プロローグ
空が見えた。
黒ずんだコンクリートの天井には、ぽっかりと真円の穴が開いている。そこから見える青空は雲一つなく澄み渡っていて、まるで世界には美しいものしかないというような、一種の幻想が垣間見える。ときおり迷子のように流れ込んでくる風は、少し肌寒い。それでも体の芯まで冷えるということはなく、むしろ心地よい爽やかさを感じさせてくれた。
物音がした気がして視線をそちらに向けると、トワがそこに立っていた。小学生と言われても納得してしまいそうな体躯の彼女は、肩まで伸びた髪を風に揺らしながらいささか恨めし気な眼差しをこちらに送っている。
「もう行こう、ヨキナ。約束の時間に遅れるじゃないか」
言われて腕時計を見ると、約束の時間は十五分前にまで差し迫っていた。ここからなら十分もあれば到着するが、早いに越したことはない。
「わかったよ。だけど、私に付き合ってここに来ることはなかったんだよ? トワだけ先に行ってくれても……」「そんなのだめだ」
トワの即答に一瞬面食らって、すぐに訊き返す。
「なんで?」
トワはそれには答えず、さっさと外に通じる扉に向かっていった。これだから、トワはかわいいのだ。
部屋を出る前に振り返り、さっと室内を見渡す。煉瓦造りの部屋は所々ひび割れて、雑草や苔があちらこちらに生えている。それでも大穴から差す陽の光がスポットライトのように中を照らしているので、陰気な感じはしない。
私はいつものように、この景色へさよならを言って部屋を出た。
だって、もう帰ってこられないかもしれないから。




