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灰の大陸  作者: 森木冬二
見えざる脅威
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突然の来訪者

長すぎたようなので分割しました

「おいコラ起きろ! このクソ忙しいときにいつまで寝てやがるんだ!」

 がらくたが壊れるようなけたたましく不快な大声でロビンは目を覚ました。

「た、助けてくれ。命だけは……」

「なに寝ぼけてやがる。さっさと下に降りてこい。仕事は山ほどあるぞ」

 そういうと、どしどしと巨体を揺らしながらモスのオヤジは部屋を出ていった。

 それでもロビンは今自分が旅籠の屋根裏部屋にいることを、しばらく思い出せなかった。それというのもさっきまで見ていた夢があまりに鮮明でまるで現実のように思えたからだ。

 ロビンはまだ身震いが止まらなかった。

 あれほど恐ろしい夢を少年は見たことがなかった。あの灼熱した瞳を今でもはっきり思い出せる。

 できればもう一眠りして悪夢を消し去りたい。だが、オヤジのあの様子ではそれは無理のようだった。


 ロビンが急いで身支度を整え降りていくと、まだ陽も沈んでいないのに、酒場はすでに大盛況だった。

「おう、ようやく来たか。とりあえずこの料理をあそこの席に運んでくれ」

 厨房の奥からオヤジのがなり声が聞こえてくる。

 本当にその日は忙しかった。客席と厨房を目まぐるしく行き来し、ようやく一息つけたときはすでに深夜になっていた。

「いったい、最近はどうなってんだよ」 

 厨房にもたれながらロビンはポーラに向かってぼやく。

 ポーラはロビンより以前からここで働いている中年女で、少し口やかましいが気立てはいいので、ロビンは彼女のことが好きだった。

「特に何かあるわけでもないのに客足が絶えないじゃないか」

 客が増えればここの経営者であるオヤジは大喜びだが、ずっと住み込みで働いているロビンには大して恩恵もないのだ。

「そのことなんだけどねえ」

 ポーラが明るい彼女にしては珍しく不安げな表情をする。

「北から難民が押し寄せてきてるらしいんだよ」

「北っていうとガレリアとの国境のあたりかい? なんかあったのか?」

「まったく、あんたは相変わらず世間知らずだねえ。最近ガレリアとの衝突が相次いでいて、近々大規模な戦争に突入するんじゃないかって噂なんだよ」

「そりゃ、嫌な話だな……」

「近ごろはそれに加えて、どういうわけか野盗の類が増えてるっていうし。おまけに、こんなときだってのに王様はご病気だしで、いったいこの国もどうなるのかねえ……」

 ポーラは身も心も疲れ切った様子で長い溜息をついた。

「ところで」

 ロビンは話題を切り替える。さっきから気になっていたことがあるのだ。

「あの奥の席にいる男、ありゃ一体何だい?」

 酒場の一番奥、照明もろくに届かない薄暗い席にずっと座ったままの客がいるのだ。

「さあ、こっちが知りたいよ。ろくに注文もしないし迷惑だねえ」

 迷惑も何ももう閉店だ。いい加減引き取ってもらわないと後片付けもできない。

 あまり気は進まなかったがロビンは男のところに向かった。


 近づいてみると男は意外と若かった。

 せいぜい二十代の後半だろう。

 長めのとび色の髪に面長で色白の端正といってもいい顔立ちだ。

 だが、さらに目を引くのはその装いで甲冑を着こみ腰には長剣を帯びていた。

「なあ、おじさん。悪いんだけど、もう店じまいなんだ。そろそろ引き取ってくれないかな」

「ふむ、君はこの酒場の給仕か?」

「見ての通りだけど」

「名は?」

「ロビン」

「ロビン……。本名はロバートか?」

「いや、そんなことどうでもいいから、早く店から出てくれ」

 ロビンは男の無礼な態度にいら立った声を上げたが彼はお構いなしだった。

「すまないが君のご両親と話がしたい」

「両親はいない。この旅籠に住み込みで働いてる」

「ならば、旅籠の主人に会いたい」

 それっきり男――おそらく騎士か何かなのだろう――は黙りこくってしまう。

 仕方なくロビンはモスを呼びに行くのだった。


 ロビンが事情を話すとモスは憤慨し、足音荒く騎士のもとに向かっていった。

 ロビンは内心気が気でなかった。

 モスは見た目通り短気でけんかっ早いのだ。

 これまでも無礼な客と殴り合いになったことが何度かある。

 だが、今度の相手はただの酔っ払いなどとは違う。流血沙汰にならなければいいのだが。

 ロビンは事の成り行きをはらはらしながら見守っていたが、男はかなりの剣幕のオヤジに対してもあくまで静かに応じるだけで、何も起こらない。

 何事か話す騎士に対して当初うさん臭げな様子できいていたが、やがてその表情は驚きに変わり、最後は何と笑顔に変化した。

「おーい、ロビンちょっとこっちへ来なさい。この方がお前に話があるそうだ」

 ロビンは嫌な予感がした。オヤジがこのように上機嫌で話しかけるときはろくなことがない。

だが、応じないわけにはいかなかった。

「……なんだよ」

「今、モス氏とも話していたところなのだが、実は君に王都までわたしと来てほしいのだ」

 あまりに唐突な話でロビンは驚きを隠せなかった。


 実のところロビンはこの町から出たことがほとんどなかった。

 よって、突然とはいえ王都行きの話にまったく興味がなかったかといえば嘘になる。

「て、ことはオヤジの許可はとってあるのか。でも、その内容次第だな。いったい王都に何しに行くんだ?」

 ロビンの質問は当然のものだったが、意外なことに騎士は首を横に振った。

「悪いがそれには答えられない」

「なんだよそれ……。じゃあ、ここにはいつ帰れるんだ?」

「それは何とも言えない。状況次第だ」

「ちょっと待ってくれよ。それじゃおれはあんたと一緒に理由も知らされずに王都に行って、しかも二度とここには戻れないかもしれないっていうのか!?」

「嫌かね」

「当然だ!」

 ロビンは断固としていった。

 だいたいこの騎士の態度からして気にくわなかった。誰がこんな男に従うものか。

「あー、悪いがロビン」

 ここでオヤジが口を開く。妙に歯切れが悪い態度にロビンの不安が高まる。

「お前にはこの方とともにリブロンに行ってもらう。もう約束したんでね」

「なんだよ約束って。そんなバカな話あるかよ」

 このときロビンはオヤジがその巨体に似合わず、何かをさっと後ろに隠したのを見つけてしまった。

 ロビンは素早くオヤジの背後に回り、後ろ手に持っていた袋を奪い取る。

「な、なんだこれ、金貨じゃないか!」

 ロビンの嫌な予感は現実となりつつあるようだった。

「オヤジ、まさかこれでおれをこいつに売ったのか? こんな得体のしれない男に!」

「いや、この方の身元は確かだ。モースタン殿といってだな、立派な王国騎士だ」

「そんなことはどうでもいい。この金はなんだよ!?」

「あー、つまり営業補償金というやつだ。この繁忙期にお前がここを抜けることのな」

「んなわけあるか。これだけの金貨があったらこの旅籠が丸々買えちまうよ!」

 ここでロビンはハタと気づいた。

「まさか、オヤジ……」

 モスは情けなく笑った。

「ああ、実はおれは借金まみれでな。今すぐまとまった金がないとこの旅籠を手放さないといかん」

 旅籠の経営が厳しいことはロビンも薄々気づいていた。そうでなかったら誰がこんな夜中まで働くだろう。

「そうなったら親子で路頭に迷うことになっちまう。おれはともかく、娘がなんとも不憫でな……」

 モスにはネルという娘がいる。

 勝ち気で生意気でロビンは苦手だったが、早くに妻を亡くしたモスにとっては唯一の家族で、目に入れても痛くないほどかわいがっていた。

「そういうわけだ。ロビン、お前にとっては不本意だろうが、どうかおれたちを救うと思ってこの人と王都に行ってくれ。頼む!」

 そういって驚くべきことにモスはロビンに向かって頭を下げたのだった。

 モスは人使いの荒い主人だった。それでも、五歳のときにこの酒場の前に捨てられていたロビンを拾ってこれまで面倒を見てくれた恩人でもある。

「……わかったよ、オヤジ」

「すまん、恩に着る」

「ふむ」

 ここでこれまで黙って話を聞いていた騎士モースタンが再び口を開く。

「話がついたようで何よりだ。では、ロビン今夜はもう休んでくれ。明日の朝は早い」

「おい、待てよ」

 これも寝耳に水だった。

「まさか、明日の朝出発するってのか?」

「そうだ」

「せめて町の人や友人に挨拶をさせてくれ。次はいつ会えるかわからないし……」

「それは無理だ。ことは一刻を争う。早急に王都に立たねばならない」

 どうやらこの男とは話しても無駄なようだった。

「はいはい、わかったよ!」

 憤慨したロビンは足音荒く自室へ向かうのだった。


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