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愛さない魔女の話  作者: もふ羊
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 それから一月と経たぬうちに、東の大国エウダージュでは歴史の一頁に残る、ひとつの事件が起きた。

 国王が、突如現れたかつての先王子の手により討ち取られたのだ。

 更に、現れた反乱軍は全くもって防御の裏をかき、加えて突然主要都市を襲った濃霧に火災に竜巻に大水、あらゆる災害により大きな混乱が生じ、国軍は全く機能しなかった。その大規模な天災がもたらしたはずの痕跡が、騒動の収束時には僅かも見出だせず、死者すら幻にすぎなかったことは大いに驚きを呼んだ。

 また同調した反政府派により、残っていた国王派もまた壊滅に追い込まれた。元より略奪王に大した忠誠を抱いていなかった大多数の人間は、帰還を果たした正当なる王位継承者を、諸手を挙げて歓迎し、暴政に不満を抱き、先王の良き治世を懐かしんでいた国民は歓喜に満たされたのであった。

 早速国政の洗い直しと、大がかりな粛清を行なった第17代国王ジルファン・ロンデミラン・エウダージュは、見事な手腕で腐敗を除き、荒んだ国を立て直していった。

 新王は、かつて悪王に疎まれ、日陰に追いやられていた良臣たちを元の位に戻した。また身分を問わず有能な者を採用し、未来を担う政治家を養成するために国立の学院まで設けたのである。

 国を想う臣下の力添えの甲斐あり、エウダージュ国はものの2年で見違えるほどの繁栄を取り戻したのだった。

 そして政才に恵まれたその王の背後に、名高き沈黙の魔女の助言と力添えがあったことは周知の事実である。知名度の割にその姿を見た者が少ないことから、伝説扱いとされる明けの森の沈黙の魔女。

 王自ら魔女と会い、また契約者となったことは、国民に良い印象を抱かせることの一因となったのであった。


***


「いつ来てもここは物寂しい処だ」


 既に声だけで分かるようになった人物へ、白い魔女は深い嘆息をもらした。


「既に契約は履行された。貴方は目的を果たしたはず」

「ああ。お前には本当に世話になった。お陰で国は生き返った」

「貴方の能力ありきのものだろう。責任ある立場となったのだ。油を売っている暇はないはずだが」

「心配いらん。優秀な部下たちがうまく回している。俺がどこにいるかも皆知っている」

「・・・何故森はこの男を拒まないのだ」


 今まで森が一度通したものを再び通すことは、そうなかったのである。森はまこと気紛れである。

 そもそも一度訪れたものが二度訪れる気になることさえ稀である。大抵の人間は、この美しくも恐ろしい森に再び歩み入ることを尻込みするのだ。

 ただでさえ複雑な樹海であり、一日二日で通り抜けることは不可能である。魔女でさえ、考えなしに歩けば迷わずにいられない。

 それなのに、この男は常にたったの3日で魔女の元へ辿り着くのだ。

 魔女は森の声を聞く。故にいつ男が森に入ったのか分かるのだ。この男に対する疑問は魔女の内で密かに膨れ上がっていた。


「さっき何か言ったか?」


 勝手に棚を漁っていた男が振り向いたが、魔女は見事に無視した。


「なあ。沈黙の魔女、俺は全ての望みを果たした訳ではないぞ」

「人の欲に際限はない。人が望みの全てを叶えていれば世は混沌に沈む。我慢を知らぬのか」

「知っている。だからこそ毎日毎夜お前の処にいたいのを我慢して、政務に励んでいるのだ」


 魔女は訪れる度に同じことを繰り返す男に、大層辟易していた。

 男は理解しない。男は魔女ではない。故に理解できないのだ。


「そろそろ観念して俺の女になれ」


 魔女は静かに目を閉じた。男は腕を組み、窓辺の魔女を見下ろした。男は、魔女の白い肌が青ざめて見えるのは食事が足りないせいだ、と胸の内で呟いた。


 やがて、微かに嘲りを含んだ声が、男に向けられた。


「私の名も見出だせぬというのに、若造が寝言を語るな」

「なんだ、お前の名を当てれば俺の望みを叶えるか」

「いいや。魔女は森から出ない。それは不変のこと」

「相変わらず頑固だなー」

「貴方がどうしようもなく愚かなだけだろう」


 魔女はどこまでも素っ気なく告げた。

 男は知らないのだ。知らないから愚かな言葉を語り続けるのだ。

 だが魔女は教えてやる気もなかった。魔女が森を出ない理由など。


「どうすれば俺の女になる」

「たとえ天が地に墜ちようとも絶対に、絶対に有り得ない。諦めろ」

「嫌だ」

「王が魔女に現を抜かすようではいずれ民の信を失う」

「お前以外の女が目に入らないから仕方ない」


 男は足音立てずに、魔女の前に膝をついた。そうしてから手を伸ばし、魔女に触れた。

 魔女はようやく目蓋を上げた。

 魔女のすぐ側に男の端整な顔がある。深い青の瞳が真摯に魔女を見つめている。

 魔女は、情のない夕映えの瞳に男を映した。


「沈黙の魔女よ。お前を枷から救う方法はないのか」

「沈黙の魔女は自ら望んで魔女となった」

「俺が600年早く生まれていれば、そうすればお前が魔女になる前に、お前を手にしていた」

「仮定論は無意味だ。エウダージュ王」

「ジルファンだ。名を呼んでくれ」


 冷淡な眼差しを変えない魔女の顔を覗き込むと、男は魔女の頬に手を添えて顔を近付け、魔女の唇に接吻した。


「俺はお前を愛している。お前もそうだと信じている」


 魔女は口付けを拒まなかった。怒りも照れもなく、ただ人形のように男を冷たく見続けた。


「哀れな」


 ただそう一言告げると、魔女は男の手を退けた。


「宰相がお前の帰りを待ちわびている」

「沈黙の魔女」

「送ってやる。帰れ。そして二度と来るな。私は珍しく、貴方に期待しているのだ」

「沈黙の魔女・・・?」

「今、貴方に告げよう。私が求める契約の代価は、貴方が良き王で在り続けること。破れば貴方は天寿を全うすることなく、苦しみと激痛のうちに、まさにその時に死ぬ」

「待て・・・」

「貴方が、見続けた夢から醒めるように」


 魔女が男の額に手を置くと、そこから虹色の光が生まれた。

 魔女は強い力に抗うように眉を顰めた男へ口付けると、瞑目し低く詞を囁いた。

 そして、魔女が再び開眼した時には、男の姿は消えていた。


 それから夏が過ぎ、秋を経て冬。半年が過ぎた。


 その間、男が顔を見せることは一度さえもなかった。

 何故なら、魔女がそう望んだからであり、森は魔女の意志を尊重した。


 静の湖の傍の高い塔。そこに、再び静寂が訪れた。

 しんしんと積もり積もる雪は、音をそっくりくるみ込む。

 魔女と、森。森に生きるものたち。外界の干渉なく静かに流れる時。

 既に何百年も続く、変わらぬ時間。

 魔女は日々を緩やかに過ごし、時には森へ入り、雪の上を気ままに歩き、そして塔ではたまに訪れるものたちに、各々が求めるものを与える。

 それはバンシーや吸血鬼、人狼やケンタウロス。ちいさなネズミか、はたまた獅子か。

 人在らざるものであったり、森に棲む害のなき獣たちであったりした。

 元より魔女の客は人外のものが多数を占める。魔の森に対し人間は異質すぎ、また脆い。しかし魔のものたちや獣たちは異なるのだ。


 魔女は己もまた既に人在らざるものであることを理解していた。明けの森に住まう沈黙の魔女となったその時から人ではなくなったのだ。

 人間を人間とさせるものは何であろうか。

 魔女は確かに生まれた時人間であった。魔力が老いを抑えた身体は今も人の姿であり、痛みも感じれば血も流す。

 不死でもなければ、病にも冒される。年を取るに時間がかかることと、食事が僅かで済むことを除けばただの人である。

 それでも魔女は知っていた。自らがもはや人間ではないことを。その魂が世のすべてから隔絶されていることを。



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