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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第52話 黒龍との戦い 終結

互いに、戦いの動きが変わっていた。

速さではなく、威力を重視した動きだ。


一撃一撃に、削り合ってきた時間の重さが乗っていた。

ヴェルダの領域はまだ生きていた。

ただ、さっきより薄くなっている。


俺が楔を打ち込んだ場所から、今も少しずつ漏れている。

それも完全には塞がっていなかった。

ただ俺の体も、厳しい状態ではなかった。

腕が重い。

骨が軋んだまま、元に戻っていなかった。

魔力を九割まで上げた反動が、じわじわと内側から来ていた。


外傷はない。ただ、魔力を出し続けることの消耗が、想定より早かった。

(それだけヴェルダが強いということだ)

それを認めながら、次の手を考えた。


ヴェルダが翼を動かした。

風が来た。岩が削れた。

地面が波打った。ただの風圧ではなかった。魔力が混じる。

翼の一振りが、それ自体一つの攻撃になっていた。

俺は足元の地脈に手を入れて、風圧を地面に逃がした。

地面が割れ、亀裂が走る。

ただ、俺は動かず立ち向かう。


ヴェルダが、また動いた。

今度は爪だ。

大地を抉るような一撃が、縦に来る。


俺は横に跳び、着地と同時に地脈から魔力を引き上げた。

足元に圧縮した力を溜めて、斜め上に向けて放った。

ヴェルダの顎に直撃して低い衝撃音が響いた。

ヴェルダの頭が、わずかに上を向く。


たった数センチだ。巨体からすれば、ほとんど動いていない。ただ——動かした。


初めて、まともに攻撃が通った感触があった。

ヴェルダが俺を見た。


「動きを読まれていたか」

「いえ、隙が見えたので狙いました」


ヴェルダがしばらく黙った。

金色の目の中に、何かが揺れていた。怒りではなかった。

俺にはまだ、それが何なのかわからない。

「分かった、我が力全てを以て答えよう」


ヴェルダが、深く息を吸った。

長い息だった。

周囲の魔力が、一気に収束し始めた。

領域の漏れが、逆に塞がっていく感覚があった。全部を一点に絞り込んでいる。

(全力だ)


直感でわかった。

次が来たら、障壁では足りない。

全力のブレスを受ければ、残らず砕けダメージを受ける。


ならば——正面から受けるのではなく、全力で押し返す。

俺も制限を外した。

九割。

それ以上は——村への影響を考えていた。

地脈が繋がっている以上、ここで全開にすれば、遠くまで波が届く。

薬草が枯れる程度では済まないかもしれない。

(ここで出さなきゃやられてしまう)


リナさんに怒られたら、謝ればいい。

ガイウスも全力を解放した。

空気が、爆ぜた。

足元の地面が、俺を中心に放射状に割れた。

周囲の岩が、触れていないのに砕けた。

遠くで山の稜線が、揺れた気がした。

ヴェルダが、止まった。

一瞬だけ、止まった。


その目が——細くなる。

怒りでも驚愕でもない、もっと深いところにある‥歓喜だ。


長い年月を生きてきた生き物の目が、今この瞬間だけ、何か別のものを見ていた。

「村への影響は避けられんが良いな?」

「後で謝ります」

ヴェルダが——笑った。


低く、深く、周囲の岩が共鳴した。

「農家なのでまたやり直せばいいです」


互いの魔力が、空気の中でぶつかっていた。

空気が軋む。

力を持たぬものがいれば、一瞬で崩壊するほどの密度。

押しても引いても、どちらも動かなかった。

ヴェルダが顎を上げ口内に熱が集まり始めた。


今まで蓄積してきたものの全部を、一点に絞り込んでいる。

鱗が全部赤くなり、喉が光る。

山の中腹の雪が一斉に蒸発し始める。

(来る!)


俺は両手を前に出した。

地脈から引き上げた魔力を、両手の前に集めた。圧縮する。


限界まで密度を上げた。岩でも鋼でもない、純粋な魔力の塊を、前に向けて構えた。

ブレスが来た。

視界が白く消える。


魔力の塊と、ヴェルダのブレスが、正面でぶつかり押し合っていた。

腕が燃えるように熱かった。

足元の地面が、圧力で沈んでいた。

身体強化しているはずの膝が折れそうになる。

(折れるな)


自分に言い聞かせる。

一秒が永遠のように長い。

二秒、三秒。

腕の感覚がなくなりかけた頃、ヴェルダのブレスが——薄れた。


一瞬だった。

その一瞬に、俺は全部の力を前に押し出した。

魔力の塊が、ブレスを押しのけて、前に進んだ。

ヴェルダの胸に、届く。


静かな衝撃だった。

爆発でも炸裂でもなかった。ただ、確かな一撃が、ヴェルダの中心を叩いた。


ヴェルダが、後退した。

一歩ではなかった。

二歩、三歩、引きずるような足音を立てながら、退いた。巨体が、地面を削りながら、止まった。


しばらく、どちらも動かなかった。

俺は両腕を下げた。やっと感覚が戻ってきた。


ひどく痛かった。腕の皮が、一部焦げていた。

ただ——お互い立っていた。


金色の目が、俺を見ていた。

さっきまでとは違う目だった。

長い時間、その目が俺を見ていた。

何かを確かめるような時間だった。


千年以上生きてきた生き物が、今この瞬間、何を考えるのか。


風が吹いた。

崩れた岩の粉塵が、流れて山が静かになった。

「……我の負けだ」

低い声だった。

静かで、短い言葉だった。

言い訳がなかった。悔しさも表に出なかった。ただ、事実として言った。


それがヴェルダらしかった。

俺は何も言わなかった。

言う必要がなかった。

「約束通り——お前に従う」とヴェルダが言った。

「従わなくていいですが」

「約束だ」

「そうですが——従うより、一緒にやってほしいです」

ヴェルダが俺を見た。


「一緒に」

「従う必要はないです。 ただ——北の土地を戻す作業を、一緒にやってほしい。 俺一人では、時間がかかりすぎるので」

ヴェルダがしばらく黙った。

長い沈黙だった。


「……農家らしい頼み方だな」

「農家なので」

「勝ったのに、従えと言わないのか」

「言う理由がないので」

ヴェルダが低く唸った。

それから——静かに言った。


「……わかった」

短い言葉だった。ただ、重かった。

千年以上一人でいた生き物が、初めて誰かと一緒にやると言った言葉の重さがあった。

「ありがとうございます」と俺は言った。

「礼を言うな」

「言います」

ヴェルダが「相変わらずだな」と低く言った。

その声に、笑いが混じっていた。


帰り道は長かった。

腕が痛かった。足も重かった。

ただ、足は動いた。

森を抜けると、空が広がった。

昼近くになっていた。


戦いが始まったのが夜明け前だったから、半日近く経っていた。

村の灯りが見えてきた頃、力が抜けその場に座り込んだ。

立てなかった。

しばらく、草の上に座っていた。

空を見た、青かった。

(終わった)


そう思ったら、急に疲れが来た。

戦っている間は来なかった疲れが、全部まとめて来た。

目を閉じた。

少し、このままでいようと思った。


「ガイウスさん」

声がした。

目を開けると目の前にリナがいた。


村の手前の草むらで、俺が座り込んでいるのを見つけて走ってきたのか、少し息が上がっていた。


「おかえり」とリナが言った。

「戻りました、ただいま」


「やっぱり‥怪我してる」

「少しですよ」

「少しじゃないでしょ、ほら腕」


「焦げただけです」

「焦げたって」

リナが俺の隣に座った。

膝の上に、薬草入りの布を持っていた。


待っていたのだ。いつ帰ってきてもいいように、準備して待っていた。


「勝ったの?」とリナが聞いた。

「勝ちました」

「ヴェルダは」

「一緒に色々やってくれると言っていました」

リナが「そっか」と言った。


それだけ言った。

それ以上は聞かなかった。

腕に、布を当ててくれた。冷たかった。

染みて痛かったが、ただその冷たさがちょうどよかった。


「縁側でエール、約束したよね」とリナが言った。

「してました」

「今日は無理そう?」

「今日は無理そうですね」


「明日は」

「明日は大丈夫です」

「じゃあ明日ね」

「そうしましょう」

リナが「よかった」と小さく言った。


それが何に対するよかったなのか、聞かなかった。

聞かなくてもわかった気がした。

二人でしばらく、草むらに座っていた。

風が吹いて、草が揺れた。


村の方向から、グラントのエールの仕込みの音が聞こえた。

マルクが何かを叫んでいた。レオとカナが言い合っている声がした。

いつも通りの村の音だった。


「帰ろうか」とリナが言った。

「そうしましょう」

立ち上がろうとした。

腕が痛くて、うまく起き上がれなかった。


リナが手を出した。

俺はその手を借りて、立った。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

リナが俺の腕に布を当てたまま、村の方向に向かって歩き始める。


俺もその隣を歩いた。

少し、足を引きずっていた。


それでも、歩けた。

後に回していたスローライフはやっと、再開できそうだ。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

これで黒龍編終わりとなります。

スローライフを謳っておきながら、

余りスローライフできてなかったのでこの後しばらくは、ガイウスなりのスローライフを書いていきたいと思います。


面白かった、続きが楽しみという方は是非評価とブックマークを頂けると幸いです。


ではまた本編で。

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