第8話 「黄金週間:進路」
Side.阿倍圭一
「よう、圭一。まってだぞ」
五月三日。
自分の誕生日であるこの日、俺は幼馴染である雷也の自宅に招かれた。
「待ってたぞ……って、一応今日俺誕生日だぞ?」
そう言ってぼやいてみるが、それがこいつの届くとも思わない。
「あ、圭ちゃんいらっしゃい。誕生日なのに、わざわざごめんね」
と、玄関から見える位置にあるリビングのドアを開け、ひょっこりと風音さんが顔を出す。
「あ、いえ。別に家にいても特にやることないんで、構いません」
「うん。あ、ちょっと待ってて」
そう言って風音さんは奥へと引っ込んでいった。
「……なんか今日の風音さん楽しそうだな」
誰へともなくつぶやいた独り言。
しかし、近くにいた雷也には聞こえたのだろう。押し殺しら笑い声が聞こえた。
「なんだよ? なんかあんのかよ」
「いや、別に」
そう言った雷也は、何かを隠していそうな含みのある笑みをただ浮かべるだけだった。
「まあ、いいや。勝手に上がらせてもらうぞ」
靴を脱ぎ、家の中へと侵入する。
幼いころから我が家同然に入ったことのあるこの家だ。別に今更これといって気を使う必要もない。
俺はなにげなく、ここに来たときの俺の定位置に腰を下ろした。
「ったく、人ん家なんだから勝手に入るなって」
雷也がそう言いながらリビングに入ってくるが、その顔に怒りは感じられない。
もっとも、お互いにお互いの家の合鍵を持っているレベルなので今更どうってことはないのだが……。
「それよりも、だ」
と、唐突に雷也が真剣層にそう言った。
「これをお前に渡さないといけない」
そう言って差し出された大きめの茶封筒には阿倍圭一様と書かれた受取人の名と、その下に第七魔法高等学校付属中学校と書かれていた。
「こないだ学校に言ったときにお前に渡すように言われて渡されたんだが、あえて今日この日まで放置しておいた」
そう言って雷也は中を見るように促してくる。
中身は、主に入学に関する書類、それに編入試験の日程が書かれた紙が入っていた。
「まあ、あの学校に入るためにも一応試験があるからな。といっても、簡単な魔法適性のチェックだから適性さえあれば簡単に入学できるぞ。高等部と違ってな」
雷也のその言葉を聞きながら、再び日程表を見る。
確かに、裂かれている時間はそんなに長くはない。むしろ短いと言ってもいい。
「まあ、わかったよ。で、この在校生からの推薦の場合って推薦人も一緒に参加するって書いてあるけど、これは雷也が参加すんの?」
そう雷也に訊いたが、答えは別のところから帰ってきた。
「え? 私だけど」
とはいってもこの家の中には他に風音さんしかいない。
その風音さんはキッチンから顔を出し、そう言った。
そして、その風音さんが推薦人ということになっているのだ。
「私一応生徒会の副会長ですから。遣りたくてやってるわけじゃないけど、今それは置いておくとして、実技の成績は二学年トップの私が推薦すれば少しは期待されるって」
いや、期待されたらハードルが上がって、落ちる可能性が上がるんじゃ……という言葉を飲み込む。
そのことを表情から察したのか、雷也が俺にそっと耳打ちをしてきた。
「大丈夫だって。在校生からの推薦なら、体内の魔力総量と軽く魔法使うだけだから大丈夫だって。<グラビティ・フェター>とか言う拘束魔法使えってわけじゃないんだから」
なら安心だな。
まあ、こいつの前で<グラビティ・フェター>を使って記憶はないが、主に風音さんが行ったんだろうな。あの時一緒にグレアムの野郎を拘束したんだし。
「あ、今お茶持っていくから」
なんだろう。すごく不安を感じる。
何事もそつなくこなす風音さんだが一つだけ欠点がある。
それは家事……。
と、悪い予感というものはあたるもので、風音さんは床にあるコードを踏んでバランスを崩した。
地面に倒れそうな風音さんと、重力に従い、こぼれてゆく紅茶。
俺はとっさに叫んでいた。
「全てを支える大地を作る、世界の番人よ。かの者を縛る枷なれ。<グラビティ・フェター>!」
そして、風音先輩の身体はバランスを崩し、落下しているそのままの姿勢で固定された。
すぐさま駆け寄って、魔法を解除。そして、支えながら起こしてあげる。
「ありがとね、圭ちゃん」
そう言って笑う風音さんの笑顔が、なんだかとてもかわいく見えた水曜日の午後であった。
皆さま、あけましておめでとうございます。
ほかの更新分を先に読んだ方には少しくどいかもしれませんね。
しかし、私が皆様の読む順番は操れません。
致し方のないことと、なにとぞご理解ください。
さて今回のお話は、この話だと本編初登場になる圭ちゃんです。
まあ、こっちの話にはあまりかかわってこないキャラなんですけどね……
まあ、それはさておき、本日はこのあたりで筆を置かせていただきます。