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灰の大陸  作者: 森木冬二
見えざる脅威
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ファストロムの王子

長すぎたので分割しました

 誰か体をゆする者がいる。

「おい、起きなさい」

 ロビンは目を覚ました。隣に衛兵が立っている。

 窓から外を見ると、もうすでに日が暮れていた。

 ずいぶん長く眠っていたらしい。

「ああ、ごめん。ついうとうとしちまって。あのおじさんと誰かさんの話し合いは終わったのか?」

「おじさんとは何事だ。内務卿閣下と呼びなさい。――会談は終わった。とうの昔にな」

 衛兵は首を振る。

「にもかかわらず、閣下はお前が眠りこけているのを見て、そのままにしておくようおっしゃられた。あの方がこの手の寛容さを見せることは珍しい。いったいお前は何者なのだ?」

 そんなことはロビンの方が聞きたかった。

 先ほどの衝撃的な話を聞いて、自分が何者なのかわからなってきているところなのだ。

「とにかく、閣下がお待ちだ。ついてきなさい」

 衛兵は速足でどんどん先へ進むため、ロビンはついていくのが大変だった。

 廊下を何か所か通り、回廊を幾度か曲がり、やがて二人は地下への階段に差し掛かる。

 どこかの塔の地下なのだろうが、底は非常に深くよく見えない。

 人影もなく、階段を下りる二人の足音だけが虚ろにこだまする。

 

 それでも二人はやがて最深部に達した。

「案内ご苦労。君は下がれ」

 先に待っていたウィルクス卿は命令し、衛兵はそそくさと元来た道を引き帰す。

 それを確認して内務卿は口を開いた。

「さて、この先には」

 彼は背後をちらりと見やる。

 そこには鉄の鋲で補強された、いかにも頑丈そうな扉があった。

「王国にとって極めて重要な秘密がある。君はこれからそれを目にすることになるが、決して他言しないとここで誓ってほしい」

「断ったら?」

 まずいと思いつつも、ついロビンはいってしまった。

 そして、直後に後悔することになる。

「君は死ぬことになる」

 氷のように冷たく、何の感情も読み取れない恐ろしい声だった。

「す、すみません。つい悪ふざけを……」

 何か息苦しさを感じながら、ロビンは慌てて言い繕う。

「ええ、誓います。ここで見たことは決して言いません」

「よろしい」

 ウィルクスが笑うと、ロビンののど元の圧迫感もなくなった。

 これもこの男の魔力なのだろうか。

 ウィルクスはロビンに背を向けると懐から大きな鍵を取り出し、背後の扉の鍵穴に入れまわした。

「さあ、入りたまえ。なに、危険なものはいない。ここは安全だ」

 促されロビンは扉をくぐる。

 中は寒く薄暗かった。

 さほど広くもない部屋の中央には石造りの寝台が置かれ、その上には何かが横たえられている。

 ロビンが恐る恐る近づくと、果たしてそれは屍だった。

「そうこれは死体だ。しかし、誰かに似ていると思わないかね」

 ウィルクスはロビンのために、壁の松明をとり死体を照らす。

 立派な服装をした端正な顔の若い男の死体だ。

 年のころはロビンと同じくらいだろう。

「鉄灰色の髪、茶色の瞳は君と同じだ。歳、背格好も君と似たようなものだ」

「まさか……」

 だんだん事情がロビンにも飲み込めてきた。

「おれにこの人の代わりをしろと?」

「そういうことだ」

 ウィルクスはにやりと笑った。

 このうえなく不気味な笑みだった。

「いったいこの人は誰なんだ!?」

「セス・ハーバート・セルカーク」

 ウィルクスは歌うようにその名を口にする。まるで状況を楽しんでいるかのようだ。

「セス、セス第一王子……。ファストロムの次期国王……!」

 あまりの衝撃に口をあんぐりと開けてしまったロビンを、ウィルクス内務卿は愉快気に見やるのだった。


「殿下は先日不慮の事故で逝去されたのだ」

 遺体が安置された部屋を出て上へ戻る道中もウィルクス卿は話し続けた。

 ロビンは気もそぞろであまり内容が頭に入ってこなかったが、そんなことにもお構いなしだ。

「王女のコンスタンス様はわずか十歳。とても兄君の代わりは務まらない。この重大な局面にこれは非常にまずい事態だ。そこで国王陛下とも協議した結果、当分の間この事実を伏せることにした」

 深刻な内容のはずなのに世間話でもしているような調子だった。

「そしてひそかに、信頼でき腕の立つ者を国中に派遣し、代役を探したというわけだ」

「……聞いているかね?」

「は、はあ」

 ロビンはあいまいな返事をするだけで精いっぱいだった。

 とてもこの衝撃は短時間では収まりそうにない。

「君が受けた衝撃は察するに余りあるが、先ほども言ったとおりこれは極めて重大な国家機密だ。もはやこのことを知った以上君に後戻りは許されない。身代わりを引き受けてくれるね?」

「わかり……ました」

 断ったらどうなるかわからない。

 ロビンはそう答えるしかなかった。

「大変結構」

 ウィルクスは満足げな笑みを浮かべる。

「まずは君の身なりを整える必要がある。その粗末な服に、ぼさぼさの髪、薄汚れた顔ではとても王族とは思えない」

 二人は足を止める。目的の場所についたようだ。

「ここは?」

「セス王子の私室、つまり君の部屋だ」

ウィルクスが扉を開けると果たしてそこには湯がなみなみと注がれた風呂桶が置かれていた。

 着心地のよさそうな部屋着も準備されている。

「必要なものはこの女官が用意してくれる。遠慮なくいってくれ。もう夜も遅い。今宵はゆっくりと休んでくれたまえ」

 ウィルクスがそういうと彼の後ろから中年の女が進み出る。

「ああ、安心してくれ。このエレミヤはとても口が堅く信頼に足る女官だ。では失礼」

 ウィルクスはそういうと、ロビンの返事も待たずにさっさと行ってしまった。


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