第49話 黒龍との決戦に向けて2
夕飯の席。 全員が揃ったところで、俺は皿を置いた。
「七日後に、ヴェルダと一騎打ちをします」
一瞬、食堂から音が消えた。
薪がはぜる音だけが、不自然に大きく響く。
最初に動いたのはレオだった。
震える手で箸を置く。
「……一騎打ち、ですか」
「そうです」
「あの、北の……黒龍と ガイウスさんが、一人で‥」
「はい」
レオがカナを見る。カナは静かに、だが深く頷いた。
「……やっぱり、そうなりましたか。
覚悟はしていましたがいざ聞くと……正直、怖いです。ガイウスさんは、怖くないんですか?」
「少しは、怖いですよ」
俺は嘘をつかなかった。
「少しだけですか?」
「……まあ、正確には『少し』ではないですが。ただ、農家として害獣を放っておくわけにはいかないので」
(((いや害獣って、黒龍怒るんじゃ‥)))
皆の心が一つになった。
アルトが身を乗り出す。
「でも、厄災級の黒龍に勝てますか?」
「勝つつもりです。……いえ、『勝ちます』」
その一言で、食堂の空気がふっと緩んだ。アルトが「それが聞きたかった」と小さく笑う。
そこへ、グラントが無言で全員の前にエールを置いた。
「グラントさん、今それどころじゃ……」
レオが言いかけたが、グラントは無言で頷き、ただ一言だけ言った。
「……飲んだほうがいい」
珍しく、彼は喋った。
「グラントさんが喋った!」とマルクが跳ねる。 「たまには、喋るぞ」
リナが「それ、グラントさんなりの励ましだよ」とフォローを入れ、全員でジョッキを掲げた。 そのエールは、今までで一番、胃に染みた。
翌朝、俺は王都のセルジオに手紙を書いた。 もう宮廷魔術師じゃないとは言え、国に被害が及ぶ可能性も否定できない、報告は義務だ。
だが、長く書くのは性に合わない。
『セルジオ殿、報告があります。六日後、黒龍ヴェルダと一騎打ちをします。場所は北の山岳地帯です。ご心配なく。 ガイウス・ノア』
エリアが横から覗き込み、「短すぎます!」とツッこんだ。
「せめて『勝ちます』くらい書かないと、セルジオさんが過呼吸になりますよ」
言われてみればそうだ。追伸を足した。
『追伸:勝ちます。』
(エリア:いや、確かに言ったけど‥)
二日後。 セルジオから、これまでにないほど分厚い返事が届いた。
封は四重。まるで機密文書だ。
『ガイウス殿。 黒龍と一騎打ち、とのこと。 読み返しました。三回読みましたが、三回とも同じことが書いてありました。
宰相閣下に報告したところ、閣下は「……そうか」とだけ言い、執務室に籠もりました。
本日で十日目です。 ロスベルク侯爵に伝えると、「またですか」と虚空を仰ぎました。
どこから漏れたか分かりませんが、騎士団の食堂では、早くも「ガイウス・ノアが黒龍を討つ」という噂が広まっています。
「あの人は神なので黒龍くらい当然だ」という神様説が有力ですが、私は貴方の「農家説」を支持し続けます。
ガイウス殿。 一つだけ、お願いがあります。 生きて帰ってきてください。 農家として。それだけです。 私は疲れました。 ――セルジオ』
俺は、すぐに返事を書いた。
『セルジオ殿。農家として帰ってきます。 ガイウス・ノア』
リナが「それだけ?」と呆れていたが、これでいい。 俺が生きて帰るということは、この土地の農業が続くということだ。セルジオなら、その重さを理解してくれるはずだ。
四日目、村の全員が動き始めた。
アルトは「地形を把握してきます」と言い、測量魔術の道具を持って北の山岳地帯へと向かった。
レオとカナは、俺についていこうとしたが、俺はそれを止めた。
「当日、二人は村にいてください。見に来ても、何もできません。それどころか、ヴェルダの余波に巻き込まれます」
「……わかっています」とレオは唇を噛んだ。
「でも、俺たちだって……」
ガイウスはレオたちを見ながら告げる。
「俺を信じているなら、村を守っていてください。俺がいない間、ここを任せられるのはお前たちだけだ」
レオが、今までにないほど真剣な顔で頷いた。 「……はい。ガイウスさんが帰ってくる場所、守り抜きます」
カナも、静かに微笑んだ。
「ガイウスさんが本気なら、私たちは信じるだけです。……本当に、勝ちますね?」
「えぇ、約束します」
ゴードンは縁側でクワを研ぎながら
「まあ、あの男が負ける姿は想像できんな」と笑い、
グラントは無言でエールの仕込みを増やした。
リナの母は「お腹を空かせて帰ってきてね。お腹いっぱい食べさせてあげたいから」と笑った。
誰もが「ガイウスの敗北」を想定していないわけではない。
ただ、彼の「日常」を繋ぎ止めるために、それぞれの場所で全力を尽くしていた。
六日目の夜。 俺は作業場で、決戦に使う装備の最終調整をしていた。 といっても、特別な武器があるわけではない。
使い慣れた道具と、いくつかのポーションだ。
扉が開き、リナが入ってきた。
「……明日だね、眠れそう?」
「眠れます、身体が資本なので」
「ならよし。」
リナは作業場の棚に並んだ薬草を見つめた。
ここにあるすべてを、俺たちが一緒に育ててきた。 その風景を、俺は一秒たりとも手放すつもりはない。
「ガイウスさん」
「なんですか?」
「帰ってきたら……縁側で一緒にエール飲もう。グラントさんが、特別にいいやつを仕込んでるみたいだから」
「そうしましょう」
「約束ね」
「えぇ、約束です」
リナが少し俯き、静かに言った。
「あと……ヴェルダのこと、嫌いにならないであげて」
俺は少し意外に思い、リナを見た。
「あの龍も、きっと孤独だっただけ。ガイウスさんと戦って、認め合いたいんだよ。……だから、全力でぶつかって、それでお隣さんになれたらいいなって」
「……正直な龍ですからね。嫌いになる理由はありません」
リナが顔を上げた。
「おやすみ、ガイウスさん。……絶対、帰ってきてね」
扉が閉まり、作業場に沈黙が戻る。
薬草の匂い。土の匂い。
これが俺の、守るべき世界の匂いだ。
準備はすべて整った。
アルトの地形データは完璧だ。
レオたちの覚悟も、セルジオの「疲れ?」も、すべて受け取った。
俺は椅子に深く腰掛け、目を閉じた。
明日、北の山岳地帯で、俺は「農家」として「龍」と向き合う。
スローライフは、明日、最大の山場を越えて——順調に続いていくはずだ。




