日本に帰れた
まず感じたのは、肌寒いということだった。そして、蘇る日本の記憶。
僕は呆然と川が傍らに流れる森の中で立っていた。
あぁ、ここは覚えている。異世界に行く前の、日本にいたときの最後の記憶だ。
「おい、なにボーッとしてんだよ。行こうぜ」
少年の声がして、僕ははっとなる。
周りには五人の男女。おぼろげだが、覚えていた。僕の友達だ。
なんだか懐かしい。
「ちょ、何泣いてんのよ...!?」
慌てながら、髪の長いウェーブがかった女子───藤波メアリーが僕に駆け寄る。彼女の綺麗な黄金色に光る髪は透き通るようだ。
「ごめん、なにも、何もないんだ」
止めどなく溢れる涙を拭いながら僕は帰れたんだという喜びを噛み締めていた。
しかし、周りの彼らはいきなり泣き出した僕に困惑しているようだ。
すぐに僕は泣き止ませようと、ぐっと涙腺をこらえた。
うん。もう、大丈夫だ。
「なんでもいいけど、早く帰ろうぜ」
奥で、チャラそうでいかにもすかしたヤンキー感を醸し出す男がそういった。男の名は柴田楓。一応男友達。なぜか僕が嫌われている節があるけれど。
さらに彼は早く帰りたいのか、僕の様子を見てうんざりしていた。
「本当に大丈夫か?」
心配そうに爽やかな印象をあたえる、女殺しの甘いマスクを携えた駿河 美八斗はそう言ってくれた。
そういえば話は変わるが、今、僕たちが通っている道は、中学から家に帰るための早道だった気がする。
「うん。もう、大丈夫。」
僕は涙をすべてぬぐい去り、野道を歩く。
「はははー、変な田中ー」
テンション高く、茶髪のツインテール娘は言い放った。
「う、うるさい」
だが、実際に皆からした変なので、言い返すにも言い返せなく、このようなことを言ってから、押し黙って、帰りの道を歩くしかなかった。
道は意外にも覚えており、懐かしみながら、僕は帰宅した。
「ただいまー」
まず、家のなかに入り、帰りの挨拶をする。あぁ、僕の家の中だ。10年もの間、帰っていなかった家は全く変わっていなかった。まぁ、召喚される前に戻ってきたんだからそりゃそうだ。
「おかえりー、もうご飯できてるわよー」
母さんの声だ。それと同時に、美味しそうな肉じゃがの香りが僕の鼻孔をくすぐる。
そうだ。今日は久しぶりの白ご飯だ。あっちじゃ米なんてなかったから、食べれなかったんだ。
母さんの久々の肉じゃがはとても旨かった。白ご飯も暖かくて。異世界のご飯に比べたら、なんて日本は贅沢だったのだろうか。と、今なら穏やかに考えられる。
満腹にして満足しながら、僕はそう思っていた。
食後の部屋にて、僕は部屋のすみに置いてあるベッドの上に仰向けなり、天井をただボーッと眺めていた。
日本に帰ってこれたが、それと言ってやりたいことはないな。
何かないものか。そう、思っていたときである。
これはあり得ないことだと思った。
ふと、魔力を感じた。ほんのかすかではあったがそれは確かに誰かの魔力であった。時間は六時過ぎでありまだ出かけてもあまり不信がられはしないだろう。
まさか、日本に来てまで魔力をかんじる日が来るなんて思いもよらなかった。
僕はすぐに外に出るためにコートを羽織って、母に一言断ってから外へとでた。
目指すは先ほど魔力を感じた場所へ。
僕は久しぶりに、自転車にのってそこへ向かうのだった。
目的地はとうやら森のなからしく、僕は自転車を森のそばにおき、森林の奥地へと入って行く。
面倒ごとじゃなければいいけど。
そんな一抹の不安をかかえながらも、僕は歩いた。そして、進むなかで、一つの発見を僕はした。
結界が張られていたのである。しかもこれはただの結界ではなく、人払いの効果もあるものだ。
なぜ、こんなものが?
調べよう。
僕は数秒考えるそぶりをみせ、そう決断した。
そうと決まれば、実行だ。僕は自分に、この結界と同じものを僕の身の周りにはった。こうしておけば、この結界をすり抜けられるし、なにより侵入したことを察知されないからだ。
加えて、ステルスの魔法も付属させた。
そういえば、日本で魔法が使えるのか、と、ここで気づいた。体内には魔力が絶え間なく循環しているのを感じてはいたが、十年間もこの感覚で過ごしていたため、自然と受け入れてしまっていた。
まぁ、使えるのならそれにこしたことはない。
閑話休題。
さて、まず誰がこの結界を張ったのかである。はっきり言って僕がすんでいる所は結構な地方のほうで、住む人が限りなく少ない辺鄙な場所だ。内部の人たちがこれを張ったのなら、今回誰がやったかは簡単にわかるだろう。
外部なら様子を見て、無視するか、話し合うか、追い出すか、消すか、だ。
そのような心意気で僕は結界をすり抜けて、奥へと進む。
一体誰が、なんのために結界をはったのか。
言いようもない不安を僕は抱えていた。
そして、僕は真実を目撃して、青天の霹靂とも言える衝撃が襲ってきた。
そこにいたのは、五名の少年少女と、一人のいかついおじさん。地区長の住田さんだ。
場所は、一つの稽古場のような小屋。そして傍らには訓練用のものなのか、木で人を模した人形が人数分揃っているようなところだ。
そして、驚くべきことに、彼らは人間とも思えぬほどに早く動き、組手をしていたのだ。彼らが使っているのはまさしく魔力で自身を強化する魔法。
いやいやいやいや、意味がわからない。
なんで、なんでお前らが魔法なんてもの使えるんだよ?
今の状態に混乱を覚えながらも、僕はただ深々と友たちの姿を見ている。
彼らは魔法が使えるなんて素振り、これまで見せたことはなかった。
きょ、今日は一旦帰ろう。今僕が出てきたとしても、説明がだるそうだし、それになんだか聞くのも怖い。これまで黙っていた事を知ってしまったことにたいして、僕はただそう思っていた。
僕は静かにその身をひいた。疎外感や不信感を感じながらも。