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灰の大陸  作者: 森木冬二
聖都への道
32/86

地下神殿

「バカな、気は確かなのか!?」

 ロビンが「夜陰」の盗伐を引き受けると言い出した時のローレンの反応である。

「もちろんだとも」

 ロビンは胸を張る。

「考えてもみてくれ。今がやつらをつぶす絶好の機会なんだ。もし、このまま『夜陰』を放置したらこの先もおれたちの旅が邪魔され続けることになる」

「それは確かにそうだが……」

「そもそも、おれたちの旅の大目的はなんだ? この大陸に平和をもたらすことだろう。なら、『夜陰』のような連中を放置していいはずがない!」

 われながら口がうまくなったものだとロビンは思う。

「おれはいいぞ」

 ファルークは気楽に答える。

「どうせほかにやることもないしな」

「ダークはどう思う?」

 ロビンは友人に意見を求める。

「賛成するぜ。もうこれ以上あいつらの相手はしたくない」

「三体一だぞ」

 ロビンは騎士に詰め寄る。

 この結果にローレンも渋々「夜陰」盗伐を承諾するのだった。


 ロビンが突如「夜陰」盗伐を言い出したのは理由がある。

 もちろん仲間に語ったこともその一つではあるが、ほかにもっと大きな理由があった。

 それはほかならぬ先日ルキラの部屋で見た白昼夢である。


 あの時、ロビンは過去の光景と同時に、ルキラの心の一部が見えてしまっていた。

 彼女がプロビアに留まっている理由はあの邪悪な赤目の暗殺者と対峙するためだ。 

 そしてあの男は今、まさにロドナ山の地下深く「夜陰」の本拠地にいる。

 ルキラはそこに乗り込みあの赤目を殺すつもりなのだ。

 彼女がどれほど戦えるのかはわからないが、そんな危険な真似をさせるわけにはいかない。

 幸い自分は以前に比べるとずっと強くなったし、三王の祝福もある。

 卑劣な暗殺者ごときに引けなどとるものか。


 プロビア王のつけてくれた案内人に先導され、一行はフリートブルクを出て三日目にロドナ山に入った。

「なあ、ロビン一つ聞いていいか?」

 山中の寒村の宿でローレンが問うてくる。

「ひょっとすると『夜陰』の討伐は聖女殿のためか?」

 ロビンは一瞬口ごもってしまう。これは白状したに等しかった。

「やはりそういうことか」

 騎士が例の不愉快な笑みを浮かべる。殴りつけてやりたかった。

「聞くところによると、何か不始末をしでかして彼女を激怒させたらしいな。これはその償いというわけか」

「まあ、いいじゃねえか」

 ファルークが豪快に笑う。

「大陸の命運のためだとか国家の未来だとかのためより、女のために命かける方がよっぽど健康的だろうぜ」

「なら、あんたはどうしてサイーダについていかなかったんだよ?」

 隣でダークがぼそりと漏らすと、傭兵はうるせえといってその頭を小突くのだった。


 翌日、ロビンたちは山中を一時ほど探し回ったところ、岩肌に怪しげな亀裂を見つけた。

 ファルークがそこにそばに落ちていた岩塊を数回たたきつけると岩肌が崩れ、人一人が通れるほどの空間が姿を現す。

「この入り口はしばらく使われていなかったようだな」

 ローレンが用意してきた角灯に火を灯し、洞穴の中をのぞきこむ。

中は非常に暗い。明かりがないと何も見えないだろう。

「それでは自分はこれで……」

 案内人が頭を下げる。中まで付き合う気はさらさらないようだ。


 洞窟内は暗いうえに寒く、おまけに湿っぽかった。

 道は緩やかに下っている。ロビンは足元に注意して歩みを進める。

 うっかり足を滑らすと洞窟の底まで落ちていってしまいそうだ。

「なあ、なんかどんどん寒くなっていってないか?」

 傭兵が巨体を縮こまらせ身震いする。

 この剛毅な男にしては珍しいことだ。

 だが、ロビンも確かに同じことを感じていた。

「なんというか気温が低いというより、寒気がするんだよな。何かこの空間に漂う怨念のようなものを感じる」

「おい、変なことを言うんじゃない」

 ローレンが顔をしかめる。

「は、あんたいい歳して幽霊が怖いのかよ」

 ダークが騎士をからかう。だが、どこか景気が悪い。

 彼も同じ薄気味悪さを感じているのだ。

 

 それっきり四人は黙り、ひたすら下り道を進む。

 ローレンの持つ角灯のかすかな明かりが不気味な洞窟内をぼうっと照らす。

「闇神の信徒はどうしてこんな地下深くに神殿を作ったんだ?」

 沈黙に耐えきれず、ロビンは誰にともなく問う。

 その声すらも暗闇にこだまし不気味なうなり声となって帰ってくる。

「一つは当然、光神の信徒たち、つまりわれらから身を隠すためだ」

 ローレンが声を潜めて答える。

 まるで、自分の声をこの世ならざるものに聞かれることを恐れているように。

「だが、今一つの理由としては、彼らの信ずる神が地界にいると考えられている事実がある。より神に近い場所で祈った方が声も届きやすいという理屈だな」

「なあ、そんなことよりも」

 ファルークが話題を変える。

 彼の声も心なしかいつもより小さい。

「おかしくねえか? ずいぶん奥まで来たってのにいまだに敵さん現れねえぜ」

 確かに、なんとも奇妙なことに「夜陰」はまったく姿を現さない。

 プロビア王の言ったように、もうここにはいないのだろうか。

 だが、ロビンはこの洞窟の先から確かに邪悪な気のようなものを感じていた。

 それも歩を進めるごとにどんどん強くなる。

 間違いない、この先にあの赤目の暗殺者がいる。


「お前には失望したぞ」

 ゼノンは赤く冷たい眼差しを足元に向けた。

 そこには一人の男が平伏している。

「返す言葉もございません。どうかわたしめに神の裁きを。すでに覚悟はしてございます」

「愚かなことを申すなテセウス。そなたは選ばれしマルヴの民にして祭司なのだ。ここの賤民どものように処罰したりはせん」

 ゼノンは背後を一瞥する。

 そこには「夜陰」の首領とその配下が身動き一つせず待機している。

「もうすぐ小僧がここに来る。もう失敗は許さぬ。いかなる犠牲を払ってもやつをしとめるのだ」

 「夜陰」は軽く頭を下げると闇の中に溶けていった。

「よろしいのですか」

 テセウスが遠慮がちに尋ねる。

「やつらは確実に腕を上げています。あの程度の人数では返り討ちにあうのでは?」

「構わぬ。もはや『夜陰』の役目は終わった。せいぜい派手に散ればよいのだ」

 ゼノンは冷たく笑い、部下に向き直る。

「テセウスよ、そなたは来たるべき聖戦の準備のためセーベルナヤに行け。そこでダグマーと会いやつの指示を仰ぐのだ」

「仰せのままに」

 テセウスもまた闇の中に消える。

「わざとここの情報を流しデューレンの小娘をおびき寄せ殺す手はずであったが」

 黒魔導士は独白する。

「ファストロムの小僧の方が来るとはな。まあよい。図に乗ったやつに底知れぬ闇の力を教えてやろう」

 暗闇に虚ろな哄笑が響き渡るのだった。


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