逆鱗に触れる
光織さんがお書きになった『百合が枯れる前に』のその後の話。
あまり要素はないですが一応諸々のタグをつけています。
イルくんがヴェールくんに起きた出来事を知ったら、の話です。
光織さんの『百合が枯れる前に』を読んでいただいてから読んでいただければ幸いです。
「コートス司令補佐!」
司令の会談の付き添いをした後、廊下で後ろから声をかけられた。
振り向いて相手を確認すると、弟子と同じ隊服を着た下士官だった。
「えっと……ロイシュ少尉、でしたね?」
幹部が声をかけるならまだしも下士官が自分に声をかけることはほとんどない。
「は、はい!あ、あの……突然、申し訳ありません…。ディザイプ兵士長を見ませんでしたか…?」
少尉が、青ざめた様子で尋ねた。
「兵士長…ですか?見てませんが、何かあったのですか?」
彼が単独行動を取るのは今に始まったことではない。
こうして部下が顔を真っ青にして探し回っているのだから何かあったのだろう。
「あの…ブリーフィングの時間になっても姿を見せなくて…。」
彼が仕事の時間に来ない、ということは今までに一度もなかった。
ふと、窓の外を見渡すと、寮の近くにある未使用倉庫の戸が開いているのが見えた。
「……少尉、恐れ入りますが医務室に行ってシルヴァ先生に伝えてもらえませんか。」
個室を1つ準備してください、と。
俺がそう言付けると少尉が慌てて走っていった。
嫌な、予感がする。
当たらないでくれ、と祈りながら、俺は目的の場所に足早に向かった。
***
絶句、とはこのことを言うのだと思った。
未使用倉庫の中に入ると、手を後ろにやられ手錠を掛けられて、無理やり服を脱がされた状態の彼の姿があった。
体温が、急激に下がる。
頭に血が、登る。
「ヴェー、ル…?」
嫌な予感が、当たってしまった。
「し……しょ、」
か細い声に我に返った俺は慌てて彼に駆け寄った。
「こな、……で。」
彼が身を捩って俺から自身を遠ざけようとした。
「ぼく……きたな、」
俺は彼の声を遮ってジャケットを掛けて抱きしめた。
「…汚いわけ、ないだろう。ヴェールが汚いなんて思ったことない。」
いつもよりも低い声が出た。
怒ってるって思われたかもしれない。
手錠を外し、彼を解放する。
ふと、足元を見ると何か光るものが落ちていた。
彼の手首には青黒い痣ができている。
「シルヴァ先生が部屋を用意してくれているから、そこで休もう。」
そう言うと、彼はこくり、と頷いた。
肩に掛けたジャケットの前を留める。
「とりあえず医務室に行こう。」
「っ……」
彼の肩が震えている。
俺はそっと彼を抱き寄せた。
「大丈夫、怖くないから。」
彼の背中をぽんぽんと叩いた。
小さくしゃくり上げる声が耳に入った。
***
「先生、助かるよ。ありがとう。」
疲れたのか、眠りについた彼を抱きかかえて医務室に着くと、軍医のシルヴァ先生が個室を設けてくれていた。
「……酷い痣だな。」
先生は俺の怪我や疾患を治すのに尽力してくれた人物でこの軍の中でも信頼に足る人物の一人だ。
「腹はもっと酷いんだ。寝ているうちに診てくれないか。」
個室に入って彼をベッドに寝かす。
「殴られただけか?」
その質問に、頭の中がすっとなる。
「…いや」
その返事だけで先生の眉間に皺が寄る。
「誰の仕業かわかったのか?」
「……ああ。」
そう答えた俺は個室を出た。
「イルバ。」
背中から先生が俺の名を呼んだ。
「ん?」
「…これは糞野郎どもの心配じゃない。お前の心配だ。」
やりすぎるなよ。
先生の顔は険しいままだった。
「……ありがとう、先生。大丈夫。先生が思っているより俺は穏やかだよ。」
***
辿り着いた先は親友の率いる部隊の作戦室だった。
頭が痛い。
彼を襲った犯人が親友の指揮部隊に配属している人間だったなんて。
「本当に胸糞が悪い。」
思わずぼやいてしまった。
きっと今はブリーフィングの途中だろう。
が、気にしてやれるほどの心の余裕は今は持ち合わせていなかった。
俺は作戦室の戸を思いきり開けた。
室内にいた全員がこちらを見る。
「コートス中佐……?」
親友が階級で呼んだ。
俺は親友の呼びかけに答えず一人一人の下士官を見渡す。
隊の中で一際体格の大きな男に目が止まった。
いた。
俺はその男のもとにつかつかと歩いて近寄った。
「っ……あの、なにか、」
用でしょうか、と言いたかったのだろうか男が最後まで言葉を紡ぐことはなかった。
がしゅともごしゅともつかない、大きな音が鳴った。
男が床に体を叩きつけた。
「ああ……すまない。右目が見えないもので、加減が利かないんだ。」
普段使うことのない低く重い声。
部屋の空気が凍り付いた。
でも、俺は気にもしないで淡々と口から言葉を零す。
「弱い者いじめは楽しかったか?」
なぜ、それを。
そんな顔でこちらを見る。
「軍隊っていうのは狭いコミュニティだ。いつだれがどこで聞いているかなんてわかったものじゃない。発言には気を付けるんだな。」
淡々と述べた後に、男の耳元でさらに低く呟いた。
「お前……死ねばいいよ。」
男が青ざめた。
その顔を一瞥した後に、彼に『あるもの』を投げ返した。
「ああ、忘れ物を届けに来ただけです。大切なものでしょう。無くしてはいけませんよ。」
男に返したのは制服のバッチ。
我が軍では所属している部隊によってつけるバッチが違く、制服にはバッチの着用義務がある。
部隊の人間の中で着けていなかったのは俺が殴った男一人だけだった。
「アデルカ中佐。ブリーフィング中失礼しました。どうぞ続けてください。」
親友に一礼して作戦室を後にする。
後でどやされるだろうな……なんて思いながら医務室に続く廊下を歩く。
殴った右手を見ると赤くなっていた。
本当に加減なんてしないで殴ってしまった。
これでは彼に心配されてしまう。
「先生に、手袋もらわないと。」
もしかしたら軍法会議ものなのかもしれない。
上官でもないのに下士官を私的理由で殴ってしまった、なんて知られたら。
でも、俺じゃなければ多分男の上官の親友が同じかそれ以上の力で殴っていただろう。
「まあ、いいか。」
別に軍法会議に掛けられるのは初めてじゃないし。
悪いことをした、なんて思っていないから。
それより今は彼の方が心配だ。
早く行ってたくさん甘やかしてやろう。
俺は医務室へ足早に向かった。
イルくんの普段は基本的に敬語です。二人称も名前や階級、役職で呼ぶことが多いです。
だからお前って言うこともため口で話すことも滅多にありません。
それだけ怒っているって思ってもらえればよいかと思います。
ヴェールくんをめっちゃ甘やかしてあげたい!!
最期まで読んでいただきありがとうございました!!