Sランクだとバレたので、開き直って何でも屋を
「ガイウスさん、ちょっといいですか?」
朝、畑に水をやっていると、村長のゴードンがやってきた。珍しい。
いつもは広場の家にいて、俺のほうから訪ねていくパターンが多い。
「どうしました」
「まあ、立ち話もなんだから中に入れてくれ」
俺は水桶を下ろして、老人を家に招いた。
リナが先週「もう少し家らしくしたら?」
と言って持ってきてくれた木のテーブルに向かい合って座る。
茶を出すと、ゴードンはひと口飲んでから言った。
「冒険者が来た」
「昨夜の人たちですか」
「いや、別の連中だ。今朝早くにな」
俺は茶碗を持ったまま、少し考えた。
昨夜の四人組はもう次の街へ向かったはずだ。別の冒険者。つまり、噂が広まっている。
「何人ですか」
「二人だ。まだ若い。Cランクだと言っていた」
「目的は」
「お前さんに弟子入りしたいと」
……来たか。
俺は茶碗を持ったまま、天井を見上げた。
昨夜の四人組はもう次の街へ向かったはずだ。
つまり、一晩で噂が広まったのか。
冒険者の二人組は、酒場で待っていた。
入ると、すぐわかった。
十代後半くらいの少年と少女で、装備は安物だが目が真剣だった。
少年は茶色の短髪で、少女は黒髪を後ろで束ねている。緊張しているのか、背筋が妙にまっすぐだった。
「あなたがガイウスさんですか!?」
少年が弾かれたように立ち上がった。
「そうですが‥」
「僕はレオ。こっちはカナ。……エーデル村にいる最強の魔術師に弟子入りしたくて来ました!」
「お断りします、弟子を取る気はありません。俺はただの農家ですから」
「えぇ‥即答!?」
レオが食い下がった。
「でも、実力は本物なんですよね? 三体のゴーレムを三十秒で——」
「噂は大げさなものです。俺はただの農家です」
レオが唇をかみしめた。隣でカナがため息をついた。
「レオ、無理に頼んでも逆効果だって言ったでしょ。……ガイウスさん、弟子入りじゃなくていいんです。少しだけ、私たちの話を聞いてもらえませんか」
目が真剣なのはさっきと変わらないが、少年よりも落ち着いている。
俺は椅子を引いて座った。
「どうぞ」
グラントがエールを持ってきた。
朝から飲む気はないので断って、代わりに水をもらった。
二人の話はこうだった。
王都から南東に三日ほどの場所に、ケルムという小さな街がある。そこが二人の故郷だ。
去年から、街の近くの森に魔獣が増え始めた。
理由はわからない。
ただ、Cランク、Dランクの魔獣が異常に多くなって、農村への被害が続いている。
ギルドに依頼は出しているが、人手が足りない。
「僕たちが強くなれれば、地元の役に立てると思って冒険者になったんです」とレオが言った。
「一年やってきたけど、なかなか強くなれなくて……」
「何が課題だと思っていますか」と俺は聞いた。
「え?」
俺の問いに、二人はきょとんとした。
「弱い理由を、自分でどう分析しているか、です」
レオがきょとんとしていた。
カナがすこし考えてから答えた。
「私は魔術の制御が苦手なんだと思います。発動は早いんですけど、威力が安定しなくて」
「レオさんは」
「……わかんないです。剣士なんですが、なんとなく戦ってる気がしてて」
「なんとなく、か」
俺はエールを一口飲んだ。
あ、いや水だった。
「分かりました、一日だけ付き合いましょう」
「え?」
「弟子は取りません。ただ、どこが問題かくらいは見てあげます。一日で解決できるかもしれないし、できないかもしれない。それでよければ」
レオとカナが顔を見合わせた。それからほぼ同時に、深く頭を下げた。
午後、村の外れの空き地に出た。
木々が周囲を囲んでいて、少し開けた草地だ。俺がたまに魔術の実験をしている場所でもある。
まずカナに術を一本撃ってもらった。
「《火矢》」
炎の矢が空中を走って、立てかけた木の板に刺さった。
板が燃える。
「もう一本」
「《火矢》」
今度は板の端をかすった。
「もう一本」
三本目は板から大きく外れた。
「なるほど」と俺は言った。
「やっぱり安定しないですよね……」
「魔力の出力が毎回違います。最初の一本が一番いい。集中しているうちはいいが、二本目三本目と重ねると徐々に雑になっていく」
「どうすれば——」
「呪文を唱えるとき、何を考えていますか」
「え……目標を、当てようと思って」
「それだけ?」
カナが少し考えた。
「……当てなきゃ、と思ってるかもしれないです。はずしたらどうしよう、みたいな」
「そこですね」
俺は木の枝を一本拾って、地面に円を描いた。
「魔術の制御に一番必要なのは、発動の瞬間に余計なことを考えないことです。カナさんは考えすぎている。呪文の発動が完了するまでの一瞬に、結果への不安が混ざり込んでいる」
「それが出力のブレに……?」
「魔力は感情に引きずられます。不安があれば不安定になる。だから訓練は量じゃなくて、一本一本『何も考えずに撃つ』練習をすることです。うまくいっても、失敗しても、評価しない。ただ撃つ」
カナが深呼吸した。「……やってみます」
「《火矢》」
板の中心に、きれいに刺さった。
カナが目を見開いた。
「今、何を考えましたか」
「……何も、考えなかったです。言われた通りに」
「それが正解です」
カナがゆっくりうなずいた。目が少し赤い。感情的なタイプらしい。
次はレオだ。
剣を持たせて、素振りを見た。一本、二本、三本。
「止めて」
「どうですか」
「悪くない、基礎はできている」
「でも弱い」
「弱いんじゃなくて、戦い方がない」俺は腕を組んだ。「レオさんは剣を持ったとき、何をしようとしていますか?」
「……相手を倒そうとしてます」
「どうやって?」
「隙を見て、斬る」
「ちなみに隙はどうやって作りますか」
「……」
レオが黙った。
「そこですね、目標は漠然としているのに、手段を考えていない。倒す、という結果だけ見て、そこまでの道筋を組み立てていない」
「それは戦いではなく、ただの博打です。次から魔獣と戦う前に、三パターンの動線を想定して紙に書いてください。**『なんとなく』を捨てて『理詰り』で動く。**それだけで、あなたの生存率は跳ね上がります」
「……そんな単純なことで変わりますか」
「変わります。試してみてください」
レオがしばらく俺を見てから、「……わかりました」と言った。
素直なやつだ、と思った。
夕方、二人が帰る前に、俺はポーションを一本ずつ持たせた。
「これ、買い取りますよ!」
とレオが財布を出した。
「いりません。土産です」
「でも——」
「そのポーション、中級品です。街で売ったら金貨二枚はします。売って資金にしてください」
カナがまた目を赤くした。
泣きやすいな、と思ったが、口には出さなかった。
「ガイウスさん」とカナが言った。
「やっぱり弟子にしてもらえませんか」
「お断りします」
「でも——」
「俺がいなくてもやっていけます。今日言ったことを実践すれば、今よりずっとうまくなる。答えはもう二人の中にある。俺が教えることは、もうないです」
二人がまた顔を見合わせた。
「……ありがとうございました」と、今度は二人同時に言った。
俺は手を振って、背を向けた。
「故郷、守れるといいですね」
二人が去った後、酒場でグラントのエールを飲んでいると、リナが隣に座ってきた。
「聞いてたよ」
「そうですか」
「弟子にしてあげればよかったのに」
「面倒なので」
「またそれ」
リナがエールのジョッキをカウンターに置いた。
「でも、あの二人、すごく嬉しそうだったよ。帰り際」
「そうですか」
「うん」
少し間があった。
「ガイウスさんって、教えるの上手だよね」
「そうでもないですが」
「上手だよ。私もポーションの作り方、すごくわかりやすかったし」
俺は何も言わなかった。
リナがまた言った。
「何でも屋、やればいいのに」
「何でも屋?」
「ポーション作って、魔獣も倒して、冒険者に助言もして……何でもやってるじゃん。それで商売にすれば」
「面倒なので」
「絶対もうかるのに」
「それより畑のほうが楽しいです」
リナが呆れた顔をした。でも笑っていた。
外は暗くなっていた。虫の声がする。
エーデル村の夜は、静かで長い。
三日後。
また冒険者が来た。
今度は一人。三十代くらいの、傷だらけの大男だった。
「ポーション売ってくれないか。上級品があれば」
「売りますよ。いくつ要りますか」
「五本。金貨で払う」
「金貨三枚でいいです」
大男が目を細めた。
「……相場の半分以下だぞ」
「材料費と手間賃で十分なので」
大男はしばらく俺の顔を見てから、「あんた、噂の人か」と言った。
「さあ、人違いでは?」
「Sランクだって話」
「噂は大げさなものです」
「そうか」
大男は金貨を三枚置いた。
「……またくる」
「どうぞ」
それが、何でも屋の始まりだった。
リナには「ほらね」と言われた。
それから少しずつ、ポーションを求めて人が来るようになった。
冒険者、行商人、近隣の村の薬師——みんな「噂を聞いて」と言う。
噂が噂を呼んでいるらしい。
俺は畑の片隅に作業場を設けて、ポーションを作り続けた。
値段は安めに設定した。
高くする理由がない。
「もっと高く売ればいいのに」とリナは毎回言う。
「生活できる分あれば十分です」
「農家とポーション売りと守り人と助言者……肩書きが増えてきてるじゃん」
「どれも副業のつもりなんですが」
「本業何なの」
「農家です」
リナがまた呆れた。
もう呆れるのが習慣になっているような顔だ。
ある昼、作業場でポーションを仕込んでいると、ゴードンが来た。
「ガイウス殿、少しいいか」
「どうぞ」
「……この村、変わってきたな」と老人はしみじみ言った。
「そうですか」
「人が来るようになった。冒険者だけじゃなく、行商人もだ。エールの売り上げがグラントのやつ、先月の三倍になったと喜んでた」
「それはよかった」
「お前さんのおかげだ」
俺は薬草を鍋に入れながら答えた。
「俺はポーションを作っているだけです」
「それだけでもない。魔獣が減った。道が安全になった。そうなると人が通るようになる」
「そうですか」
「……欲のない人間だな、本当に」
「欲がないわけじゃないですよ」
俺は鍋をかき混ぜた。
「静かに暮らしたい、という欲は、人一倍あります」
ゴードンが笑った。
「それが一番難しい欲だがな」
「そうかもしれないですね」
窓の外で、リナが薬草の苗を抱えて歩いていくのが見えた。
最近は俺の作業を手伝ってくれるようになった。
空は今日も青い。
風が薬草の匂いを運んでくる。
スローライフは、相変わらず順調だ。




