王都への道
第一話だったものを分割して一部書き直したものです
旅の同行者として、騎士モースタンはまったく不適切な相手だとロビンは感じていた。
なにせ何事にも冷淡で、ロビンの疑問にも何らまともに答えようとしなかったのだ。
結果、王都への道中は二人とも押し黙ったまま歩き続けるという、なんとも気まずいものとなった。
「なあ、おっさん」
沈黙に耐えきれず、無駄と思いつつもロビンは疑問をぶつけてみる。
「そろそろ教えてくれてもいいだろ。いったい王都に何があるんだよ」
だが、騎士の答えはまったく代わり映えのしないものだった。
「何度も言っているだろう。王都につくまでは明かせない」
「それと」
珍しく騎士が言葉をつづけるのを聞き、ロビンはわずかに期待する。
「わたしの歳は君とそれほど変わらない。したがって、おっさん呼ばわりは不適当だ」
「じゃあ、モースタン卿とでも呼べばいいのか?」
「ローレンでいい。わたしはそれほど高い身分ではないからな」
ロビンには彼が何を言わんとしているかわからなかった。
「ローレンが個人名でモースタンが家名だ。そういえばまだ君には正式に名乗っていなかったか。これは失礼した」
「時にロビン、君に家名はないのか?」
「あるわけないだろ。おれは平民でただの酒場の給仕なんだから」
「ふむ、しかし君の身の上話を聞くと、君の父上は貴人であったようにも思えるのだ」
「どういう意味だよ」
「つまり、君の父上は母上を愛し関係を持った。しかし、その身分のさゆえ、二人は結ばれることなく、君の母上は君を連れて家を出た、とそういうことだ」
「母さんは貴族の愛人で、捨てられたっていうのか!?」
ロビンは気色ばんだ。この男は何を根拠にこんな失礼なことを言うのだろう。
「いや、すまない。君の母上を侮辱する気はないんだ。気を悪くしたなら謝る」
珍しくローレンは低姿勢だった。それほどロビンの怒りは激しかったのだろうか。
「別に根拠もない。ただ、このご時世そういった話は別に珍しくもないからな……」
ローレンの態度はどこかおかしかった。見ると、落ち着かなげに左手の中指にはめた指輪をいじっている。
「なあ、ローレン。その指輪何かあるのか?」
「ん、これか? これは何でもない。ただの指輪だ」
「そんなことよりもうすぐパインリーフの村に着く。準備をしておきなさい」
パインリーフは王都への道中にある村だ。何でもそこでローレンの仲間と合流するらしい。
「準備って別に何もすることないだろ」
ロビンは反論したが、騎士は再び黙りこくってしまい、うんともすんとも言わなかった。
「おい、ロビン気をつけろ」
もうそろそろ村が見えてくるだろうというところでローレンはやおら警句を発する。
「どうやら好ましからざる者たちが来たようだ」
ローレンは前方を指し示す。
ロビンが見ると街道の先に三人の人影があった。
男で、全員汚らしいひげ面ににやにや笑いを浮かべ、擦り切れた皮鎧を身に着け、手には錆びた剣や槍を持っている。まぎれもなく追剥だった。
「おい、お前らこの道を通りたければ身ぐるみそっくりおいてきな」
追剥の一人が汚らしい口を開く。
「断る。わたしは王国騎士だ。貴様らこそ命が惜しくばさっさと立ち去るがいい」
ローレンは毅然と拒絶するも、その態度も盗賊たちに感銘を与えはしなかったようだ。
「けっ、てめえみたいななまっちろい騎士に何ができる。二度は言わねえぞ。とっとと持ち物全部おいて失せろ」
「……警告はしたからな」
いうなりローレンは腰のナイフを抜き賊に向かって投げつけた。
ナイフは狙いたがわず賊の眉間に突き刺さる。
「なっ!?」
絶命し倒れこむ仲間の姿に追剥は動揺する。
そこにすかさず騎士は長剣を抜いて切込み、さらに一人を切り倒した。
最後の賊は死に物狂いで錆びた剣で切りかかるも、ローレンの立派な甲冑に弾かれたのち、彼の長剣に胸を刺し貫かれ仲間と同じ命運をたどることとなった。
「これが騎士の戦い方かい」
ロビンは事が終わったのち皮肉交じりの声を出す。
ローレンの実力は確かだったが、あまり今のは正々堂々とした戦いとはいえそうになかった。
「相手はろくでなしどもだ。手心を加えてやる必要はない。それにわたし一人ならともかく、君というお荷物もいることだしな」
「それにしてもまだ陽も落ちぬうちに、しかも人家からそう遠くないところで賊が出没するとはな。治安の悪化は想像以上に深刻なようだ」
そしてローレンはロビンにパインリーフ村へ急ぐよう指示するのだった。
急いだ甲斐あって、いや、少々急ぎすぎたせいか、日没までかなりの余裕をもってパインリーフ村に二人は到着した。
二人はそのまま村に一軒きりの宿屋へ向かう。
宿に入るとそこは酒場になっていた。モスの旅籠もそうだったが、宿の一階というものは往々にして酒場になっているものなのだ。
入ってきた二人を見つけ、声をかけてきた者がいる。
「おう、騎士様、無事だったか。その小さいのは例のやつか?」
その男はローレンよりもやや年上でおそらく三十前後だろう。
焼けた短い金髪に褐色の肌、そして筋骨隆々の体を持った大男だった。
「ファルーク、お前というやつは……。こんな時間から酒を飲んでどうしょうもないやつだな」
大男の持った酒瓶を見てローレンはあきれ声を出す。
どうやらこの男がローレンの連れのようだった。
「おれはファルーク。南の大陸はモグレブ出身の傭兵だ。小僧の名前は何て言うんだ?」
南の大陸は産業に乏しく、腕に自信のある男はこの大陸で傭兵として生計を立てることも多い。
しかし、このような男と騎士であるローレンの接点はよくわからなかった。
「おれはアデリアのロビンだ。あんたたちいったいどういう関係なんだ?」
「おれはファストロム王国に雇われたんだよ。ある重要な任務とやらのためにな」
「そんなことよりも」
ここでローレンが話に割って入る。
「ミランとホスンはどうしたんだ? まだ来ていないのか」
どうやらまだ仲間がいるらしい。
彼らもその任務とやらに就いているのだろうか。
「そのことなんだがな」
ファルークが答える。少しばつが悪そうだ。
「ホスンはここには来ない」
「どういうことだ?」
「なんだかきな臭いことになってきたし、故郷も恋しくなったんで帰るんだとよ。ローレン、あんたにもよろしくとのことだ」
「ふざけるな!」
ローレンは憤激した。
「先に報酬を受け取っておいて、任務を放棄するとは何たることだ。ファルーク、お前どうして止めなかった?」
「止めはしたさ」
傭兵は肩をすくめる。
「だが、聞かなかった。もともとこの仕事は気乗りがしなかったんだと」
「これだから傭兵なんて連中は信用ならないのだ」
ローレンは憤懣やるかたない様子だった。
「それはいつの話だ」
「三日前だな」
「なら、もう追いかけても無駄か。ミランの方はどうした」
「さあ、音沙汰ねえな」
「彼はわたしと同じ騎士だ。きっとまだ任務中なのだろう。しばらくここで待つとしよう」
それから一行は三日間パインリーフ村に滞在したが、一向に騎士ミランが現れる様子はなかった。
この間、ロビンは傭兵ファルークと何度も会話する機会があったが、彼は堅物のローレンに比べずっと気さくな人物だった
「そうか、お前はアデリアで働いてたところ、運悪くローレンに見つかってここまで連れてこられたのか。そいつぁ、災難だったなあ」
そういって大男は白い歯を見せて笑う。
「災難も何もそれがわれらの任務だろう。貴様こそ誰も見つけられなかったのか?」
ローレンは不機嫌さをあらわにし、ファルークをにらみつける。
「探しはしたが、見つからなかった。こいつも、ちっとも反応しねえしな」
ファルークは答えながら左手の中指の指輪をいじる。
よく見ると、どうやらそれはローレンがつけている指輪と同じであるらしかった。
「その指輪、いったいなんなんだ? あんたたちの人探しの任務と何か関係あるのか」
「ああ、こいつはなぁ――」
「おい、ファルーク!」
「それぐらい教えてやってもいいだろ。こいつはなあ、ある種の魔法の道具だ。特定の人物にのみ反応する、な」
ファルークは指輪をロビンに近づける。見ると、指輪はかすかに赤く光っていた。
「……これはひょっとしておれに反応してるのか」
「そういうことだ」
「どういった人間に反応するんだ?」
「おい、わかっているな」
ローレンがファルークにくぎを刺すと、傭兵はやれやれと肩をすくめた。
「悪いが、このおっかない騎士様が脅すんでそれは言えねえ。まあ、王都につけばわかることだ。少しばかり我慢してくれ」
「そのことだけど、いつになったら出発するんだ? もう三日もここにいるじゃないか。いい加減退屈したよ」
「わたしとしても早く発ちたいのはやまやまなのだが」
ローレンが思案顔をする。
「いまだにミランが戻らないのだ」
「先に出発すればいいんじゃないのか」
「率直に言ってこの先は少し危ない。ミランは王国の筆頭騎士ゆえ、彼の助力がほしいのだ」
「危ないって、先日みたいに追剥が出るのか?」
「その程度ならいいのだがな……」
どうも歯切れが悪い。
まだ短い付き合いだが、ロビンは彼がこういった物言いをするときは、何か都合の悪いことを隠しているのだとわかるようになってきた。
「いいからはっきり言ってくれよ」
「ただの賊ではない。危険な殺し屋どもだ」
「そいつらがこの先に出没するのか」
「すでに複数が犠牲となっている」
ロビンは背筋が寒くなった。
「そいつらいったい何者なんだ?」
「わからん。幸か不幸か、わたしもこの男もまだそいつらと剣を交えたことはない。それゆえ、実力についても伝聞だけで確かなことは言えないのだ」
「とはいえ」
ここでファルークが話に割り込んでくる。
「いつまでもここで待ってるわけにもいかんぜ。ミランはいつ帰ってくるかわからねえしな」
「ふむ」
ローレンは考え込む。
「ファルーク、お前は暗殺者どもが襲ってきた場合、ロビンを守りきる自信はあるか?」
妙な問いだった。これではまるで暗殺者の標的がロビンのようではないか。
「はっ、おれの実力はあんたもよく知ってるだろ。そんじょそこらの殺し屋どもには引けはとらねえよ」
傭兵の自信に満ちた答えに、騎士も心を決めたようだった。
「ならば、善は急げだ。早速出発しよう。二人とも準備はいいか」
準備も何もロビンには荷物などなかった。
ファルークの方も似たようなものらしい。
ローレンが宿の主人に、いまだ現れぬ騎士ミランに言づてを頼むと、一行は外の厩舎に向かった。
「君は馬には乗れるのか」
「まあ、多少は」
「それはよかった」
だが、厩舎に入ると少年はしり込みすることになる。
「……ちょっと、これはでかすぎるんじゃ」
つながれている三頭の馬はどれもあまりに立派なものだったのだ。
「これらは軍馬だからな。少し気性は荒いが体躯は大きく、体力もある。いい馬だぞ」
「悪いけどもう少し小型のはないかな。これじゃ落馬すると命にかかわりそうだよ」
ローレンは納得し、厩舎係にいって隣の仔馬と交換するようにしてくれた。
「あの馬はミランのだろう。勝手なことしていいのか」
村を出たところでファルークが苦笑いしながら訪ねる。
「早く来ない彼が悪いのだ。それよりロビン、どうだ、馬の具合は。この速さでついてこられそうか」
「なんとか」
「よし、ならばこの調子で陽が落ちる前に次の村までたどり着くぞ」
かくて一行は人通りもまばらな街道を、馬に乗り北の王都目指して駆けていくのだった。
ちょうど陽が落ちるころ、一行は次の村に到着した。ホーンウッドという名の小さな村だ。
三人は厩舎にそれぞれの乗馬をつなぐと、そのまま宿に入る。
ローレンとファルークはさすがに旅慣れているのか余裕があったが、疲れ切っていたロビンはろくに食事もとらずそのまま寝台にもぐりこんだ。
その夜。
ロビンはファルークに乱暴に揺り起こされた。
外を見るとまだ真っ暗だ。おそらく深夜二時か三時ごろだろう。
「……疲れてるんだ。寝かせてくれよ」
ロビンは不機嫌な声を出すが、ファルークはいつになく真剣な表情だった。
「何か感じないか?」
「別に何も」
ロビンにとってはいたって静かな夜だった。
「お前はどうだ?」
大男の傭兵は扉側の寝台で寝ているローレンに声をかける。
しかし、騎士はすでに起き上がり長剣を手にしていた。
「……どうやら来たようだな」
「殺し屋どもか?」
「おそらくな」
「敵は何人だ?」
ファルークは大剣を鞘から引き抜いた。
「部屋の外に恐らく二名、いや、三名かもしれない。窓の外にも何人かいるようだ」
「おれは窓の敵に備える。お前は扉の外のやつを頼む」
「心得た」
ロビンは震えが止まらなくなっていた。
急いで荷物からモスにもらった剣を取り出し握りしめるも、震えは収まってくれない。
「おい、ロビン。お前戦えんのか?」
「な、なんとか」
ファルークの問いかけにロビンは答えるも明らかにこれは強がりだった。
「無理をするなロビン。賊はわれらが何とかするから、君は寝台の下に隠れていろ」
ローレンの言葉は素直にありがたかった。とても今の自分に戦えるとは思えなかったからだ。
ロビンが寝台の下に潜り込むとほぼ同時に、扉を破り何者かが室内に乱入してきた。
さらに、窓の格子戸が砕け散る音も重なる。こちらからも賊が侵入してきたようだ。
月明かりに照らされた薄暗い部屋の中で戦闘が始まった。
剣戟の響き、何かかが床に落ちて壊れる音、くぐもった悲鳴、かすかなうめき声が断続的に聞こえてくる。
その間ずっと、ロビンは寝台の下に身を潜め、恐れおののきながら剣を握りしめていることしかできなかった。
永遠とも思える時間が過ぎたが、実際はせいぜい数分かそこらのことだったのだろう。
不意に明瞭な声が聞こえてきた。
「おい、坊主終わったぞ。出てこいよ」
ロビンが寝台の下から這い出すと、黒衣に覆面をした賊の死体が三体床に転がっていた。
「二人ともけがはないのか?」
「幸いな。敵の接近を察知し、不意打ちを回避できたのが大きかった」
長剣の刃に付着した血をぬぐい、鞘に納めながらローレンが答える。
「賊は全部で六名だった。そのうち三人は切り倒したが、残りは襲撃の失敗を悟り退散したようだ」
「こいつらいったい何者なんだ!?」
「おそらくマルヴの……。いや、不確かなことはいうまい」
「なあ、これからどうする? どうやらおれたちの場所は知られちまったようだぜ」
「そうはいっても夜道を移動するのはあまりに危険だ。この者たちに加え、野盗にも襲われる危険がある」
「なら、このまま朝まで一眠りしていいんだな? 正直おれも疲れてるんだ」
そういって、ファルークは寝台に巨体を投げ出した。
間もなくいびきが聞こえてくる。豪胆な男だった。
「やむを得んな。わたしが不寝番をするから、君も寝なさい」
ローレンはロビンに促し、自身は賊の屍を外に運び出し始める。
さすがに死体と同じ部屋にいるのは嫌なのだろう。
ロビンは再び寝台に潜り込んだが、恐怖の残滓は抜けず、なかなか安らかな眠りは訪れてくれなかった。