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第10話:水の記憶

 なぜか妙に本屋で体力を使った俺は、少し休憩がしたくて本屋の前にあった喫茶店に入った。

 俺はホットコーヒー、朔夜はフルーツパフェを頼んでいた。

「んー、おいしー」

 と、彼女はとても幸せそうにパフェをつつく。

「……お前なんでそんな元気なんだよ。一応病み上がりなんだろ?」

 俺が呆れてそう尋ねると

「うん。でもなんか今はやけに元気いいんだよねー。身体が軽いっていうか、魂が軽いっていうか?」

 と朔夜は変なことを言った。

 俺はコーヒーがぬるくなるのを待っていた。その間、あまりに手持ち無沙汰だったので彼女の様子を眺めていたのだが、彼女はこちらの視線に気付いたようで

「ん? 英輔も食べたい?」

 とアイスをすくって差し出してくる。

「馬鹿! いらねーよ!」

 俺は少々顔を赤くして叫んでいた。

「ふーん? 緋衣なら喜んで食べるんだけどなあ……」

 と彼女はさも不思議そうに言った。

(……こいつは……)

 俺は呆れつつ、妖のことで引っかかっていたことを思い出した。

「なあ、聞きたかったんだけどさ。お前の連れてる妖って、もちろん霊視力あるんだよな?」

「そりゃあそうだよ。同類は同類を見るんだから」

 と彼女はさも当たり前のように言った。

「……じゃあさ、俺って必要あったのか?」

 と、俺は根本的なところを突いた。

 すると朔夜は

「あ、なるほど。三炎がいたら自分は要らないんじゃないかって? 英輔妬いてるんだ?」

 と意地悪気にあいつは笑った。

「んな!? ちがっ! なんでお前はそういう変な解釈するんだよ!!」

 と俺は思わずテーブルを叩きそうになった。

「もー、冗談だってば。英輔が言いたいのは、『別に俺に頼まなくても火砕たちが私の目の代わりになるじゃないか』ってことでしょ?」

 と朔夜はまた笑う。俺は不機嫌気味にこくりと頷いた。

「それが駄目なんだって。三炎は火光に宿ってる妖だけど、一応皆私と契約して取り込んでるから、つまり私と一心同体に近いわけ。私の力が弱まると、三炎の力も弱まるし、私の霊視力が下がったら三炎の霊視力も下がってるの」

 と彼女は言った。

「……ふーん……」

 俺は納得した。

 しかし不思議なことにがっかりはしていなかった。

 俺が御役御免なら、こんな変な生活とはすぐサヨナラできるというのに。

「……なあ、刀には3人の妖がいるんだよな? もう1人ってどんなやつなんだ?」

 俺は特段意味もなく尋ねていた。

「なに、英輔、妖に興味出てきた? まあ分からないでもないよ。火砕はあんなだけど一応美形だし、緋衣も男嫌いだけど美人だもんねー」

「いや! だから! 別にそういう意味じゃ……」

 俺が必死に弁明しようとしているのにあいつは全くもって無視して続ける。

「もう1人はね、ほむらっていうんだけど、可愛いよ」

「……可愛い? ……女?」

 俺がそう言うと朔夜はどこかにやりと笑う。

「ぶっぶー、残念だったね。焔は男の子だよ」

「あ、そ。男の子って……」

「外見はほんと、子供なんだけど、すっごい強いんだから。なんたって神の使いとも言われる鹿の化身だからね」

 と、彼女はどこか自慢げにその妖のことを語った。

「……でもその分私の体力消耗が激しいから呼び出せても数分しかもたないんだよねー。そこが玉にきずかな……ってまあ私が悪いんだけどねー」

 そう言って、彼女は苦笑いをする。

「ふーん……」

 彼女がそんなにリスクを伴う奴まで飼っているのかと思うと、少しばかり尊敬する。

 でも、なんだってそこまでするんだろう。

「……なあ、お前さ、なんでケモノ退治なんかしてるんだ?」

 俺は訊かないでおこうと思っていたことを訊いていた。

 他人の事情に首を突っ込むなんて、自分にしては珍しいと思うし、おかしいとも思う。

 でも、妙に気になったのだ。

「…………」

 案の定、彼女はスプーンをくわえたまましばらく沈黙した。

(……やっぱまずかったかな)

 俺は思い直して

「いや、言いたくないんだったら別に言わなくていい。悪かったな」

 俺はそう言って、慌てて生ぬるいコーヒーを飲み干す。

「……うん」

 彼女はそう呟いて、またパフェを食べ始めた。




 日も暮れた頃、俺達は地元の駅に戻ってきた。

 俺は特に何も買わなかったから、結局ずっとあいつに付き合わされた感じだ。

 まあ、退屈はしなかったが。

「よし、じゃあ気合入れていくぞ英輔! 今日こそケモノを仕留めるぞ!」

 と、口調が変化した彼女が腕を振って歩き出した。

「ん。まだ1匹しか倒せてないもんな」

 と俺が言うと

「うるさいな! 昨日は惜しかったんだぞ!」

 と彼女は口を尖らせて言う。

「へいへい」

 確かに昨日のは惜しかったと思う。

 というより完全に仕留めたと俺も思ったくらいだ。

「でもあのすばしっこさ、なんとかしないとなー。作戦立てよう、作戦。私が隊長で、英輔は参謀ってとこかな。三炎は精鋭部隊だ」

 彼女はどこか楽しそうにそう言った。

(……全く、今から化け物と戦いに行くってのに……)

 そう呆れながらも、俺も心のどこかで、こんな『非日常』な会話を楽しんでいたのかもしれない。

 自然と頬が緩んでいた。


 場所は宿直室。

 朔夜は部屋の真ん中に風呂敷を開いていた。

「なんだよそれ」

 俺が尋ねると

「イーグルからの支給品。色々役立つアイテムが入ってるはずだ」

 と彼女は木の箱を開ける。

「なら最初から使えよ」

 と俺が言うと

「こういう小賢しいの使うの面倒なんだもん」

 とあいつはさらっと言った。

 そして彼女がまず取り出したのは

「……属性護符か」

 5色の札だった。

「護符って……結界張るやつだろ?」

「ああ。でもこれはイーグル特製の護符で、ケモノを縛るための札だ。あいつの属性と反対に位置する札が有効だから……いやちょっと待てよ」

 と朔夜はひとりでに突っ込む。

「なんだよ」

「……あいつの属性分からないじゃん。クラゲの形してたわりに水の中にいたわけでもないし、どんどん形変えるし」

 と朔夜は苛立ち気味に札を放り投げた。

「ケモノに属性なんてあるのか?」

 あいつが放り投げた札をせっせとかき集めながら俺は尋ねる。

「ケモノに限らずこの世のものには少なからず属性がついてるもんだぞ。水の中に棲む奴は水属性、火に近寄るのは火属性……ってな感じに」

 と彼女は言って、また箱をあさりだした。

(ふーん。じゃあ人間にもあるのかな、属性とか)

 と俺が考えていると

「ん、これはなんとなく使えそうだな」

 と彼女は平たい円形の金属の塊を取り出した。

「なんだそれ」

 俺が尋ねると

「フリスビー。これ、ただの金属じゃないんだぞ。国の最先端技術をもってして創られた特殊合金で、1960年にイギリスで発見された……」

 と話が長くなりそうだったので

「何に使うんだよ」

 と俺が尋ね直すと

「投げるんだよ。このフリスビーならケモノが霊体になってもダメージを与えられる。英輔に渡しとくな」

 と朔夜は俺にその物体を手渡してきた。

 しかし

「重っ!?」

 俺はその予想以上の重さに驚いた。

 なんていうか、体育の砲丸投げに使う砲丸くらいの重さがある。

「こんなのフリスビーじゃねえよ!」

 俺がそう言うと

「むー、でもあと役に立ちそうなのないんだもん」

 と朔夜は箱の中を見て言った。

 俺もその箱を覗き込むと、中には不気味な日本人形やら変な形のラジコンカーみたいなものしか入っていなかった。

「……イーグルって……」

 俺はうなだれた。



 しばらくして、あいつはシャワーを浴びに行った。その後いつもならすぐ寝に入るのだが、今夜の朔夜は布団にもぐっても眠る気配を見せなかった。

「……どうしたんだよ」

 どうも調子が狂って俺が尋ねると

「今日はいっぱい寝たからあんまり眠くないんだよー。どうしよっかなあ……」

 とあいつは寝返りを打った。

 頭だけ出してこっちを眺めてくるあいつを見ていると、どうもくすぐったい気分になる。

 俺は気恥ずかしくなって視線を外した。すると

「なあ英輔、何か面白い話しろよ」

 と朔夜は言ってきた。

「……は? 俺は絵本を読んで子供を寝かしつける母親じゃないんだぞ」

 と俺は呆れ気味に答えた。

「なんだよ、誰もおとぎ話を聞かせろなんて言ってないだろー」

 とあいつは拗ねた声で言った。

「……じゃあ何の話しろって言うんだよ。俺が面白い話出来るような男に見えるのか? お前は」

 と俺も少しひねた言い方をする。

「んー、見えない」

 そしてあいつはすっぱりとそう答える。

「あっそ」

 それに対して特段怒りも感じずに俺は溜め息をついた。

(どうせ俺は面白くない男だよ)

 ――そんなことは随分前から分かっているつもりなんだから。

「じゃあ私が質問するぞ」

 と、彼女は手法を変えてきた。

「は?」

 俺が口ごたえする前に

「英輔って昔から水泳やってたの?」

 とあいつは質問を始めた。

「……習い始めたのは小3のときかな……中学のときも一応水泳部だった」

 と、俺は素直に答えていた。

「ふーん。でもなんで水泳? 男子ならサッカーとか野球とかバスケとか、他にも色々あるだろ?」

 とあいつは興味深々の様子で尋ねてくる。

 確かに水泳部はあまり人気がなく、部員も少なめだ。

 着替えも面倒だし、疲れるし、冬の練習は室内プールを使うといってもやはり寒い。

 それでも俺が水泳にこだわったのは……

「……前に住んでたとこの近所にな、大きめの池があったんだよ」

 俺は昔話をしていた。

 今じゃあまり思い出したくない頃の話だ。

 勿論誰にも話したことがない。付き合いの1番長いヒロにだって話したことはない。

 けれど朔夜相手になら自然と喋っていた。

 あいつが『そっち側』の人間だからかもしれない。

「で?」

「そこでさ、事件があったんだ。女の子が溺れたらしくって、助けに入ったその子の両親が亡くなったって」

 

 それは、悲しい事件だった。

 『事件』。そう、あれは事故じゃなく事件だ。

 前からあの池には嫌な気配があったから、俺は極力近寄らないようにしてたんだ。

 するとあの事件が起こった。

 周りは事故として処理したけど、俺には分かる。

 あれは何か良くないものが絡んだ事件だったと。


「……で? それと何か関係あるの?」

 と朔夜は尋ねてくる。

「あ、ああ……。その女の子は奇跡的に助かったらしいんだけどな。俺、その話お袋から聞いて思ったんだよ。『俺が泳げたら、助けに行けたかも』って」

 そこまで言って、俺は後悔した。

 

 これは、暗い話だ。

 いい話でもなんでもない。

 あの池は良くないって知ってたのに、そのことを伝えられなかった自分が嫌で、だから俺はそう思った。

 ……結局これは単なるエゴ。

 自分が許せなかったから、泳げるようになることが、せめてもの慰めだったのかもしれない。


 そう思うと、つい涙腺が高まって、

(やば)

 俺は慌てて後ろを向いた。


 朔夜は黙っている。

 俺が泣きそうになったことに、気付いたのかもしれない。

「悪いな、暗い話で。やっぱり俺は駄目だな」

 俺は後ろを向いたまま、そう謝罪した。

 すると

「……ううん」

 朔夜はくぐもった声で言った。

「英輔のそういう地味に優しいとこ、私は嫌いじゃない」

 

 そのまま宿直室は沈黙に飲まれて、いつの間にかあいつの穏やかな寝息が響いていた。




 そして深夜零時。

 俺は妙な耳鳴りを覚えた。

 神経が研ぎ澄まされるかのような、奇音。

 まるで何かの警告音のようだった。

 すると珍しく、朔夜はひとりでに目を覚ました。

「……いる。2階……だな」

 と彼女が言う。

(……この耳鳴り、そのせいか……?)

 そう思ったが、それもおかしな話だ。俺はケモノの姿は見えても気配までは察知できなかったはずなのに。

「……しかし妙だな。気配が強すぎる。今まで隠れてた奴が、一体どういうつもりだ?」

 朔夜はそうひとりごちながらも、グローブをはめて、刀を手に取る。

 俺も一応あの重いフリスビーを手に持った。

「行くぞ英輔。やつの姿を見たら核の位置をすぐに私に教えろ。今回は先手必勝だ」

「分かった」

 そうして俺達は、戦場へと向かった。


ちょっぴりシリアスも混じってきたミッドナイトブレイカーもついに10話までやってきました。そろそろ執筆活動も詰めに入ってきております。しかしこういうときに限ってまとめてゆっくり書く暇がないっていうジレンマがあります・・・。

とにもかくにもここまで読んでくださった方々、ありがとうございます!次回もお付き合いいただければ幸いです。

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