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第9話:白昼デート

 いつもより若干会話が少な目の食事を終えてから、朔夜はいつも通りシャワー室に入っていった。

 止めどなく落ちる水の音。

 昨日まではそんな音、意識もしなかったのに、今日はやけに大きく聞こえる。

(……いかんいかん)

 俺は出来るだけシャワー室とは反対側の部屋の隅に寄った。何か別のことを考えようと思って英語の教科書を開くが、やはり意識は上の空だった。

(……にしても、あいつ、キスするの初めてだったんだ……。意外だな……)

 しかし

(あ、いや……こんなことしてたら男と付き合う暇もないのか……?)

 と、思い直す。

 一応は鷹の方学園に腰を据えているのだろうが、恐らくケモノ退治で頻繁に色んなところへ転校したりしているのだろう。

(……俺が思うのもなんだけど、あいつ、そんなんで楽しいのかな? ここで友達ができても、すぐまた離れるわけだし……)

 と、俺は柄にもなく人の心配をしていた。

(いや、俺もその内の1人に入るんだよな……)

 ――なんて物思いに耽っていると、朔夜がシャワー室から出てきた。

 なんだかいつもの元気よさがなく、目もどこかとろりとしていた。

「……どうした?」

 俺が声を掛けると彼女は

「……眠い。から寝る」

 と言って、押入れから布団を取り出そうとしたのだが、

「お、おい!?」

 完全に布団を敷ききる前に、折りたたんだままの状態の布団の上につんのめって動かなくなってしまった。

「こら!? せめてちゃんと敷いて寝ろよ!」

 俺は慌てて駆け寄るが

「…………」

 それはもう、聞く耳持たない爆睡状態で、肩を叩いても起きそうになかった。

(まったく、なんでそんなに疲れてんだ……?)

 呆れながら、俺は今日の彼女を思い出す。

 昨夜は確か、こいつもあまり寝ていないはずだったが、感心するくらい授業中はしっかり前を見て授業を聞いていた。

 加えて、あの刀の妖を呼ぶと体力を使うとか言っていたから、その疲れもあるんだろうか。

 しかし

(このまま寝たら風邪ひくぞ? 最近夜は結構冷えるし)

 と、俺は自分の上着を朔夜に被せた。

 合服なので冬のものより薄手だが、ないよりマシだろう。


 結局その夜も、朔夜が起きなかったので、ケモノを退治できないまま朝を迎えた。


「おい朔夜。そろそろ起きろよ、もう6時だぞ」

 俺は彼女に声を掛ける。

 すると

「んん……もうちょっとーー……」

 と彼女は身をよじる。

「俺一旦家に帰るからな、ちゃんと学校始まる前に起きるんだぞ」

 俺がそう言って立ち上がろうとすると、

「待って、私も行く」

 と、朔夜は俺のズボンの裾を引っ張った。

 俺はまたしてもずり落ちそうになるズボンを引っ張り返して

「あーもう! だからズボン引っ張るなよ……って」

 そう抗議しようとしたのだが

「お前、手、熱くないか?」

 ズボン越しにも分かるくらい、彼女の手は妙な熱を持っていた。

「ん?」

 朔夜のほうは全く気に留めていないらしい。

 でもその熱さはやはり異常だ。

 俺はしゃがみこんで彼女の額に手をやった。

「んあ! ちょ、何すんだよ英輔!」

 まるで反抗期の子供みたいに朔夜はその手を払いのけた。

 しかしその手も額も、やはり熱かった。

「お前、もしかして熱ある? 風邪か?」

(昨日やっぱ無理にでも布団に入れてやるべきだったかな……)

 俺がそう後悔しつつ尋ねると

「ん? 熱い? ああ、いや、これは風邪じゃないから大丈夫」

 と彼女は言う。

「え、でも……」

「これ副作用だよ。妖を呼ぶと大体こうなるんだ。昨日は特に、火砕は出しっぱだったしその上緋衣まで出したからな」

 と彼女はぎこちなく笑う。風邪ではなくてもだるいことはだるいんじゃないだろうか。

「この上着、英輔の? さんきゅ」

 彼女はどこか力ない笑顔で俺に上着を手渡してきた。

「さ、行こうぜ。朝ごはん、作ってくれよ」

 彼女は立ち上がって、鞄を持つ。

「……あ、ああ……」

 俺は多少不安を覚えつつ、結局またこいつを家に招く羽目になった。




 朝飯を作ってくれと言ったわりに、どうも彼女は食欲もないらしく

「私パンはいいや」

 と言ってスクランブルエッグだけ食べていた。

 俺が食器を片付けている間も机に頬杖をついてぼーっとしているから、昨日のあのやんちゃぶりが嘘のようで、気持ち悪いくらいだった。

「……なあ、お前ほんとに大丈夫か?」

 食器洗いを終えて俺は声を掛けるが、返事がない。

「おい、朔夜」

 俺が流し台から回ってテーブルのほうへ行くと、なんと彼女は頬杖をついたまま寝ていた。

(…………全然大丈夫じゃないだろ、こいつ……)

「おい朔夜、寝るんだったらせめてソファー使えよ」

 俺が呆れながら彼女の肩を叩くと、彼女の身体はぐらりとこちらに倒れてきた。

「な、ちょっ!?」

 俺はとっさに抱きとめたが、彼女はぐったりとしていて、全く反応しなかった。

 それで感じたのだが、彼女の身体はまたさらに熱を上げていて、呼吸も少し乱れていた。

(あーもう! 何だってんだ!?)

 俺はパニックに陥りかけたが

(いや、ここは冷静に、冷静に……)

 と自分に言い聞かせて、すべきことを考える。

(と、とりあえず、ベッド。せめてベッドに移動させないと……)

 と思いついたのだが

(ちょっと待て! どうやって移動させるんだ俺!)

 また新たな壁にぶちあたる。

「朔夜、朔夜! 頼むから起きてくれ」

 俺は必死に声を掛けるが、彼女は全く起きない。

(あーちくしょー!)

 1人で喋っている感じが虚しくなってきて、俺は奮起する。

「あ、あとで文句言うなよ! 無理するお前が悪いんだからな!」

 俺は一応そう言って、というか半分は『仕方ないんだ』と自分に言い聞かせて、彼女を抱き上げた。


 ――俗に言うお姫様抱っこ。

 まさか、人生のうちですることがあろうとは。

 

 というより、予想以上の彼女の身体の軽さに俺は驚く。

 華奢だなーとは思ってたけど、実際こうしてみるとなんというか、すっぽりと腕の中に収まってしまうという感じで、その……か

(……ってああもう! 何考えてんだ俺!)

 俺は思考を止めて歩き出す。

 こうしている間にも朔夜の身体の熱さが腕に伝わってきて、そこから汗ばんでくるほどだ。

 俺は少し急ぎ足で自室に向かった。

 幸いベッドの準備は整っていたのでそのまま彼女をそっと寝かせる。

 自分のベッドに女子が寝てるなんて、なんだか悪い夢みたいだ。

 それから冷蔵庫から氷枕を取り出して、それを巻くタオルを取りに洗面所に行ったついでに洗面器に水を入れて濡れタオルも作った。

 部屋に戻って濡れタオルを彼女の額に載せると

「…………?」

 彼女がうっすら目を開けた。

「おいお前、どこが大丈夫なんだよ。いきなり倒れやがって」

 俺は安心しながらも少し刺々しい言い方をしてしまった。

「……ん? あぁ、ここ、英輔の部屋だ」

 と彼女はどこか焦点の合わない目でそう言った。

「もういいから寝てろよ。学校休めよな」

 俺はそう言って立ち上がる。すると

「……英輔は?」

 と、消え入りそうな声で彼女が尋ねてきた。

「え? 俺?」

 尋ねられて気付いた。

 こいつをここで休ませるんだったら俺も学校を休むということになる。さすがに今の状態の彼女を1人には出来ないだろう。

「……俺も家にいるから。適当に嘘ついて休んでやる」

 俺がそう言って部屋を出ようとすると、彼女は何か呟いたようだったが、うまく聞こえなかった。



 その後ちらほらとあいつの様子を見に行ったが、ずっと眠っているようで、本当にこのままで大丈夫なのか少し心配になった。

 いっそあいつの携帯であのお父さんに電話したほうがいいんじゃないかと思い始めた午前11時頃。

「……英輔、お腹減った」

 氷枕を取替えに来た俺に朔夜はそう言った。

「……やっと起きたか」

 彼女の顔色は随分良くなっていて、俺は胸をなでおろす。食欲も出てきたのならもう大丈夫だろう。

「んー、よく寝た。大分熱も取れたかな」

 と彼女は寝転んだまま伸びをする。

「そりゃ良かったな。何食べる? ろくなもんねえけど」

「カップ麺でも別にいいよ?」

 あいつはそんなことを言う。

「や、それは流石に俺が嫌だ。適当に作ってくるから待ってろよ」

 と俺が部屋を出ようとすると

「おかゆは嫌だからねー」

 と、あいつは注文をつけた。

 本当にもう、大丈夫だろう。



「ここまでダウンするのは久々かなー。でも何でだろ。火砕からかかる負担は微量なはずだし緋衣だって長時間出してたわけでもないのになあ……」

 と呟きながら、彼女は膝の上のお盆に載った卵雑炊を掬う。

 ちょうど雑炊のレシピが冷蔵庫に貼ってあったので適当に作ってみた。

「ん、結構いける。英輔は将来専業主夫にでもなるの? だったらうちで雇ってあげなくもないよ」

 と彼女は上機嫌に言った。しかし結構真顔で、どうも本気らしい。

「ば、馬鹿言え! 誰がそんなもんになるって言ったよ!? そんなアブノーマルなこと俺はしないからな!」

 俺は地べたに座り込みつつそう返すと

「アブノーマル? そんなに珍しい? 要は執事だよ、執事」

 と朔夜は不思議そうに言ってくる。

「……そんな職種がお前んちにはあるのかよ。悪いが俺は昔から普通に普通のサラリーマンになるって決めてるんだ」

「普通、ねえ……。普通ってどんなの?」

「……とりあえずお前は普通じゃないよ、俺にとってはな」

「何それ、褒めてる?」

「……どっちかっていうとけなしてる」

 我ながら素直に返しつつ俺は膝の上に置いた雑炊に息を吹きかける。すると朔夜が

「英輔猫舌?」

 とからかうように言ってくる。

「うるさいな」

 俺がふてくされたように返すと朔夜は可笑しそうに笑った。

 ようやく、いつも通りになってきた。


 結局朔夜は雑炊をぺろりと食べきって、ベッドからも出てきた。猫舌なせいで雑炊を食べきるのに時間がかかっている俺の前にちょこんと座って、俺の様子をじっと見てくる。

 ていうかこの位置だとあいつの緩めてるネクタイとかその辺が生々しく見えるので早く気付いて直して欲しい。

 俺は極力そのあたりは見ないように、彼女に言った。

「……見られてると食べにくいんだけど、なんだよ」

「別に」

「……なら見るな」

「えー。見てたほうが面白いんだもん」

「……あのなあ……」

 俺は頭を抱えてスプーンを置いた。少し量を入れすぎたから、もうこれくらいで腹もいっぱいだった。

「もういいの? じゃあどこか出掛けようよ」

 と朔夜は待っていたかのようにそんなことを言った。

「はあ? 一応今俺たち学校休んでるんだぞ? そういう時は家で大人しくしてるもんなの」

 俺がそう言うと

「むーー。つまんないー」

 朔夜は子供のように口を尖らせる。

「あーもう、つまんないんだったら今から学校行けばいいだろ?」

 俺がそう言うと

「ん。あ、そっか。まだお昼からの授業は間に合うね。じゃあ行こうよ英輔」

 と彼女は立ち上がった。

「おい! 俺は行かないぞ! 休むって言っちまったんだから今さら行けるかよ!」

 俺は慌ててそう言った。

「えー。じゃあ別のとこ出掛けようよ」

「だから! なんでそうなるんだよ! 家で大人しくしとけよ!」

「つまんないー!」

 ……なんだか小さな子供を持つ日曜の父親みたいな気分になってきた……。




 で、なんでか、俺は電車に揺られている。

 隣にはご機嫌そうな朔夜が座っている。

 時刻は13時。この時間に電車に乗っているのは主婦とか仕事中のサラリーマンくらいで、人はあまりいなかった。

(……にしてもこいつと同時に休んでたらまたヒロあたりになんか言われそうだなー……)


 確か、先ほど朔夜は学校に電話を入れていた。

 それはもう丁寧に、

『朝から急に熱が出てしまって、その時家に誰もいなかったものですから……はい、今は大分良くなったんですけど、午後も大事を取って休もうと思います。連絡が遅れて申し訳ありませんでした。はい、ありがとうございます。ご心配お掛けしました』

 ……だそうだ。


「あ、ちょっと都会っぽくなってきた」

 と、窓の外のビル街を見て朔夜ははしゃぐ。

 どこかに出掛けるといっても、地元じゃほんと、何もないし、万が一クラスメイトに出くわしたら不審に思われるだろうということで、俺たちは電車に乗って少し街のほうへ出てきたというわけだ。

「降りるぞ」

 俺はやれやれと立ち上がる。


 この駅の付近は最近建てられたショッピングモールやら、その他娯楽施設が整っているので遊びには1番向いている。

 俺も何度か部活の連中と来たことがあったが、男同士なのでどうしてもゲーセンとかカラオケとかになっていたが

(……どこ行くよ)

 俺は朔夜のほうを見て頭を悩ませる。

 そんな今の朔夜は、いつもの制服姿ではない。

 昼間から街で制服を、しかも鷹の方のそれを着ているとそれこそ変な目で見られるので、着替えさせたのだ。幸い家にはまだ姉貴の服が残っていたから、適当に選ばせた。後でちゃんと洗濯して元の場所にきちんと戻しておかなくてはならないが……。

「あの辺見てみたいなー」

 俺の心配は不要だったらしく、早速彼女は目標を見つけたようで、少し小走りに先を行く。

 秋らしい、からっとした日差しの中で、くるりとこちらを振り返る彼女を見ると

(……可愛い……)

 と、不覚ながらも俺は思ってしまった。

 多分、服のせいだとも思う。

 鷹の方の制服だって、うちの色気の無いセーラー服よりかはずっとマシだと思うが、私服となるとやはり制服にはない魔力がある。

 上は秋らしい色のカットソー。下はデニムのミニスカート。

 姉貴があんな短いスカートを持っていたことに俺は驚いたのだが、やはり活発な朔夜にはあれくらいのスカートがよく似合っていた。

 ……目のやり場に困るのが難点だが。


 とか色々考えてぼーとしていると

「英輔、早くー」

 と、知らない間にかなり朔夜との距離が開いてしまっていた。

「おい待てよ! 迷子になるなよ」

 俺は保護者の気分であいつを追いかけていた。




 結局俺はぶらぶらと何件もブティックに付き合わされた。

 途中ランジェリーショップなんぞの前であいつが立ち止まるから俺はどうしようかと焦ったものだ。

 するとあいつはけらけらと笑って店に入ろうとしたので俺は必死に止めた。

 その後本屋に立ち寄ったのだが、あいつが何を見るのかと思いきや、コミックのほうではなく文庫のほうに行ったのに俺は少しばかり感心した。

(そういやこの前もなんか本読んでたな……)

「お前、本好きなの?」

 と俺が尋ねると

「ん? まあ。漫画も好きだけどすぐ読めちゃうでしょ? その点文庫のほうが暇つぶしには向いてるかなーって」

 と彼女は平積みにされた文庫を物色し始めた。

 すると

「あ、これ前に緋衣に貸したら続編読みたいって言ってた本だ。買っといてあげようかな」

 と彼女はとある本を手に取った。

 その本のタイトルは

(……『観音様がみてる』……?)

 タイトルもさることながら、どうも怪しげな雰囲気の尼さん2人が表紙を飾っていた。

「……面白いのか、それ」

 俺が尋ねると

「英輔も読む?」

 と朔夜はその1巻にあたる分を手に取って差し出してきたが

「……いや、いい」

 俺は断っておいた。

 すると朔夜はまた文庫を物色し始め、はたまた怪しげなコーナーへと入っていった。

「あー、これは火砕が欲しがってたっけ。せっかくだし買っといてあげよーっと」

 と彼女が手に取ったのは……

(……『淫らな夜に紳士は堕ちる』……)

 どう見ても男同士が絡んでいる表紙だ。

「おい! お前もっと普通の小説買えよ!!」

 俺は昨日の悲劇を思い出してつい叫んでいた。

「んー? 普通のじゃ刺激が足りないんだもん」

 と、ある意味すごいことを言って彼女はどんどん怪しげなコーナーに入っていく。

「おい馬鹿! そっち成人向け! お前入れねーだろアホ!! ていうか入るなー!」

 俺は必死に彼女を止めに入った。

 

(……俺、何やってんだろ……)



今回は普通の路線に戻りつつ(?)憐ちゃんデレデレの回でした。

私は基本ツンデレが好きなんですけど(←)、憐ちゃんはどうもツンデレではないですね。でも彼女が甘えるのは英輔君と三炎あたりくらいなものなんだと思われます、はい。

マッハ低空飛行中の本作品、めげないで読んでくださっている方々、いつもありがとうございます(涙)。次回もお付き合いいただければ幸いです。

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