。

「え?」

 佐伯は毒気を抜かれたように黙った。

「違う違う。確かに違う。君を背負って交番まで届けたの、火砕だし」

 と、朔夜も付け加えた。

「……火砕……?」

「そ、火砕。ま、縁があればまた会えるんじゃない?」

 朔夜はそう言って、俺を引っ張りながら階段を降り始めた。

「ちょ、ちょっと待ってよ! その、火砕って人にはどこに行ったら会えるんだ!?」

 佐伯は早速ターゲットを乗り換えたらしい。俺は内心ほっとしていた。

 しかし

「……来週になったら、もう会えないかも」

 その朔夜の言葉で、俺はこの壊れた日常の終わりが近いことを知った。


あー・・・佐伯君が苦手な人はごめんなさい。と言っている私自身も若干彼が苦手なんですが(オイ)とても動かしやすいんです。

さて、本作も残すところあとわずか(?)年内の完結を目指して頑張ろうと思います。・・・12月といえばイラストネットさんの開通(予定)ですよね。小説も趣味ですが絵の鑑賞とかも趣味な私は以前から楽しみにしておりました。管理人さん頑張ってください・・・!!!(ここで言うのか)

ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました! 次回もよろしければお付き合いください。

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