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第11話:煉獄

 真夜中の校内を俺達は走り、階段を登る。

 耳鳴りは段々と大きくなってきていた。

「すぐ近くだな」

 俺がそう呟くと

「ああ……って英輔、いつからケモノの気配が分かるようになったん……」

 と朔夜が尋ねきる前に、それは姿を現した。

「「!!」」

 職員室の前に、それは立ちはだかっていた。


 不気味に光る赤い8つの眼。

 太く、毛羽立ったような6対の脚。

 ガチガチと鳴る、いかにも強靭そうな顎。

 そして黒い巨体。

 ――それは、巨大な蜘蛛だった。


「ぅァ……」

 あまりのグロテスクさに俺は吐き気すら催したが

「……ぃっ、ぃ」

 傍らで明らかに羅列がまわっていない声がして、不審に思ってそちらを向くと

「いぃやーーーー!!! くくくクモっ!! キライ!!」

 朔夜が顔を真っ青にして叫びながら俺の後ろに隠れた。

「いだだだ! ちょ、朔夜! 掴むな! 手、背中に食い込んでる!」

 あまりの強さで背中を掴まれたため俺は苦痛の声を上げる。が

「えええ英輔っ! あれ殺して! お願い!!」

 俺の言葉は全く耳に入っていないようで、朔夜はすっかり逃げ腰モードだ。

 さっきまであんなに戦闘体勢やるきまんまんだったのに。

「おい! 俺にどうしろっていうんだよ! あれケモノだろ!?」

 そうこうしている間に巨大蜘蛛はこちらにザカザカと駆けてくる。予想以上の速さで。

「いいいいやあああああああ!!」

「く、くるなあああああああ!!」

 それぞれ絶叫しながら俺達は来た道を全力で逆走する。

 先を行く朔夜の足は速い。

 男の俺でも追いつけないくらい、有り得ないスピードだ。

 あれくらい走れるんだったら陸上のエースにでもすぐになれそうだ……とか暢気に考えていると

「うごあ!!」

 俺の背中に何かが当たって、俺はそのままうつぶせに転倒した。

 まだうつぶせで何も見えないから良かったのかもしれない。

 背中に重みを感じる。恐らく、蜘蛛の脚に押さえつけられているんだろう。

「え、英輔っ!?」

 朔夜は階段にさしかかる前で俺の奇声に気付いたのか、立ち止まってこちらを見る。

 すると巨大蜘蛛が朔夜に向かって糸を吐いた。

「っ!?」

 流石に糸は避けられなかったのか、彼女は階段横の非常扉にはりつけにされる形になった。

「さ、朔夜!」

 蜘蛛はそろりと俺から脚を離して、ゆっくりと朔夜のほうへ近づいていく。

 俺はすぐに立ち上がって、手に持っていた例のフリスビーを精一杯蜘蛛に向かって投げつけた。

 するとフリスビーは蜘蛛の胴体を少し掠ったものの、深手を負わせた様子もなく廊下の窓ガラスを派手にぶち割り、そのまま夜の空へと飛び立った。

(つ、使えねー!!)

 すると蜘蛛が鬱陶しそうにこちらに向き直って糸を吐いた。

「ぅっ」

 予想以上に強力な蜘蛛の糸が俺の身体にまとわりついて、動けなくなってしまった。

「英輔の馬鹿っ! 間抜けぇっ!」

 半泣きの朔夜の声が聞こえる。

「悪かったな間抜けで!!」

 俺も不甲斐無さから泣きたい気分だ。

 蜘蛛はそんな俺の醜態をあざ笑うかのように一瞥してから、また朔夜のほうへ近づいていく。

(あいつ、朔夜を狙ってるのか……?)

「く、来るな来るな来るな!!」

 朔夜はヒステリックに叫んでいる。が、蜘蛛が言うことを聞くはずもなく、それは彼女のほんの鼻先まで近づいたようだった。

 ガチ、ガチ、ガチ。

 蜘蛛の顎の音だろうか。

 奇怪な音が廊下に響く。

 ガチ、ガチ、ガチ。

 その音はどこかリズムを持っていて。


『――火……否、炎か』


 結果、俺の頭の中で言葉に変換された。

(な……?)

 蜘蛛は再び顎を鳴らす。

『視力をあれだけ奪われてなお私が見えるか、娘。流石は古より交わりを嫌い血を濃くした血族よな』

 次は確かにそう聞こえた。

(……あの蜘蛛が、喋ってるのか?)

 そうとしか思えなかった。

『良い。お前の血肉を奪えば私は独立することが出来るやも知れぬ』

 それを聞いて、背筋に悪寒が走った。

「朔夜!! 逃げろ!!」

 俺は精一杯声を張り上げて叫んでいた。

 ――刹那、またしてもガラスが割れるような派手な音がした。

 先ほど投げたフリスビーが、空中散歩の末戻ってきたのだ。

 全く回転の衰えないそれは、今度こそ、蜘蛛の胴体に深々と刺さった。

『ぐ!?』

 蜘蛛は苦痛の声を漏らした。

 俺が呆気に取られている間に、朔夜は手に持っていた刀を手先だけでくるりと持ち直して腕に絡まっていた蜘蛛の糸を切ったようだった。

 そうして糸のかせから抜け出した朔夜はすかさず刀を蜘蛛に振り下ろす。が、蜘蛛は跳びはねてそれをかわした。

 朔夜はそれを追うように間合いを詰める。その身のこなしは本当にしなやかで、まるで獲物を追う獣のようだった。

 いや、それだけじゃない。

「散れ」

 そう呟いて刀を振り下ろす朔夜の目は、情け容赦ない獣そのものだった。

 蜘蛛は真っ二つに割られる。

 しかし

「駄目だ朔夜! 核の位置を外してる!」

 俺の目が捉えたあのケモノの核は、身体の真ん中にはなく、前足にあったのだ。

 蜘蛛は分裂した。分かれた蜘蛛はサイズこそ小さくはなったものの、それぞれ核を持っていて、しかも位置がどちらも違っていた。

(厄介だなおい……!)

 俺は知らず唇を噛み締めていた。

 2匹の蜘蛛は一斉に朔夜に飛びかかる。

「朔夜!!」

 1匹の蜘蛛が脚で朔夜を壁際に押さえ込んだ。

 獲物を愛でるように、その脚が彼女の頬を撫でる。

「ちっ……」

 朔夜は憎悪の篭った目で蜘蛛を睨んでいる。

「そいつを放せ!!!」

 緩みかけていた糸を引きちぎって俺が駆け寄ろうとすると、もう1匹の蜘蛛が目の前に現れて、俺を跳ね飛ばした。

「ぁっ……!」

 ガードする暇もなかった身体は簡単に投げ飛ばされて、廊下を滑る。頭を打ちつけた痛みより、床を走った身体の摩擦のほうが痛かった。

「朔夜……!」

 脳震盪を起こしかけの霞んだ目で、俺は今にも蜘蛛に捕食されそうな彼女を見た。

『……その魂、全て引き受けるのは骨が折れそうだが……』

 蜘蛛は愉しそうに言った。

 しかし

『……? ……お前、『それ』はどうした』

 何かに気付いたかのように蜘蛛はそう言って、それから嗤った。

『くくく……どうやら既に食われたようだな、娘。力が強すぎるのも難儀ということか。あわれな……』

 俺には蜘蛛あいつが何のことを言っているのか分からなかった。

 けれどその言葉が、彼女にとっては『良くない』ものだということは、なんとなく理解できた。


「……黙れ」


 空気が震撼する。

 それは、恨みを孕んだ声だった。

『ぐぁ!?』

 蜘蛛が突然苦悶の声を上げる。

 俺にも何が起こったのかよく分からなかった。

 ただ、蜘蛛が燃え上がったのだ。

 紅蓮の炎をあげて。

 蜘蛛はたまらず朔夜を放して火車になりながら逃げようとする。

 が

「……どいつもこいつもることばかり……!」

 朔夜はその蜘蛛を、容赦なく刀で突き刺す。

 身動きの取れなくなった蜘蛛は、ただただ燃えて灰になった。

『な……』

 それを見たもう1匹の蜘蛛は慄く。

 分からないでもない。

 朔夜の眼は爛々と、その炎のように燃えていた。

 そこにはいつもの華やかさはなく、ただ敵意と憎悪しか宿っていなかった。

 ゆらりと彼女の身体が揺れたかと思うと、次の瞬間、彼女はもう1匹の蜘蛛に間合いを詰めていた。

 彼女が刀をその蜘蛛に振り下ろすと同時に、蜘蛛は大量の子蜘蛛に分裂した。

 それこそ風に散るように、蜘蛛はわらわらとこちらに逃げてくる。

「……逃がすか」

 朔夜はそれこそ幽鬼のようにそう呟いて、赤い刀を振りかざした。

「三炎の二、装炎そうえん!」

 彼女がそう叫ぶと、赤い刀が炎を纏った。

 瞬間、殺気のような空気の張り詰めを俺は感じた。

(やばい)

 頭でそう思っても、身体が動く時間は残っていなかった。

「燃え尽きろ!」

 怨みの篭った朔夜の声が廊下に響くと、辺り一帯が紅蓮の炎に包まれた。

「っ!?」

 俺はあまりの熱気に顔を腕で覆った。

 覆わなければ一瞬で火傷しそうな熱量だった。

 急な温度差で窓ガラスが割れる音すら聞こえる。

 辺りの酸素を奪いながら炎は紅く燃える。

 それこそまるで焼却炉の中にいるようだった。

 肺は酸素を求めるが叶わず、皮膚はだも悲鳴を上げていた。

(駄目だ……死ぬ……!)

 霞んでいく俺の目が捉えたのは、壁に貼ってあった校訓の貼り紙。全部で3項が記してあるその『二』の文字が、赤く光ったのが見えた。

 ――瞬間、世界は白いもので遮られた。

 視界も、熱も、五感が停止したかのような錯覚すら覚えた。

 ただ聞こえたのは

「ぼけっとしてると死ぬわよ」

 そんな女の声だった。



 次に俺が目を開けたときは、世界は変わってしまっていた。地獄のそれとも思えたくらいだ。

 床のタイルは焦げる以上に溶けていて、波打つように変形していた。

 窓ガラスは全て割れており、破片は溶けてしまったのか見当たらない。

 壁は黒こげで、目も当てられないような惨状だった。

「…………」

 俺は真っ直ぐ前を見る。

 朔夜は俯いて床にしゃがみこんでいた。

 傍らを見ると、あの鼠女が腕組をして不機嫌そうに立っていた。

(……こいつが助けてくれたのか……)

 俺は感謝の意を込めて軽く会釈をしたが、鼠女は昨日のことをまだ根に持っているのか、つんとそっぽを向いただけだった。

 俺はやれやれと朔夜のほうに近づく。

 朔夜はどこか抜け殻のようで、全く身動きしなかった。

 見ると刀も抜き身のまま投げっぱなしだ。

 俺は彼女の前にしゃがみこんで

「おい朔夜、大丈夫か……」

 と声をかけようとしたのだが

 ギィ……

 と、金属の軋む音がして俺はとっさに上を見た。

 すると熱のせいで激しくへこんだロッカーが、今にもこちらに倒れてきそうだった。

(あ……)

 俺はとっさに朔夜の頭を抱え込んで横に倒れこんだ。

 次の瞬間派手な音を立ててロッカーは崩れ落ちる。

「……っぶなかったー……」

 あれを頭にくらったら打撲だけじゃ済まなかっただろう。

 が

「…………英輔」

 俺の腕の中で声がする。驚きの篭った、少し困惑気味のか細い声だった。

 というか、胸に何か柔らかいものが当たっている。

(うあ!?)

 俺はとっさに離れようとしたのだが、時既に遅く。

「このガキャァ! うちの子に何さらっしょんじゃ!!!」

 無駄に凄みのある鼠女の声が降ってきて、結局何かで頭を殴打された。




 そして再び目を開けると、世界は元に戻っていた。

「……え?」

 俺はむくりと身体を起こす。床も壁も元通り、むしろ前より少し綺麗になった感じで、割れていたはずの窓ガラスも元通りぴしゃりと閉まっている。ついでに傍らのロッカーも直っていた。

「あ、起きた?」

 そんな声と共に、朔夜が後ろからやってきた。

「どうしたんだ、これ……」

 俺がまだどこか呆けた気分で訊くと

「ワタシが直したのよーう。もうヘトヘトよーう。英輔クン、ワタシを褒めて〜〜」

 と、いつもの妖艶さはあるのだが言葉通りどこか疲弊した様子のオカマ男もやって来た。

 俺は反射的に立ち上がってオカマ男と距離をとりつつ

「直した? あれをか?」

 と尋ねると

「火砕の鱗粉、人間には毒なんだけど、物体に対しては薬になるんだ」

 と、朔夜が説明を入れた。

「へー……」

 俺が少しばかり本気で感心していると

「あ! 今ワタシのことすごいって思った? わーい! これで一歩前進ね!」

 と、何が一歩前進したのかは知らないがオカマ男は無邪気に喜んでいた。が

「それにしても派手にやりすぎよ、憐。完全に壊したら流石にワタシでも直せないんだからね」

 と、嗜めるように朔夜に言った。

「……分かってるよ。……緋衣にもありがとうって、言っといて」

 朔夜が叱られた子供そのもののようにそう言うと

「向こうでアレと話したらね」

 オカマ男はぽん、と朔夜の頭に軽く手を置いてから、刀の中に戻っていった。

 夜の廊下に、2人きりになる。

 オカマ男が抜けただけで、周りの空気は一変した。

 沈黙したまま、朔夜はじっと俺を見つめてくる。

「……なんだよ」

 沈黙に耐え切れなくなって俺はそう口を開いた。

 朔夜は少しばかり目を伏せてから、顔を上げてこう言った。

「……英輔、ありがとう。明日からは、付き合ってくれなくていいよ」

「……へ?」

 俺は、思わず聞き返していた。

「……だから、放課後宿直室に来なくてもいいって言ってるの」

 朔夜は含ませるようにそう言って、くるりと背中を向けて歩き出した。

「もう来なくていいって……だってまだ残ってるんだろ? 昨日の奴とか……」

 俺は慌てて彼女を追いかける。

 すると朔夜は歩くスピードを上げた。

「いいの。さっき気付いちゃったから。英輔に核の位置見てもらわなくたって炎で燃やしちゃえば一発だって」

「な……燃やすってまたあんな風に燃やす気か? いくらオカマ男が直せるからってそれは流石に倫理的にだな……」

 俺はどうでもいいことを言いながら食い下がっていた。

「そんなの今更、どうでもいい」

 朔夜は正論を述べながらつかつかと離れていく。

 俺は急に彼女に突き放されたようで、思わず彼女の手首を掴んでいた。

「待てよ! ここまで付き合わせといてそっちこそ今更だ! 俺が役立たずだって思ってるならはっきりそう言えば……」

「違う!!」

 俺が言い切る前に、彼女がそう叫んだ。

 振り返った彼女は、瞳に涙を溜めていた。

(え……)

 俺は予想外のことに驚いて、思わず手を離していた。

「緋衣が出てきてくれなかったら英輔今頃死んでたんだよ!? なんでそんなに普通なの!?」

 朔夜は苦々しくそう叫んでいた。

「え……なんでって……」

 俺が返答に困っていると、朔夜はまたくるりと背中を向けてこう言った。

「……これ以上英輔には関わってほしくない。……英輔も最初からそう思ってたでしょ?」

 俺は答えを返せない。


 確かに、こんな厄介ごとには首を突っ込みたくなかった。

 俺は普通に生きていくって決めてたんだ。

 だから今まで、普通の人には見えないものが見えても、何も言わずにそれらをかわしてきた。

 そうやって、地味でもうまく生きてきたんだ。


「……バイバイ、英輔。ごめんね」

 朔夜はそう言って、逃げるように階段を降りていった。


今回はちょっとハード(?)に路線変更&変な話と見せかけて意外と王道しちゅえーしょんでした。

以下、三炎による豆知識のコーナーです。どうぞ。

火砕「タッタカタカタカタッタッタ〜♪ 今回はワタシ達が宿る刀の構造についてよ〜ん」

英輔「……なんで俺がゲスト……。で?」

火砕「刀の中は異次元が広がっているのよ〜。3人それぞれの部屋が用意されてるの。はい、これ見取り図」

英輔「ふーん。……アンタの部屋、他の2人に比べて狭くないか?」

火砕「……下っ端だからねん(泣)」

英輔「……(ちょっと同情)」

(完)


……突然ですが、ストックが切れました。見事に。すっかり。

火砕&英輔「「はあァ!?」」

そろそろ佳境ですしまとめてどっさり書きたいと思っているので今後更新が少し不定期になるかもしれません。毎週アップしてすぐに見てくださっている方々には大変申し訳ないです(汗)。できるだけ早めに上げられるように頑張ります。

ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。次回もお付き合いいただければ幸いです(滝汗)。

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