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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ【農家】を始めます  作者: 仁科異邦


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クビになった宮廷魔術師

「ガイウス・ノア、お前はクビだ」

王城の謁見室。

白大理石の床に跪いたまま、俺は宰相の言葉をぼんやりと聞いていた。


「……はぁ。」

「はぁ、じゃない! 次の王を占う神託で、お前の名前が出たんだぞ! 逆賊めっ」

なるほど、それは困った。


俺——ガイウス・ノア、三十二歳——は王立魔術師団の筆頭を務めて、もう十年になる。

最初は純粋に魔術が好きで入団した。

魔法陣の設計、新しい術式の研究、未知の魔石の解析——やりがいは確かにあった。


ただ、気づいたら雑務ばかりになっていた。


貴族のパーティに駆り出されて余興の魔術を披露しろとか、やれ王妃様の飼い猫が木に登って降りられなくなったから何とかしろとか、宰相閣下の書斎の暖炉が煙いから魔術でどうにかしろとか。


……別に魔術師は便利屋じゃないんだが。

しかも先月は、「次期国王を占う神託の儀式を執り行え」という命令まで来た。

嫌な予感はしていたが、まさか自分の名前が出るとは思わなかった。


神託というのは出鱈目なものだ。

俺は別に王様になんてなりたくない。


「ご説明します。その神託は、術式の誤作動の可能性が——」

「黙れ! 弁解は聞かん! 王都を出て行け! 二度と戻るな!」


宰相の顔が怒りで赤黒く染まっている。

俺を追い出せば、自分が王位に近づけるとでも思っているのだろう。

だが、彼には一つだけ致命的な誤算がある。


「わかりました。今日付で退職させていただきます」

「な、なんだその反応は……! 普通もっと取り乱すだろう!」

「取り乱す体力が残っていないんです。昨日も徹夜で『王妃の迷子猫探し』用の広域索敵魔法を編んでいたので」


俺はゆっくりと立ち上がり、埃を払う。

十年、王城に尽くしてきた。

魔術師は便利屋じゃないと言い続けたが、結局最後まで雑用係だった。

(……これで、ようやく寝られる)


背後で「後悔しても遅いぞ!」という叫びが聞こえたが、後悔するのは俺の方じゃない。


廊下に出ると、同僚の魔術師たちが遠巻きに見ていた。

誰も声をかけてこない。

まぁそんなものかと俺は思った。


俺がいなくなった後の王城の防衛結界、誰が維持すると思っているんだろう。

……まあ、知ったことではないか。


俺は十年、王城で働いた。

ただ友人と呼べる人間は一人もいなかった。

別に嫌われていたわけでもないと思う。


俺が研究室に引きこもりがちだったせいで、誰とも深い付き合いにならなかっただけだ。

‥本当だよ?


荷物をまとめながら、思った。

——これは、ちょうどよかったのかもしれない。

魔術師団に入ってから、ゆっくり眠れた日が何日あっただろう。

好きな本を読んで、好きなものを食べて、気が向いたときに散歩する。

そんな日常を、ずっと後回しにしてきた。

財布を確認すると、金貨が二十三枚。

これだけあれば、数年は暮らせる。


「さて」

城門を出ると、春の風が気持ちよく吹いてきた。

青空だった。

王都の街並みが光を受けて輝いている。

——こんなに空が広かったんだな。

毎日この道を歩いていたはずなのに、全然気づいていなかった。


まず考えたのは、どこへ行くかだった。

王都の近くに留まるのはまずい。

神託で名前が出たと広まれば、厄介な連中が絡んでくる。

野心家の貴族や、俺を利用しようとする魔術師崩れなど、ろくなことにならない。

かといって、あまり遠くに行くのも面倒だ。

俺は地図を広げ、のんびりと眺めた。


王都から馬車で三日ほど。

辺境地帯のさらに奥。

山と森に挟まれた細い街道の先に、小さな村があった。


エーデル村

人口:百名前後。特産物:特になし。見どころ:特になし。

冒険者ギルドの記録にも、ほとんど名前が出てこない。

定期的な魔獣の出現もなく、事件らしい事件も起きていない。

よし、完璧だ。


「ここにしよう」

俺は地図をたたんで、馬車乗り場に向かった。


馬車を二回乗り継いで、三日。

最後の乗り継ぎ地点、辺境の街ラッセルで御者に告げると、「エーデル村? あんな何もないとこに行くの?」と不思議そうな顔をされた。


「はい」

「……物好きだねえ」

街道をさらに半日進んで、夕暮れ時。

エーデル村は、想像以上に何もなかった。

なだらかな丘の斜面に、石造りの家が十数軒。


小さな畑が点在していて、鶏が数羽うろうろしている。村の中心には広場があって、その周りに小さな宿屋と酒場が一軒ずつ。


それだけだ。

俺は深呼吸した。

空気がいい。鳥の声がする。

川のせせらぎが聞こえる。

——最高じゃないか。


宿屋に入ると、カウンターに赤毛の少女がいた。

年齢は十七か十八くらい。くりくりとした目で、じろじろと俺を見てくる。

遠慮がない目だった。

「旅の人?珍しいね、こんな村に」

「実は、ここに住みたいと思っていて」

「住む?」少女が目を丸くした。


「こんな村に? 観光地でも何でもないよ?」

「それがいいんです。静かそうで」

少女はしばらく俺を見つめてから、「……変な人だね」と言った。

悪意のある言葉ではなく、ただ率直な感想らしかった。


「村長さんは?」

「おじいさんなら広場の向こうの家にいるよ。ノックしたら出てくると思う」

「ありがとうございます」

「一応聞くけど、怪しい人じゃないよね」

「元魔術師です。今は無職ですが‥」

「魔術師!?」


俺はカウンターに銀貨を一枚置いた。

「今夜、泊まれますか」

少女は銀貨と俺の顔を交互に見てから、「……どうぞ」と部屋の鍵を渡してきた。

名前はリナ、宿屋の看板娘だと、翌朝になってから教えてくれた。


村長は白髪の小柄な老人で、名をゴードンといった。

皺だらけの顔だが、目が鋭くて頭の回転が速そうだ。


俺の話を最後まで黙って聞いてから、「……魔術師が農家に、ねえ」と呟いた。


「王都から来たんだろう? それだけ遠くに来るのは、何か理由があるんじゃないのか」

「追放されました」

「ほう」

「神託で厄介な結果が出まして。身の危険というほどではないですが、面倒なので離れたほうがいいと思って」

「それは正直だな」

「嘘をついても仕方がないので」

ゴードンは腕を組んで、しばらく考えた。

「……実はな、村の外れに空き家がある。持ち主が十年前に死んで、ずっと放置されとる。幽霊が出るとか言われてな、村の者は近づかん」

「幽霊、ですか」

「怖いか?」

「いいえ。むしろ静かそうでいいです」

ゴードンが笑う、目の端の皺が深くなった。


「気に入った。家賃は月に銀貨一枚でいい。好きなだけ住め」

「ありがとうございます。あと、もし村に何か必要なものがあれば言ってください。魔術での修繕や、ポーションの調合ならできます」


「またそんな……いいのか?」

「どうせ暇なので」

ゴードンはしばらく俺の顔を見てから、また笑った。「変な男だな」



幽霊屋敷と呼ばれているその家は、確かにひどい状態だった。

屋根に穴が三か所。

床板が数枚腐って抜けている。窓ガラスはほとんど割れていて、扉の蝶番も錆びてぎしぎし鳴る。

ただ——


「庭が広い。南向き。日当たりもいい」

裏手には小さな井戸もあった。

水を汲んでみると、冷たくて澄んでいる。

俺は荷物を下ろして、さっそく修繕にかかった。

魔術を使えば半日で終わる。

ただ、それだと面白くない。


自分の手で直したい、という気持ちが久しぶりに湧いてきていた。

金槌を買いに村の雑貨屋へ行き、釘と木材も見繕ってもらって、戻ってきて作業を始めた。


……釘の打ち方を完全に忘れていた。

王立魔術師になる前、子どもの頃に父親に教わったはずなのに。

三本曲げたところで、ほんの少しだけ魔術で補助した。本当にほんの少しだけだ。

誓って言う。


三日後、リナが様子を見にやってきた。

「……なんでもう綺麗になってんの」

「直しました」

「三日で? 一人で?」

「はい。少し時間がかかりましたが」

リナが入り口に立ったまま、家の中をぐるりと見渡した。床も壁も、窓ガラスまで全部直っている。庭には整然と畝が並んでいた。


「庭にも種を撒きました。野菜と、薬草をいくつか」

「薬草?」

「ポーションを作るのが好きなので。趣味みたいなものです」


リナがじっと俺を見た。

「……本当に変な人だね」

「魔術師がなんで農家やってんのさ、しかも楽しそうに」

「楽しいですよ。十年ぶりに、好きなことだけやっています」

リナは何か言いかけて、止めた。そのかわり「夕飯は食べた?」と聞いてきた。


「まだです」

「じゃあ宿屋に来なよ。料理はうちのお母さんが作るから、おいしいよ」

そうして俺のエーデル村生活は、少しずつ始まっていった。


それから二週間ほど、俺は静かに暮らした。

朝は畑を耕す。

土の感触が思いのほか気持ちよくて、毎朝一時間はやっていた。昼は魔導書を読む。


王城にいた頃は積読が山になっていた本を、ようやくゆっくり読めるようになった。

夕方はポーションを作る。

薬草の配合を試したり、新しい処方を考えたりするのが、子どもの頃から好きだった。


夜は酒場でエールを一杯だけ飲んで、帰って眠る。

酒場の主人はグラントという大柄な男で、無口だが悪い人間ではなかった。

それにエールが旨かった。

これが正しい生き方だ、と俺は心の底から思った。


だが、平和なスローライフが崩れたのは、その直後のことだった。


「た、助けてくれえええ!」

村人が血相を変えて飛び込んできた。

「森から魔獣が! ストーンゴーレムが三体! 村に向かってきてる!」


問題が起きたのは、そんなある朝のことだった。

鍬を持って畑に出ようとしたところに、村人が血相を変えて飛び込んできた。


「た、助けてくれえええ!」

「どうしました?」

「森から魔獣が! たぶんストーンゴーレムが三体! 村に向かってきてる!」

(ストーンゴーレム、Aランクか)


それは確かに厄介だ。

普通の村では対処できないし、辺境の冒険者ギルドに依頼を出しても、最短でも二日はかかる。

ゴーレムは動きが遅いが、止まらない。

二日では間に合わない。


「わかりました。ついでに畑の肥料も欲しかったところです」

「え……?」

「行ってきます」

俺は鍬を下ろして、上着を羽織った。

杖は部屋に置いてあったが、取りに行くのが面倒なのでそのままにした。



森の入り口に出ると、遠くに三つの巨体が見えた。

高さ四メートルほどの岩の塊が、ゆっくりと地面を揺らしながら歩いてくる。

足音のたびに地面が振動する。

Aランク指定されているのは、あの重量のせいだ。

普通の武器ではほぼ傷がつかない。

俺は懐から小さな魔石を取り出した。

親指の先ほどの大きさの、黒い石。

暇潰しに作った自作品だ。魔力を圧縮して封じてある。

「《重力圧縮》」

静かに呟いて、魔力を流す。

一体目のゴーレムが、音もなくぐしゃりと潰れた。

まるで見えない巨人に踏みつぶされたように、岩が砂に変わって崩れ落ちる。

「《磁場反転》」

二体目が自分の体に引き寄せられるように歪み、内側から圧壊した。

岩が散らばって地面を叩く。

「《分子分解》」

三体目が、ゆっくりと、砂の滝のように崩れていった。

所要時間、三十秒。

俺は砂の山を眺めながら、ふと思った。

——そういえば俺、Sランク魔術師だったな。


完全に忘れていた。

王城では「筆頭魔術師」という肩書きを使っていたので、ランクのことなど頭にもなかった。

まあ、終わったのでいいか。

俺は上着の砂を払って、村に戻った。


帰り道、遠巻きに見ていた村人たちがざわめいた。


「……終わったんですか?」

「はい。良い肥料(砂)が手に入りました」

「はい?」


「はい。討伐まで三十秒ほどかかりましたが」


沈黙。

リナが蒼白な顔で近づいてきた口が少し開いている。

「ねえ。あなた、何者なの」

「元魔術師です。今は農家ですが」

「農家がAランク魔獣を三十秒で片付けないでしょ! 杖も持ってないし!」

「そうでもないと思いますが……」

「そうでもないって何!?」

後ろからゴードンが咳払いをした。

「……ガイウス殿。もしよければ、村の守り人になってもらえんかな。報酬はそう出せんが——」


「食材の提供でいいですか」

「え?」

「畑で野菜は育てていますが、肉と魚が不足していて。週に何度か分けてもらえれば、それで十分です」

ゴードンはしばらく固まっていた。

隣でリナも固まっていた。

「……破格の条件だな」とゴードンが言った。


「そうですか? 俺は得したと思っていますが」


守り人の仕事は、思ったより楽だった。

週に一度、森を軽く巡回する。

魔獣が出れば片付ける。それだけだ。

魔獣といっても、Aランク以上はそうそう出ない。

たいていはCランクかDランクで、正直、歩いてるだけで気配に気づいて逃げていく。

俺の日常はほとんど変わらなかった。

変わったのは、リナが毎日のように来るようになったことだ。


「ねえこのポーション、どうやって作るの」

「薬草を?して、精製水に溶かして、魔力で安定させます。難しくないですよ」

「教えてほしい」

「いいですよ。暇なので」


「毎回それ言うね」

「暇なので」

リナは呆れた顔をしたが、それでも次の日も来た。その次の日も来た。

なんとなく、賑やかになった。


ある夜、酒場でエールを飲んでいると、旅の冒険者グループが入ってきた。

鎧が立派で、装備に金がかかっている。

四人組で、全員がいかにも手練れという雰囲気だ。BランクかAランクか。

彼らは酒を頼みながら、話していた。

「最近、辺境のどこかの村で、とんでもない魔術師が目撃されたらしいぞ」

「聞いた聞いた。Aランク魔獣を三体、三十秒で片付けたとか」

「しかも杖なしで? それSランクじゃないのか」

「こんな辺境にSランクなんているわけないだろ……」

「でも話が広まってるぞ。冒険者ギルドの掲示板にも情報が上がってた」

俺はエールを一口飲んで、関係ない顔をした。


視界の端で、カウンターのリナが必死に笑いをこらえているのが見えた。

肩が震えている。

まずい。

俺は立ち上がって、グラントに「ご馳走さま」と言い、足音を立てずに酒場を出た。

後ろで扉が閉まってから、深く息をついた。

バレなければいい。

俺は農家だ。元魔術師のただの農家だ。


翌朝、畑で作業をしていると、リナが来た。

「昨日の人たちのこと、聞いてたでしょ」

「少し」

「黙ってるつもり?」

「できれば」

リナは腕を組んだ。

「なんで? すごいことなのに。Sランクって、王国に十人もいないんでしょ」

「だから面倒なんです。知られると、依頼が来たり、弟子入り志願が来たり、変な輩が絡んできたり」

「……それはたしかに面倒だね」

「でしょう。だから俺はただの農家です」


リナはしばらく考えてから「わかった、黙ってる」と言った。

それから少し間を置いて付け加えた。

「でも、すごいと思う。本当に」

「そうですか?」

「うん。……ポーションの作り方、続き教えて」

「いいですよ。今日は薬草の選別から」


リナが目を輝かせた。こういう顔をすると、年相応に見える。

俺は作業の手を止めて、薬草の束を手に取った。


空は今日も青かった。風が気持ちよかった。

スローライフは、今日も順調だ。

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