いち
ちょっと不機嫌になりながら、風呂からフィレスが戻ってくる。
タオルを肩から外し、なにやらこちらをジィっと見つめている。
どうせ風呂に入りながら、変なことでも思いついたんだろう。
相手にしないことが一番と無視する。
「レーナ、俺...重要なことに気がついた...」
名前を呼ばれてしまったなら、無視するわけにはいかないではないか...と、ちらり視線を移す。
「俺、レーナから『好き』とか言われたことないっ!」
2ヶ月もかかってお屋敷は修復された。
フィレスは鼻にしわを寄せて、ちょっと不機嫌にしていたけど...。
壁紙だって絨毯だってぜ~~んぶ張り替えた、けどどうやらまだ侵入した獣人臭いらしい。
鼻がいいのも考えものね。
まぁ私としては、無事に屋敷に戻って来れてホッとした!
根付いちゃったなぁって思う。
最初は仮の宿だったんだけどぁ...。
な~んて、現実逃避しながら「あっそ、よろしゅうございました」と返事をして本を閉じ、寝室に移動する。
「レーナぁ~!」
情けない声が聞こえてきたけど、そんなの知らん!
意地になってるのか性格なのか、自分からそんなこと恥ずかしくて言えない。
「好き」だとか簡単に言えるあんたが普通じゃないんだ...絶対。
想像だけで恥ずかしくなって赤くなった頬をおおいながら、さっさとベッドに潜り込む。
だいたい嫌いな人に毎晩体を許すほど、私は腐っちゃいないっ!
いそいそと隣に入ってくるフィレスに背を向けて拒絶してやる。
そんな拒絶、どってことないもんね~と抱きしめてくるフィレスの体温は、私より温かくて肩の力が抜ける。
「レーナ、キスしようよ」と言うフィレスにそっとキスを返した。
「じゃ、レーナ...行ってくる」
朝からフィレスは行きたくないとグズグズしてる。
「はぁい、遅刻するから!
いってらっしゃいっ!」
ベタベタするフィレスを玄関までどうにか連れ出して、グズグズするのも構わず馬に乗らせる。
ビシッと隊長服を着こなしているのに、口を開くとガッカリ感が半端ない。
鍛錬所でキャアキャア言われてるのが幻かと思うよ。
ほら、門から出ていくあの姿。
遠目で見ると黒い軍服が雰囲気に相まってかっこいいのに...。
「レーナ様、今日はいかがなさいますか」
隣で一緒に見送っていたメンフィスが声をかけてくる。
「今日は王城と城下で花祭りでしょう?
それを見に行こうかと思ってるの」
「それではリリーをつけましょう」
「平気よ、みんな忙しいでしょう?
大通りからは出ないわ」
「お一人では危険です。
フィレス様に叱られてしまいますので、護衛にリリーをつけないのなら外出はご遠慮願います」
獣人に襲われてフィレスは私に護衛を付けることにした。
「私はどこぞのお嬢様だ!」と言ったけど「俺が安心する!」とか「つけなきゃ毎日仕事場に連れてく」とか断言されて、押し切られてしまった。
リリーは元々隣国の軍隊所属だったんだけど、上司と大喧嘩してぶん殴って辞めたらしい。
機密に関わるからと他の軍には勤めないみたいで、フィレスが「人材的にちょうどいい」と言って雇った。
「はぁい、わかりましたぁ~」
渋々メンフィスに合意する。
セルジュの香りのせいで、メンフィスにはめちゃくちゃ迷惑をかけてしまった。
料理人のガルガリは「いつもキッチリされているメンフィス様が、無精ひげを生やしたままイライラとお仕事をする姿は、見ているこちらがいたたまれませんでした」と語っていた。
あれ以来、頭が上がらない。
「レーナ様~~!
そろそろよろしいですかぁ~~!!」
陽気なリリーの声がドアの外から聞こえてきた。
「は~~い!
今行きます~~!」
初めての花祭り、とても楽しみだ




