第9話 断罪と真実の開示
「……騒がしいわね」
優雅なランチタイムの後片付けをしていると、テラス(ダンジョン入り口)の方が再び賑やかになってきた。
今朝、レイヴンさんの部下たちが勇者一行を回収していったはずなのに、まだ何か揉めているようだ。
「シェリル。少し、顔を出してもらえるか?」
レイヴンさんが戻ってきた。
いつもの革鎧の上に、どこから出したのか、黄金の鷲の刺繍が入った豪華なマントを羽織っている。
髪もオールバックにセットして、なんだか雰囲気が違う。
「ええ、構いませんけれど……まだ何か用ですの?」
「ああ。あの『不法投棄ゴミ』の処分について、王国側の責任者が謝罪に来た。君にも立ち会ってほしいそうだ」
「責任者? まあ、しっかりした回収業者さんね」
私はエプロンを外し、手を拭いてから外へ出た。
◇
テラスに出た私は、思わず目を丸くした。
そこには、百人近い騎士たちが整列していた。
きらびやかな鎧。王家の紋章が入った旗。
そして中心には、見覚えのある白髪の老人――王国の宰相閣下が、脂汗をかいて直立不動で立っている。
その足元には、猿ぐつわを外されたアリステアたちが転がされていた。
「(まあ、宰相様まで? レイヴンさんの『お知り合い』って、どれだけ顔が広いの?)」
私が小声で尋ねると、レイヴンさんはニヤリと笑い、懐から黄金の印章をチラリと見せた。
「言っただろう。俺は『皇帝』設定だからな。この『小道具(国璽)』を見せたら、飛んできたんだ」
「ふふ、なるほど。徹底していますわね」
私は納得した。
きっとレイヴンさんは、他国の大貴族か何かなのだろう。
その身分と、精巧な小道具を使って、「皇帝の代理人」としてハッタリをかましてくれたのだ。
なんて頼りになる同居人だろう。
その時、アリステアが私に気づいて叫んだ。
『出たな、魔女め!!』
彼は宰相様にすがりついた。
『宰相閣下! こいつです! シェリルが魔王なんです!』
『俺たちに呪いをかけ、毒肉を食わせ、水責めで殺そうとしたんです! あの女は人類の敵だ!』
宰相様が、困惑したように私とレイヴンさんを見た。
「……そ、それは真実かな? グレンデル皇帝陛下」
「戯れ言だ。……だが、証拠を見せた方が早いだろう」
レイヴンさんが指を鳴らすと、黒装束の部下が「証拠品」を持ってきた。
それは、アリステアたちが大事に懐に入れていた、葉っぱの包み。
私が廃棄シュートで捨てた『オーク肉の生姜焼き(食べかけ)』だ。
『見ろ! これだ!』
アリステアが勝ち誇ったように叫ぶ。
『このどす黒い肉! 食った瞬間、体が赤く発光して、筋肉が膨張したんだ! 禁断のドーピング薬に違いない! 俺たちの体を改造する気だったんだ!』
周囲の騎士たちがざわめく。
確かに、見た目はタレが染み込んだ茶色い肉だ。
だが、そこから漂う生姜醤油の香ばしさは隠せない。
「……いい匂いじゃな」
宰相様の横にいた、老齢の女性が進み出た。
彼女は王国の筆頭宮廷魔導師、メルリーナ様だ。
鑑定の権威である彼女が、片眼鏡をかけて生姜焼きを覗き込む。
『魔導師様! 調べてください! きっと猛毒か呪いが検出されるはずです!』
メルリーナ様が杖を振り、鑑定魔法を発動した。
虹色の光が肉を包む。
数秒後。
彼女の手が震え始めた。
カシャン、と片眼鏡が地面に落ちる。
「……こ、これは……」
『どうしました!? 毒でしょう!?』
「……『万能霊薬』じゃ……!!」
沈黙。
森にいる全員が、息を呑んだ。
『……は?』
アリステアが間の抜けた声を出した。
「信じられん……! 滋養強壮のオーク肉から不純物を極限まで取り除き、薬草(生姜)と発酵液(醤油)の相乗効果で、マナを爆発的に高めておる!」
「一口食べれば瀕死の重傷も治り、全ステータスが向上する……Sランク、いや、国宝級の奇跡の料理じゃ! これ一切れで城が建つぞ!」
「城!?」
私は素っ頓狂な声を出してしまった。
余り物の生姜焼きが、城?
(……今度から、生ゴミとして捨てるのはやめようかしら。もったいないわ)
メルリーナ様は、研究者としての好奇心に勝てず、震える手で肉の欠片を口に入れた。
瞬間、彼女のシワシワだった肌がツヤツヤになり、曲がっていた腰がボキボキと音を立てて伸びた。
「おおお! 若返った! 四十肩と腰痛が消えたぞ!」
『な、なんだってぇぇぇ!?』
騎士たちが騒然となる。
「俺も食べたい」「いくら払えば買えるんだ」という視線が痛い。
「……毒、ではなかったと?」
宰相様が冷たい目でアリステアを睨む。
『い、いや待て! 水だ! 俺たちは水責めにされたんだ! 存在が消えかけるほどの水を浴びせられた! あれは闇の魔法だ!』
「ほう」
レイヴンさんが冷ややかに言った。
そして、私に目配せする。
「シェリル。奴らにかけた魔法を、ここでもう一度見せてやれ」
「え? ここで?」
「ああ。あの遠征帰りの、薄汚れた騎士たちにかけてやるといい」
私は言われた通り、泥だらけになっていた王国の騎士団に向けて手をかざした。
「じゃあ、弱めでいきますね。『広域洗浄』」
シャワァァァァ……。
優しい水ミストが、騎士たちを包み込んだ。
それは汚れだけを吸着し、キラキラと輝きながら消えていく。
「……!」
騎士たちが自分の体を見た。
泥汚れはもちろん、鎧の錆、剣の曇り、そして長旅の疲労感までもが、綺麗さっぱり洗い流されていた。
「体が……軽い」
「清められた……まるで、高位聖職者の『浄化』だ……」
騎士たちが次々とその場に跪き、祈りを捧げ始めた。
私に向かって。
「おお、聖女様……!」
「我らの汚れを雪いでくださった……!」
『は……?』
アリステアが口をパクパクさせている。
「……どうやら、結論が出たようだな」
レイヴンさんが、地獄の裁判官のような声で告げた。
彼はアリステアを見下ろす。
「貴様は、彼女が慈悲で与えた国宝級の霊薬(生姜焼き)を食らい、その恩を仇で返し、最高級の浄化魔法(洗浄)を闇魔法と罵った」
「その罪、万死に値する」
『ち、違う! 俺は……俺は勇者だぞ!』
アリステアは縋るように叫んだ。
『聖剣! そうだ、俺には聖剣がある! あの女が折ったんだ! 国の宝を破壊した罪は重いはずだ!』
彼は証拠品として、真っ二つになった聖剣の残骸を差し出した。
包丁で切断された断面は、鏡のように滑らかだ。
宰相様がその断面を見て、恐怖に顔を歪めた。
「……アリステア殿。この断面を見るがいい」
『え?』
「中心部が、どす黒く脈動しておる。瘴気が漏れておるではないか」
宰相様の説明によると、聖剣は持ち主の心に感応するらしい。
アリステアの傲慢さと殺意を吸い続けた結果、剣は内側から腐り、魔剣になりかけていたのだ。
錆びだと思っていた赤黒い斑点は、剣の「癌」だったのだ。
「シェリル嬢が折ってくれなければ、お主は魔剣に取り込まれ、真の怪物になっていたかもしれんぞ」
「つまり、彼女はお主の命を救った恩人でもあるわけじゃ」
『う、嘘だ……そんな……』
アリステアは膝から崩れ落ちた。
全ての言い訳が封じられた。
自分が信じていた「正義」が、ただの「独りよがりな妄想」だったと突きつけられて。
「連れて行け」
宰相様が冷淡に命じた。
騎士たちがアリステアを取り押さえる。
「アリステア・エル・キングダム。勇者の称号を剥奪し、王籍から除名する」
「お主には北の鉱山で、魔石採掘の労働についてもらう。一生、泥と煤にまみれて罪を償うがいい」
『い、嫌だ! 鉱山なんて! 俺の手は剣を握るためのものだ!』
『シェリル、助けてくれ! 俺が悪かった! やり直そう! 君の料理を毎日食べたいんだ!』
往生際悪く、私に手を伸ばしてくる。
私は彼を冷めた目で見下ろした。
怒りも、悲しみもない。
ただ、ランチ後のティータイムを邪魔されたことへの苛立ちだけがあった。
「……私のキッチンに入らないでくださる?」
私がそう言うと、レイヴンさんが一歩前に出て、私の視界から彼を遮断した。
「聞こえなかったか? 二度と彼女に近づくな」
ドッ、と放たれた覇気で、アリステアは白目を剥いて気絶した。
彼はそのまま、荷物のように馬車へ放り込まれた。
「……グレンデル皇帝陛下。この度は、我が国の恥を晒し、申し訳ございませんでした」
宰相様が深々と頭を下げた。
レイヴンさんの靴にキスせんばかりの勢いだ。
「シェリル嬢への慰謝料も、国として最大限支払わせていただきます」
「うむ。帝国の『友好国』として、賢明な判断を期待する」
レイヴンさんは鷹揚に頷いた。
(すごい……! 宰相様相手に一歩も引かないなんて)
私はレイヴンさんの演技力に感動していた。
ここまで堂々としていれば、誰も彼がただの「食いしん坊な冒険者」だとは思うまい。
ハッタリも極めれば真実になるのね。
「シェリル」
レイヴンさんが振り返り、いつもの優しい顔に戻った。
「終わったぞ。……長かったな」
「ええ。やっと静かになりましたわ」
私は伸びをした。
騎士団がアリステアを連行して去っていく。森に静寂が戻ってくる。
汚いゴミ(勇者)も片付いたし、これでダンジョンの衛生環境も安泰だ。
「さて、レイヴンさん。お昼はどうしましょう?」
「……腹が減ったな。あの『エリクサー(生姜焼き)』の話を聞いていたら、無性に食べたくなった」
「ふふ、まだ残りがありますわ。丼にしましょうか」
私たちは顔を見合わせて笑った。
国を揺るがす大騒動だったらしいけれど、私にとっては「今日の献立」の方がよっぽど重要な問題なのだ。
こうして、私の汚名は(私の知らないところで勝手に)晴らされ、逆に「生姜焼きの聖女」という謎の二つ名が爆誕することになったのだが――それはまた、別のお話。




