御前試合
熱狂のただなかにある競技場で、ダークは困惑していた。
仕官しに王都へ出てきたものの、まるで勝手がわからない。
とりあえず、人の流れに乗ってみると武芸会の真っ最中の競技場にたどり着き、観衆がひしめき合ってろくに身動きもとれなくなってしまったのだ。
「おい、そこの小僧」
ふいに何者かに呼び掛けられる。
周囲を見ても小僧と呼べるような者はいないので、やはり自分に向けたものなのだろう。
「そんなとこに突っ立ってると邪魔だ。とりあえずこっちに来て座れよ」
ダークの背後の席にどっしりと座った大柄な男が手招きしている。
「早くしろよ」
逡巡しているダークに男は少しいらだった声を出す。
やむなくダークはそちらに向かった。
「小僧、名前は? どっから来た?」
男は自分の隣の席を空けながらダークに尋ねる。
すし詰め状態にもかかわらず、席を空ける余裕があるのは、男がその巨体を生かしかなりの余分に席を占有していたからだが、そのいかつい風貌故に周囲からの文句はなかったようだ。
「ダーク。ノーウッドの森から来た」
「ノーウッドってとアデリアの近郊か。その身なりと合わせて考えると狩人だな」
「ああ。そういうあんたは何者なんだ」
聞きながらもダークには大体予想はついた。
この巨体に褐色の肌、言葉に混じるなまり、ほぼ確実に南の大陸から来た傭兵だ。
「おれはモグレブから来た傭兵のファルークだ。よろしくな」
「こちらこそよろしく」
このファルークという男、言動はがさつだが気は悪くない人間のようだ。
せっかくなのでダークは気になっている点を聞いてみることにした。
「なあ、この騒ぎは何なんだ?」
「そんなことも知らないとは、さてはお前、お上りさんだな。これは武芸大会だ。王太子の旅の門出を祝うためのな」
「へえ、最近旅に出るのがはやってんだな」
ダークはある友人のことを思い出していた。
彼はアデリアの町に住んでいたが、最近ふいに王都から来たという立派な騎士と、いずこともしれず旅だってしまったというのだ。
どういう事情かは知らないが、友人である自分に何の別れの言葉もなく行ってしまったことにダークは少し腹を立てていた。
「そういや、あんたはこの試合に出ないのか」
これは純粋に疑問だった。
ファルークはいかにも屈強な戦士で、こんなところで黙って試合を見ているような人間とは思えない。
「出たさ。だが負けた。真剣勝負ならともかく、どうもこういうお祭りは苦手だ」
「おっと、おしゃべりはこれまでだ。決勝が始まるぞ」
今や最高潮となった歓声に、ファルークは言葉を切って前のめりになる。
ダークもそれにならおうとしたが、悲しいかな少々身長が足らず、前の人間の頭が邪魔でよく見えない。
そこで彼は席の上に立つことにした。後ろから非難の声が聞こえたが無視だ。
競技場の中心では甲冑を着た二人の男が対峙している。
一人はファルークに負けず劣らずの大男。もう一人は均整の取れた長身の男だ。
その恰好や動作からするに二人とも王国騎士らしい。
「あのでかいのはミラン、もう一人のそこそこ美男のやつはローレンてんだ」
ファルークが選手を紹介してくれる。
闘いが始まった。
先に仕掛けたのはミランだ。長剣を両手で持って激しく打ちかかる。
ローレンの方は優雅な動作でそれを受け流す。
そしてそのままがら空きとなった大男の左わきに切りかかる。流れるような動きだ。
だが意外にも機敏な動きでミランはその斬撃を防いだ。
大男の騎士は見た目通り力に優れるが、技の方もかなりの水準にあるようだ。
激しい剣戟はその後しばらく続いた。
一貫してミランが激しく攻め立て、ローレンはそれを受け流しながら、隙を見て攻撃を行う恰好だ。
しかし、ミランにはその激烈な攻撃の割には意外と隙がなく、ローレンは相手に効果的な打撃を与えられずにいた。
それはミランの側も同じであったが、闘いが長引くにつれ、徐々に体力の差が現れ始め、ローレンの動きが鈍くなってきたのがダークにもわかった。
不利を悟ったのか、ここでローレンが守勢を捨て一挙に攻勢に出た。
今までの舞うような優雅な動きとは打って変わり、獰猛に相手を攻め立てる。
しかし、ミランはそれすらもギリギリのところでかわしていく。
強烈な突きを放ったところで、ローレンはわずかに体勢を崩した。
ミランはそれを見逃さず、身を少しかがめ自身の剣をすくい上げるように振り抜く。
この一撃でローレンの長剣は彼の手から弾き飛ばされ、競技場の乾いた地面に突き刺さった。
「あー、やっぱりこうなったか。あともう一歩なんだがな」
割れるような歓声に負けじとファルークが声を張り上げる。
「あんた、あの騎士の知り合いなのか?」
「あのローレンとはまあ、腐れ縁ってやつだ。あいつを倒したミランは、腕は立つがクソまじめでつまらん男だ」
そのミランは今、競技場の貴賓席に進み出て、そこに座る人物から何か声をかけられているようだが、ダークのいるところからは遠すぎてよく見えない。
「あの一番立派な席に座ってミランのやつにお褒めの声をかけてやってるのはコンスタンス内親王、この国の第一王女だ」
「王女? 普通そういうのは年長の王子の方がやるもんじゃないのか」
身の丈に不釣り合いな大きく豪勢な椅子に座っている人物はまだ幼く、せいぜい十歳程度にしか見えない。
「あー、セス王子なら旅の準備で忙しいんだろう。たぶんな」
「そんなことよりもダークとやら、お前この王都に何か用があってきたんだろう」
つい試合に夢中になって失念していた。
そう、ダークは祖父の願いを受けて、王軍に加わるためにはるばるこのリブロンまでやってきたのだ。
彼がその話をすると、ファルークは親切にも王城への行き方と募兵係の居場所を教えてくれた。
ダークは素直に礼を言ってそちらへ向かうのだった。




