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【第9話 悩み事】

 ルリにとっての事件から一ヶ月経った。

 ルリ、アリーシア、ミズキを日替わりにし、毎日過ごしていた。

 皆、ディアと幾日も過ごすうち、自我を持つようになってきた。

 ディアと話していると、時々自分ではない誰かの存在をほのめかす話が出るのだ。

 それに、目が覚めたら立っていて、しかも準備が万全に整っているのだ。

 おかしいと思わないはずがない。

 そして、自我と言うべきか、自分が自分だけでなく、ほかの人間の存在、そしてほかの人間を司る「私」の存在に気付き始めたのだ。


 そして、皆思い始めた。


「自分は自分でいたい」


「私」はおろか、ほかの人間すらいらない、自分だけでいい。


 自分勝手かと思われるかもしれないが、しかしそれは正しい判断だし、今まで自我を持っていなかった彼女らにそのような感情が生まれたのを親のような気分で見守っていたため、少し嬉しくもなっている。

 だがしかし、私はこの事で悩んでいた。


 私がこのままいていいのか。

 彼女らをこのまま生かしていていいのか。


 私が消えた方が皆喜ぶのではないか。

 オリジナルが消えるのだから、彼女らは自分だけで動けるようになるのではないか。


 そう考えた私は、早速ディアに相談することにした。

 らしさが無くなってきたので忘れていた人も多いだろうが、ディアは曲がりなりにも魔王なのだ。



 寝る前、私はディアの元――勿論部屋は別だ――へ行こうと思った。

 時計を見るとまだ夜10時頃、良い子は寝る時間だがディアは悪い子だろう、魔王だし。

 コンコン、と扉をノックすると、向こう側から気だるそうな返事が聞こえた。

 失礼しまーす、と一声かけてディアの部屋に入ると、ディアは行儀よくベッドの布団に入ってこっくりこっくり、船を漕いでいた。

 魔王……だよね?

 甚だ疑問を抱かざるを得ないが、まぁ魔王本人だろう。

 だがもう寝てしまっているのに話しかけるのは忍びないと思い、私は出直そうと部屋を出る。

 ――否、出ようとしたが。

「待て」

 と鋭い声がした。


「どうした、こんな夜更けに。夜這いではなさそうだがどうした、何かあったか?」

 ムクリとベッドから起き上がると、ディアの眠そうに閉じられかけた真紅の瞳が暗闇に浮かび上がる。

「……いいえ、何でもないわ。起こしちゃってごめんなさいね。おやすみなさい」

 今度こそ出ていこうとドアノブに手を掛けると、その手に少しひんやりした手が乗せられた。

 いつの間に!?動き早くない!?

「……何でもない、という顔ではないだろう。ほら、俺でよければ話くらいいくらでも聞いてやるから」

 まぁ、なんてイケメン……!

 ……ではなく。

「……明日でいいわ。眠いでしょう?」

 私にとってはまだ遅くはないが、ディアは既に布団に入っていたので遅い時間なのだろう。

 きっと眠いに違いない。

 そう思って言うと、ディアはかぶりを振った。


「いや、普段顔も顔色も変わらないメシアが悩んだような顔をして、しかも顔が真っ白ときた。今夜はメシアが心配で眠れそうにない。俺は魔王だから頼りないし、頼りたくもないと思う。だが、話を聞くことは出来る。どうか、メシアの心配事を俺に軽くさせてくれないか?」


 その一言で私の心はすっかり、例えるなら風でそよぐひとひら葉のように軽くなった。

 しかしディアは私の話を聞こうとしてくれている。

 実際、話を聞いてもらうため、相談に乗ってもらうためにここに来たのだ。

 じゃあ……と、私は話した。

 私の中の皆が「私」を、ほかの人格たちを良く思っていないということ。

 自分は自分でいたい、と自我を持つようになったこと。

 そして……


「私、消えた方がいいのかしら……」


 と。



 私の話を聞いて、ディアは開口一番「……は?」と、魔王がしてはいけない程の間抜けな声を上げた。

「何、分からないことがありましたか?」

 そう尋ねると、間抜けな顔をしたまま「……そうだが違う、そうじゃない」と言った。

「話の大まかな内容は分かった。まぁ、よくある事だ。だが俺が疑問に思っているのはそこじゃない」

「ん?つまりどういうことかしら?」

「だから……」

 ディアは実に可愛らしく首をかしげた。


「ほかの人格たちは、直接メシアに邪魔だと、消えろと言ったのか?」


 そう言われてみれば、実際に私が言われたわけではない。完全に私の想像だ。

「でも、邪魔だって思ってるはずじゃない。まだやりたいことがあるかもしれないのに、私が戻りたいと思えば戻れてしまうんだもの。迷惑極まりし、邪魔よ」

 自分で言っておいて自分で落ち込む。

 すると、ディアの手が空を切って私の頬に触れた。

 先まで私の手に重ねていた手だ。


「全く……ならば実際に聞いてみればいいだろう。自分の想像でものを言っても仕方が無いだろう。全員に聞いて、それで邪魔だと言われたのなら俺が手伝おう」

「……分かった。じゃあ、聞いてみるわ」

 とはいえ彼女らと一気に会話できるわけではないので、朝、机の上に置き手紙でもすればいい。

 困るのは内容なのだが。

 急に「私は貴女の中の人です。私の事をどう思いますか」などと問われても、いや知らないし、で終わってしまう話だろう。下手したら空き巣かと疑うだろう。


 何はともあれ。

 ディアが話を聞いて、解決策のひとつを出してくれたおかげで、私は安らかに眠れそうだ。

 ディアも幾分か安心しているようだった。

 ありがとう、おやすみと告げて部屋を出ようとしたら、私は私のものではない香りに包まれた。

「……もし本当に困って、どうにもできなければ俺がどうにでもしてやれる。だが、できるだけその方法は使いたくない。俺が力を貸すとなると、人ひとりくらい簡単に消せてしまえるのだから」

 そう言うとディアは離れ、私の頭を2、3度撫でると「おやすみ、良い夢を」と残し、ベッドに帰った。


 大体話を終えたのは11時頃だったと思う。

 それからうっすらと日の目が見えるまで、私は彼女らに宛てた手紙の内容を考えた。


 明日はアリーシアの日だ。

 アリーシアに、私の思いを伝えたい。

 アリーシア、貴女の思いを伝えて欲しい。

 朝日が昇ってきてから、ようやく私はペンを手に取り、紙に文字を書き始めた。

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