【エピローグ】※大幅に変更しました
口付けを交わした後、「あぁ、そう言えば」と漏らした。
「ん、何?」
トマトを切りながら聞き返すと、
「メシアは、子供の頃のことを覚えているか?例えば――影に助けてもらった記憶、とか」
「?うん、覚えてるけど……」
すると、ディアはとんでもないことを、しかしこともなげに言い放った。
「あれ、俺なんだ」
……私を助けてくれたのはディアで、今の私があるのはディアのおかげだ。つまり、そういうことか。
「……え、えぇぇぇぇっ!?」
いや待て待て、そんなこと普通ありえるはずがない。偶然でないならこれは……きっと運命ということだ。うん、そういうことにしておこう。
「いや、運命ではないぞ。俺が狙ってあの時助け、そして森に落ちたんだからな。無様にも小さな狼の姿で、だけどな」
「久々の心読み!懐かしい!」
……でも待てよ、何故ディアは狙ってここに落ちてきたんだ……いや落ちてないか。
何故、私を狙って?
「それは……魔界から覗いておったんだよ、メシアの様子を」
「はぁっ!?」
「いや、その……あの、随分苦労しておる魔の者がおったからな。しかも高位魔女ときた。気にしないはずがないだろう」
そういうものなのか、魔王って。
「まぁ……俺が特段情が深いだけだろうな。大抵の奴は人間も同族も、弱い者は助けない」
……今の魔王がディアでよかった。
いや、違う。
ディアに出会えて、良かった。
じゃなかったら多分私はこの場にいなかったし、もちろん彼女らもいなかった。
「……感謝しなきゃいけないことだらけね、私って」
「いや、俺もそうだ。人間界での生き方とか色々教えてもらったからな。お互い様、というやつだ」
そう言うと私たちはふふっと笑った。
私たちはひとしきり笑い合ったあと、思い出話に花を咲かせていた。さながら、高校を卒業して何年ぶりかに会った同級生との会話のような、ワクワクが止まらない、そんな話をした。
あの時の私はもっと大人しかったし、もっと自己主張がなかったとか、それに比べて今は……あぁすまん、何でもないぞ、と言われたり。つまり何が言いたいの?
「つまり、だな、その……メシアがメシアらしく、自分だけの人生を生きている、そんな感じがして……すごくいい傾向だな、と……」
とのことだった。要は、子供の成長を喜ぶおじいちゃんのような、父親のような、非常に微妙なラインではあるがとにかく、私が私らしく生きていてくれて嬉しいとのことだ。
何様目線だ、と言いたいところだがここはご愛嬌だろう。
私は過去を回想する。
彼女ら――私の中の住民たち――は、「私」のことをどう思っているのか。私が彼女らをどう思っているのかでなく、どう思われているのかを真っ先に考えていた。
私は魔女だからと、すべてを諦めていた。隣にいる相手も、彼女らとの共生も、そして「私」の、「私」だけの人生を。
諦めていたそれを見つけ、そして私に希望を与え、もう1度だけ頑張ってみようと思わせてくれたのはディアだ。
ひょんなことから拾った狼が、私の血を飲んだら人になって、イケメンで、しかも魔王だった。――ひょんなことからと言えど、それはディアが狙ってやったことらしいが――とんでもないことが起きすぎて、どれが本当なのか、嘘なのかの見分けすらつかなかった。……否、すべて本当だったのだが。
私はディアに救われた。私に、私だけの名前を与えてくれた。救世主という、不相応で畏れ多く、しかし自分の名前に誇りを持てる、そんな名前を与えてくれた。
逆に私はディアに、名前を与えた。ディアブロとは、別の国の言葉で魔王という意味だと、「母」だった者から聞いていたため、それを使うことにしたのだ。何故「母」だった者がそれを知っているのかは定かではないし、定かにするつもりも毛頭ない。
私はほかにも色々なことを思い出した。最初は魔王――否、ディアを人間の生活に慣れさせるのに苦労したなぁとか、主にそんな話だ。
こうだったよね、あぁだったよねと思い出話をしているうち、夜も更けた。
「……そろそろ、寝るか」
「うん」
私たちは隣に並んで別々の部屋に向かい、互いに扉の前に立つと、くるっと振り返って目を合わせた。
「「おやすみ」」




