第五話 気づいた話
第五話
小学校へ入学していくらか季節が巡り、私は小学4年生になった。10歳という人生の節目に、魔界を訪れてみることになった。両親からの話で聞いていたが、実際、どのようなところなのかは想像がつかない。頭に思い浮かべるのは、前世で見た本や映画の風景。少なくとも、荒れ果てていることはないだろう。
そもそも、魔法が使える人間(正確には人間ではないっぽい)はどれくらいいるのだろうか。知識として歴史的背景などは学んだが、やはり現実離れし過ぎているため、ワクワクとちょっとの恐怖心が私の心を染めていく。
「まず、俺のそばを離れないこと!それと、人に無闇に話しかけないこと。……魔法使いは気難しい奴が多いからな。トラブルに巻き込まれたら――」
私に注意事項を伝える父は、いつにも増して真剣な様子。家族以外に魔法が使える人と関わったことがないからわからなかったが、魔法使い、もとい魔術師ってそんなに酷いものなのか?まぁ、どの作品にもそういった難癖のあるキャラクターは登場するものだけども。
「じゃあ、行くぞ。いいか、もっかい確認するけどな――」
「……わかってますから、父さん。」
「お、おう。ならいいんだが……」
まったく。過保護にも程があるだろう。今からジャングルにでも向かうのか?ってくらいだよ。……もしかしたら、魔法界が本当にジャングルみたいだって可能性も捨てきれないけど。本で読んだ限りは、そんなことなかったはずだ……と信じたい。
そんなことを考えながら、家の外へ出る。そこには、庭の手入れをしていた母さんがいた。
「ミラ!いってくる!」
「行ってらっしゃい、ゴウにルリ。」
父さんが地面に魔法陣を展開する。使う時に魔法陣を要する魔法は、大掛かりなものか、果てしなく術式が多いものしかない。おそらく、今回は後者。
「転移魔法!」
父さんがそう唱えた瞬間、辺りに眩い光が散り、やがて、私の視界を白に染め上げた。思わず目を閉じる。隣にいるはずの父の暖かさが感じられず、一瞬、恐怖を覚えた。
新しいことに挑戦をするのは、どれだけ人生経験を積んだとしても、とても勇気のいる行動だった。そこを乗り越えた先にこそ輝かしい未来が――なんて熱血論がずっと嫌いだった。ただでさえキャパシティは限界なのに、これ以上詰め込んでどうするのか。そもそも、そんな一欠片の勇気なんかで、将来が約束されてたまるもんか、と。実際、様々なことに手を伸ばせば伸ばすほど、面倒ごとは増えていく。それなのに、変化を望むのは馬鹿げている。そう思っていた。
変化を求めず、波風立たない私の生活は、私にとっての理想だった。だが、最善ではなかった。気づかないうちに、面白みに欠けた生活を、それでもいい、いや、それがいいなんて風に、自分で自分に思い込ませていた。
挑戦、という言葉は文字通り、戦いに挑むことだ。その戦の結果がどうなるかは、その時には知る術がない。だから、覚悟が要る。どんな結果も受け入れるという確かな覚悟が。だから、勇気が要る。覚悟には責任が伴うから。その責任を他人に投げず、きちんと挑戦することができたのならば、結果はどうであれ、挑戦には成功したことになる。一度成功さえすれば、2回、3回と身を投げることができる。一度目で大きくハードルが下がったのか、自分が大きく成長したのか。そのうち、己が求めていた成功を掴むことができる。こうして、人々は人間的に成長し、社会へと羽ばたく大人となる。
今世に命を授かってから、考える時間が増えた。なにせ、暇だったのだ。だから、過去の自分の愚かさに気づいて、変わろうとした。だが、結局、変われてなんていなかった。きっと腐っても人間の本質は変わらないのだろう。『馬鹿は死んでも治らない』なんて言葉があるように、私は死んでも所詮私だったのだ。
でも、そんな恐怖は長くは続かなかった。
「ほら、もう目を開けていいぞ。」
恐る恐る、瞼を持ち上げる。視界の明るさが急に変わったことにより、霞んで見える。瞬きを数回することで、ようやく、ピントが合った。
「……!」
そこに広がっていたのは、普段私が過ごしている世界とそっくりな世界だった。ただ、違うところと言えば、見上げた先の空に、人が飛んでいるということくらいだろうか。
「はは、いつもならもっとにぎやかなんだが、今日は平日でね。」
「……人間界と魔法界では、暦が異なるとは知っていたけれど、変な感じです。」
「だろ?頻繁に行き来している俺も、よくこんがらがる。」
それは誇らしげに言うことではないのでは、と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、父について行く。確か、父は魔法界で働いているんだっけ。魔法使いなのに人間界に住んでいることから、人間界との窓口のような職をしているらしい。
それにしても、思っていたよりも魔法の主張が強くなくて驚いた。こういう場所は、店の商品やオブジェが宙に浮いていたり、勝手に動き出したりするものだと思っていたが、この世界では違うみたいだ。
はじめこそは恐怖心が勝っていたものの、しばらく歩きながら父の話を聞いていると、好奇心の方が大きくなっていった。そんな自分に気づいてハッとする。
確かに、今の私は、昔から何も変わっていない。だけど、確実に一歩は前に進んでいる。私は、私のまま、成長していけている。挑戦が怖いことも、安定を求めることも、何も悪いことではなかったのだ。人生ではただ、成長のステップアップを、一段ずつこなしていくことが大切だったのだ。過去の私は、それができていなかった。周りに流されるがままに、引っ張られていたせいで、大人になる前に、大きな壁にぶつかった。そしてその壁を壊すことも、飛び越えることもせず、その場で足踏みを続けていた。
そう思うと、幾分か足が軽くなる。だって、今の自分は、『自分で考えて自分なりのペースでやっている』と理解したからだ。きっとこうやって自分を俯瞰することがなかったから、どんなことをしても身に付けられなかったのだ。
魔法界に来た時とはまるで違う、明るい気持ちで歩いていると、とある建物の前で、父が足を止めた。
「ここが、今日魔法界に連れてきた目的さ。」
建物の入り口には魔法語で大きく『受付中』と書かれた紙が貼られていた。外見だけで言うと、まるで、公民館みたいだ。
「ようこそ、お越しくださいました。」
「ゴウ・セレーネだ。娘の魔力検査をお願いしたい。」
「!?と、父さん……?」
「はは、サプライズ、だよ。」
(いやどんなサプライズだよ!)
「受付が完了しました。奥の扉へお進みください。」
「ありがとうございます。……ほら、行くぞ。」
「あの、魔力検査って……」
「詳しくは受けた後に説明するから。大丈夫、難しいことはないさ。担当の職員に言われたことをすればいい。」
父が言うと説得力に欠ける。今から急に魔物を一人で討伐しろ、とか言われても驚かないくらいには疑っている。
……でも、こういうイベントって大体――。
「では、お子さんはこちらに。」
「行ってこい。」
「……はい。」
――大体、めっちゃすごい結果か本当にひどい結果かの二択なのでは!?
ものすごく緊張しながら、私はカーテンの向こうへと進んでいった。




