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年々歳々

作者: 天野 進志

 年々歳々


 毎年正月二日には、親戚の叔父さんの家に行き、新年の挨拶、顔合わせをしている。

 年毎に顔ぶれは多少変わるが、決まった顔もある。いつも集まるこの家の主人ー叔父さんは当然その一人だ。

 数年前から体の調子が悪く、ベッドの上から年明けの挨拶をするようになっていたが、それでも食事や抹茶を飲むときなどは、ベッドから降りていたものだった。

 だが、今年は一度もベッドから降りなかった。

 年は年なんだろうと思いつつも、何故か腑に落ちない思いで帰途についた。

 その車の中、みんな変わっていくのだなぁと思った時、ぽっと浮かんできた言葉があった。


 『年々歳々 花相似はなあいにたり 歳々年々 人同じからず』


 そう言うことか。

 ストンと、この言葉が腑に落ちた。


 中学生の頃、私はこの文句を観察眼のない者の言葉だと思っていた。

 例えば朝顔のように一つの種から咲いた花でも大きさ、形、色が微妙に違い同じものはない。年が違えばなおさらだ。

 それに比べて人は古から現代まで同じ事を繰り返している。

 むしろ、『人 相似たり 花 同じからず』ではないかと。

 都合のいい解釈である。花という個別のものと歴史の流れというまったく違う物を同列に並べ、得意になって批判していたのだ。

 しかし今年の正月、叔父さんの姿を見た時のあの感じは、まさに年々歳々の文句そのものだった。

 数年前は元気でいたのに、今年は起きているのが精一杯と言う様だった。

 ほかに顔を合わせた人たちも、そう言えば全て違ってきている。

 人は確かに同じではない。年は人を変える。

 あぁ、『人 同じからず』は、こういう事か。

 私はようやくこの文句の意味が、身にしみて分かった。

 年月というものは、日々その重さを感じさせないが、こうして積み重なると重くなるのだ。

 私の人生の重さは、どれ程なのだろうか。

 毎日を軽く生きていないだろうか。

 家に着いた時、私は人生を積み重ねてきた叔父さんを、思い浮かべた。

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