表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

第12話:決意

 俺はぼんやりしたまま、家に戻った。

 何も考えないままシャワーを浴びて、そのままベッドに倒れこむ。

(あ……)

 そこで違和感を覚えて、ようやく意識が戻ったような感じがした。

 午前中あいつがずっとこのベッドを占領していたせいか、女物のシャンプーの匂いが枕に残っていたのだ。

 それで、停止していた思考回路がまた動き出した。

 するとどこか、怒りのような感情までこみ上げてきた。

(……なんだよあいつ、勝手に人を巻き込んどいて、ちょっと何かあったらバイバイかよ……)

 しかしあの、涙を溜めた彼女の顔を思い出すと、恨み言も言えなくなってしまった。


『緋衣が出てきてくれなかったら英輔今頃死んでたんだよ!? なんでそんなに普通なの!?』


(……確かにな。あいつのせいで本気で死ぬかと思ったのに、なんで俺、怒ってなかったんだろ。『ちょっと何かあったら』ってどころの話じゃないないよな)

 そう思い返して、俺は自嘲していた。


 ……それは、もう俺が『普通』じゃなくなってるってことなんじゃないだろうか。


(……でもなんであいつ、急にあんなにキレたんだ? あの蜘蛛、何のこと言ってたんだろ……)

 無限に思考を巡らせながら、俺は寝返りを打った。

(『既に食われた』って……何を食われたんだ? あいつ、もしかして他にも何か取られたのか?)

 問いが止まらない。問う相手は今ここにいないのに。

 

 もともと俺は他人のことを深く考える性質ではない。

 自分は自分で、他人は他人。

 だから、あいつのことを必要以上に心配している今の俺は、普通じゃない。

 ……知りすぎたのかもしれない。

 今までだって1人でこういうことをしてきているはずなのに、無駄に俺に甘えてくるのは、やっぱり寂しいからで。

 夜になると口調が変わるのは、強がってるだけなんじゃないかって。


(……てな、こんなことが分かったって、俺にはどうしようもないんだ)

 でも、そんな自分がどこか歯がゆい。

 自己矛盾からか、さっきからいらつきにも似た感情が頭をめぐる。

「……ああもう!」

(これがあるからあいつのことを思い出すんだ!)

 俺はあいつの匂いがする枕を少し乱暴に床に落とす。

 眠るのに集中するために、俺はがばっと布団をかぶった。

 ……が、ものの数秒で俺は頭を出した。

「っ!」

 布団全体に、匂いが染み付いているのだ。

(くっそ、洗濯機回せばよかった!)

 俺はなぜか赤面しながらベッドを出た。

 今日は床で寝ようと決意する。

 座布団と、タオルケットをクローゼットから引きずり出して、俺はようやく慣れた匂いの中で眠りにつこうとしていた。

 ……ただ、あの匂いに名残惜しさを微塵も感じなかったかと言えば、嘘、になるかもしれない。




 翌朝の目覚めは最悪だった。

「つー……」

 床で寝たせいもあるだろうが、主に昨日派手に転んで擦りむいた背中とかが妙に痛くて、瞼も重かった。

 時計を見るとまだ5時だ。

 しかし二度寝をすると確実に遅刻しそうな気がしたので俺はしぶしぶ起きることにした。


 身支度を整えてからは特にすることも見当たらなかったので、俺はまたしても早めの登校をすることとなった。

 校舎に入る前、俺は何気なく宿直室のほうを見た。

(……あいつ、もうあそこにはいないのかな……)

 昨日の様子からして、もしかするとねぐらを変えているかもしれないという気がした。

「……」

 どこか鬱々とした気分のまま、俺は教室の扉を開ける。

 まだこんな時間なので、勿論誰もいないだろうと踏んでいたのだが……

「……!」

 後ろの、窓際の席。

 そこに彼女はいた。

「……て」

 朔夜は机に突っ伏していて、身動きひとつとらない。

 眠りこけているのだろうか。

 というか突っ伏し方が異常だ。腕を使わず、顔面からもろに突っ伏している。あれでは顔を傷めるのではなかろうか。ていうか痛くないのか。

 俺は恐る恐る近づきつつ、

「お、おい朔夜……」

 声をかけてみるがやはり起きる気配はない。

 一昨日の夜と全く同じだった。

(……寝るんだったら宿直室にいればいいのに)

 なんていうか、クラスのアイドルがこんな状態で寝てたら皆リアクションに困るはずだ。

「おい、起きろ。そんな寝方してたら鼻折れるぞ」

 俺は仕方なく朔夜の肩を叩く。が

「!」

 また、彼女の身体は発熱していた。

(ちょ、大丈夫かこいつ……!)

 俺が少し狼狽していると、彼女はゆっくりと、ぼうっとしたまま顔を上げた。

「…………?」

 それからゆっくりと、こちらを向く。

 それで

「!!」

 朔夜は驚いたように目を見開いた。

「えい…………東条、君……」

 彼女の口からそんな、聞きなれない言葉が漏れる。

「おいお前、具合悪いんだったら宿直室に戻るか保健室に行け。あと顔から突っ伏すな。おでこ赤いぞ」

 俺が呆れ気味に、かつ呼び方をわざとよそよそしくされたことに不満を抱きつつそう言うと、彼女は慌てて額に手をやって、元から微妙に朱に染まっていた頬をさらに赤くした。

「……分かった」

 彼女はどこか恨めしげに俺を一瞥してから立ち上がる。背中で『ついてくるな』と語っている割にどこかおぼつかない足取りで扉のほうへと歩いていく彼女を俺は内心はらはらしながら見守っていたのだが

 ガン!

「な!?」

 最後の最後にふらいついて、あいつは扉に激突した。

「〜〜〜〜」

 小さく悶えながら朔夜はその場にしゃがみこむ。

「だーもう! アホかお前!」

 俺は慌てて駆け寄る。

「ったく! 昨日のあれ、ほんとは相当キツいんじゃないのか!? 何無理してんだよお前は!!」

 そう怒りつつ俺が彼女の肩に触れようとすると、彼女は熱い手でそれを払いのけた。

「!」

 俺がひるむと

「……もういいのにっ。自分で何とかできるんだから……!」

 彼女は苦しげにそう言って、床についた手を支えに立ち上がろうとする。

 けれどその手は、力が入らないのかおぼつかなく震えていた。

 

 それを見て、俺の中で何かが吹っ切れた。

 

 そうなると、次の行動は速かった。

 俺は体勢を低くして、

「ひゃぁ!?」

 下から朔夜を抱え上げた。肩に乗っける感じで。

「ちょ!? 英輔っ、降ろしてっ」

 朔夜はじたばたともがいているが脚を押さえてしまえばそう易々と逃れられまい。

「知らん」

 俺は抗議を無視して廊下へと出た。

 まだ早い時間なので生徒の影はない。それがありがたいといえばありがたい。

(にしてもこいつ軽いな……)

 俺はそんなことを思いつつ少々足早に歩を進める。先生に見られても厄介だと思うので、出来れば速やかに移動したいのだ。

「ば、馬鹿英輔っ! 見えるっ! 見えるって!!」

 すると朔夜はそんなことを言い出した。

「? 見えるって何が」

「す、スカートっ!!」

「スカートって…………どうせブルマだろ?」

 俺が呆れ気味にそう言うと、

「だからッ! 穿いてないんだってば!! 今日!!」

 廊下に響き渡るような声で、彼女はそう叫んだ。

「…………な!?」

 俺が無意識のうちに首を回転させ……る前に朔夜の腕が俺の頭を挟んだ。

「だからッ!! 見るなってのッ!!」

 視界が暗くなった途端、俺は頭に肘鉄らしきものを食らわされてよろけた。

 その隙に朔夜は俺の手から逃れて、目の前に降り立った。

「英輔の馬鹿っ! 変態!! むっつりスケベ!!」

 朔夜は顔を真っ赤にして罵倒してくる。

「むっ!? な、何で今日穿いてないんだよ馬鹿!!」

 俺も顔を火照らせつつささやかに反抗する。

「だって暑かったんだもん!!」

「〜〜あのな!! 熱あるんだったら最初から休んでりゃ良かったんだ!!」

 俺がそう言うと、朔夜は戸惑ったように眉をひそめる。

「……お節介……。もういいって言ったのに……」

 そう呟く彼女の目は、俺を離そうとしていた。

 しかしそんなのは、俺にはもうどうでもいい。

 だって

「……今更、だ」

「……え?」

「今更そんなこと言われても困るんだよ馬鹿! このままじゃ胸クソ悪いんだ! 俺はお前が宿直室あそこを出て行くまで見届けるからな!!」

 俺はなぜかむきになってそう叫んでいた。

 朔夜は目を丸くしている。

「……なんで……」

「なんでも何もない! これは俺が決めたんだからお前に命令権はない!!」

 俺はぴしゃりと言い切った。

 すると朔夜はばつが悪そうに俯いて、こう言った。

「……でも、また昨日みたいなことになったらどうするの? 私、ああなると自分でも自分が止められなくなるから……もうないって言い切れない」

 そう言う彼女の手は微かに震えていた。

 彼女は顔を上げて、俺を見る。

「……英輔は怖くないの? 私のこと」

 いつも真っ直ぐな彼女の眼は、このときだけは、何かに縋るような、怯えた眼だった。

 

 ほんとに、分からない奴だ。

 化け物相手にはひるみもしないくせに、どうしてこんなことで、そんな顔をするんだろうか、こいつは。

 

 俺は胸の疼きを呑み込んで、

「お前が言ったんだぞ、『私から離れるな、逃げるな』って」

 そう答えた。

 すると彼女は少しばかり呆けたように沈黙したが、次の瞬間には目を細めて

「……そうだった」

 こくりと頷いた。

 俺はそれを見て一安心する。

「分かったらとっとと寝に行け。先生には俺から言っといてやるから」

 そう言うと朔夜は心底不思議そうな顔をして、

「いい。もう大丈夫だから」

 けろりとそう言った。

「は? 大丈夫って……」

(そんなわけ……)

 しかし言われてみると今の今まで熱っぽかった彼女の顔はすっかりさっぱりとしていた。

「……どうなってんだ」

「さあ。英輔が変なことするから熱がどっか飛んでっちゃったのかな」

 朔夜は楽しそうにそう言った。

「変なって……人聞きの悪い……。言っとくけど見てないからな、あのお父さんに変なこと言うんじゃないぞ」

 俺は念を押しておいた。

「えー、どうしよっかなー?」

 意地悪げに笑う朔夜。

 信じられないが、本当にもう大丈夫らしい。

 そうこうしていると

「あれ? おはよー」

 後ろから、聞きなれた声がした。

「!?」

 俺が慌てて振り返ると、そこにはクラスメイトの森下がいた。

「さくやんも東条君も、どうしたの? こんなとこで」

 無邪気な笑顔で痛いところを突いてくる森下。

 ていうか『さくやん』て……朔夜のことだよな。

「おはよう、もりー。そっちこそ早いね」

 流石と言うべきか、何事もなかったかのように朔夜は爽やかに挨拶する。

 ていうか『もりー』って……森下のことだよな。

「俺学園祭の実行委員だからさ、朝から会議なんだー。2人は? 昨日休んでたけど大丈夫?」

「あ、ああ。俺、昨日は別に病気とかじゃなくてだな、親戚の小さい子が急に遊びに来てさ、お守りしてたんだよ。ほんと、大変だったよ、昨日は」

 と、俺は昨日先生にも使った言い訳を述べておいた。

 『親戚の小さい子』というのは嘘になるが、内容はあながち嘘ではないだろう……と内心自画自賛していると

「へーえ、大変だったんだねー。私は熱出して寝込んでたんだけどねー」

 と、とげとげしく朔夜が言った。

「はー、2人とも大変だったんだねー。あ、そろそろ行かないと。じゃあまた後で!」

 そう言って森下は会議室の方向へと走っていった。

 のだが

「……!」

 俺の目はとらえた。

 森下の後頭部に、憑いているものを。

「朔夜! あれ……!」

 俺は思わず指差した。

「な!?」

 朔夜も気付いたらしい。


 森下の頭に憑いているもの。

 それはあの、小さなクラゲだった。


やはり少しばかり遅くなりました12話です(汗)

ほんとは火曜に更新できる予定だったんですがどうも気に入らなくて書き直してたらこんなことに(汗)。しかも書き直して入った追加シーンが例のブルマがうんたらかんたら・・・(笑)。

さて、後の細かい構成もやっと固まったのであとはガンガン書くだけです。出来ればまとめてどかっと書いてどかっと出してしまいたいのでまた更新が不定期になるかもしれませんがここまで読んでくださっている方々には出来れば最後までお付き合い願えたらと思います(切に)。今回も読んでくださってありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ