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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第145話 筆頭魔術師の憂鬱と、王妃の飼い猫


俺が国の脅威という脅威を、文字通り物理的に灰にしてしまったせいで、王国はかつてないほどの平和な時代を迎えた。


魔物の大群は俺の顔を見ただけで逃げ出し、周辺の敵対諸国も「あの黒衣のバケモノ(俺のことだ)がいる国には、絶対に手を出してはならない」と完全に震え上がり、大人しくなってしまったのだ。


戦争は消え去り、国境の警備はただのピクニックへと変わった。


師匠との約束である「世界を助けてやってくれ」という遺言は、事実上、これにて達成されたと言っていいだろう。


俺は内心で大いに喜んだ。

これでようやく危険な任務から解放され、王宮の隅っこで静かに植物の研究(農業)に没頭できると思ったからだ。


だが、現実は違った。

強大すぎる力を持つ筆頭魔術師でありながら、倒すべき敵がいなくなった俺の仕事は、平和な王宮の中で「限りなくどうでもいい、しかし断れない権力者からの雑務」へと完全にシフトしていったのである。


ある日の午後。

俺が研究室で、効率の良い堆肥の配合比率を計算していた時のことだ。

「ガイウス殿! お忙しいところ申し訳ない!」


恰幅の良い侯爵が、ノックもそこそこに俺の部屋へと上がり込んできた。

「実は今夜、我が侯爵家で大規模な夜会を開くのだ。そこで、王都の空を彩るような、華やかで美しい『光のイルミネーション魔術』を、筆頭魔術師殿にぜひ披露していただきたい!」


「……それは、花火職人の仕事ではありませんか?」

「何を言う! 貴殿ほどの魔術師が放つ光の芸術こそ、夜会にふさわしい! 頼んだぞ!」


またある日のこと。

王宮の執務室で、腹黒いことで有名な宰相が、わざわざ俺を呼び出した。


「筆頭魔術師よ。私の書斎の暖炉がどうも煙くてな。煤が部屋に入ってきて困っているのだ。お前の魔術で、煙突の風向きをどうにかできんか?」

「……それは、煙突掃除の業者を呼べば済む話では?」


「馬鹿者! 業者など呼べば、私の重要な機密書類を見られるかもしれん! 貴様の風魔術なら、気流の調整など一瞬だろう!」


……別に、魔術師は便利屋ではないんだが。

俺は心の中で毒づきながらも、侯爵家の夜会では空にオーロラを発生させて貴族たちを感嘆させ、宰相の部屋では【大気圧制御】と【流体力学の魔術的応用】という無駄に高度な技術を使って、暖炉の煙を完璧に外へ排出するシステムを構築してやった。


しかし、極めつけはこんな依頼だ。

徹夜で新術式の研究(という名の、新しい土壌改良魔法の設計図の作成)をしている時に、近衛兵が血相を変えて飛び込んでくるのだ。


「ガ、ガイウス様! 大変です!」

「隣国が攻めてきたんですか? それとも古竜でも出ましたか?」

「違います! 王妃様の飼い猫の『ミミちゃん』が、また王城の南塔の一番高い屋根に登って、降りられなくなってしまったのです! 王妃様が半狂乱になられております! 至急、救出をお願いします!」


俺は持っていた羽ペンをへし折りそうになるのを必死に堪えた。

「……分かりました。すぐ行きます」

王城の中庭に出ると、王妃がハンカチを噛み締めながら、数十メートル上空の屋根の上で震えている白猫を見上げて泣き叫んでいた。


「ああ、私の可愛いミミちゃん! 誰か、誰か助けてちょうだい!」

騎士たちが梯子をかけようとしているが、高すぎて全く届かない。


俺は深いため息をつきながら、自身の魔力を王都全体に広げた。

「【広域生体探知マクロ・スキャン】――対象捕捉」

もしミミちゃんが足を踏み外して落ちても対応できるように、王都全域の空間座標を完全に掌握する。これは本来、国境付近の敵軍の動きをミリ単位で把握するための軍事レーダー魔法だ。


「【絶対真空領域・大気浮遊エア・クッション】」

そして、猫が怯えないように音もなく風を操り、ミミちゃんの周囲の重力と気圧を完全にコントロールする。

屋根の上にいたミミちゃんは、見えないクッションに包まれたようにふわりと宙に浮き、そのまま俺の手元へとゆっくりと、一切のストレスをかけることなく降下してきた。


「ニャァ」

「はい、どうぞ。無傷です」

俺が無表情で猫を差し出すと、王妃は「おお、ガイウス! 貴方は神の使いですわ!」と涙を流して感謝した。


そんな、くだらなくも精神を削られる雑用ばかりの日々が、なんと『十年』も続いた。

王城での十年間。

俺の眼の下には常に濃いクマが張り付き、泥のように眠れた日など一日たりともなかった。


俺の異常な魔力と冷徹な態度は周囲から恐れられ、近寄りがたい存在として孤立していた。友人と呼べる人間も一人もいない。

(俺が研究室に引きこもって、徹夜で農学の本を読んでいたせいで誰とも深い付き合いにならなかっただけだ。……本当だよ?)


深夜の豪華な自室。

積み上がった未読の魔導書と、数々の「明日こなさなければならない雑用リスト」を見つめながら、俺は冷え切った紅茶をすすった。


「……俺は、何のために生きているんだ?」

俺は最強の魔術師だ。この星の物理法則すら書き換える力を持っている。


なのに、やっていることは迷子猫の捜索と、暖炉の風向き調整と、貴族の余興だ。

愛する土に触れ、自分の手で種を蒔き、作物の成長を喜ぶ。


前世から追い求めてきた、そんな当たり前の「スローライフ」が、俺には永遠に手に入らないのだろうか。


師匠への恩返しのために国を守った。

だが、今の俺はただの「都合の良い便利屋」だ。これ以上こんな生活を続けていたら、俺の農家としての魂が完全に死んでしまう。


かといって、自分から辞表を出せば「他国へ引き抜かれる気か」「王国への反逆だ」と宰相あたりが騒ぎ立て、面倒なことになるのは目に見えていた。

力ずくで城を出れば、王国そのものを敵に回すことになり、静かな生活など夢のまた夢になる。


限界ギリギリの精神状態で、ただ義務感だけで呼吸を続けていた俺。

だが――そんな暗闇の日々に、ついに決定的な「終わりの始まり」が訪れることとなる。


俺の人生を根底から覆す、あの『神託の儀式』が、すぐ目前まで迫っていた。

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