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追放令嬢は美味しいものを食べて静かに暮らしたかった  作者: 秋月 もみじ


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8/10

第8話 勘違いの決闘


チュン、チュン。

爽やかな朝だ。

ダンジョンの『天候設定』を「快晴」にしたおかげで、リビングには疑似的な朝日が差し込んでいる。


「レイヴンさん、今日はテラス(ダンジョンの入り口)で朝食にしましょうか」

「いいな。外の空気も吸いたいところだ」


私たちはバスケットを持って、玄関へと向かった。

中身は『ドラゴンステーキ・サンドイッチ』。

昨日の残りの肉を薄切りにし、シャリアピンソースとたっぷりのレタス(家庭菜園産)と一緒にパンに挟んだものだ。

断面の美しさが、食欲をそそる。


重厚な石の扉を開ける。

そこには、清々しい森の空気と――


「待ちかねたぞ、魔王シェリル!!」


昨日見たばかりの、暑苦しい顔があった。

金髪の勇者アリステアと、その愉快な仲間たちだ。

彼らは昨日の『洗浄魔法』のおかげで、髪も肌もピカピカに輝いている。

清潔感があるのはいいことだが、目の下のクマがひどい。一睡もしていないようだ。


「……あら」


私はバスケットを近くの切り株(テーブル代わり)に置き、ため息をついた。


「また来ましたの? 昨日あれほど綺麗にしてお帰りいただきましたのに」

『黙れ! あの屈辱、忘れはしない!』


アリステアが聖剣(相変わらず錆びている)を突きつけた。


『貴様は俺たちの汚れだけでなく、プライドまで洗い流した! 許さん!』

『今度こそ、その首を刎ねて、この森の露と消してやる!』


(プライドなんて汚れと一緒に排水溝へ流れていけばよかったのに)


私は呆れたが、彼らの殺気は本物だった。

特にアリステアは、何かブツブツと詠唱のようなものを呟いている。


『おお……聖剣よ、我が命を糧に……真の力を解放せよ……!』


剣の錆びた刀身が、微かに赤く発光し始めた。

周りの仲間たちが「おおっ!」とどよめく。


『出た! アリステア様の秘奥義『断罪の光刃(ジャッジメント・ブレード)』だ!』

『あれを受ければ、どんな魔物も一刀両断よ!』


レイヴンさんが一歩前に出ようとする。

けれど、私は手で制した。


「下がっていて、レイヴンさん」

「しかし……」


レイヴンさんの心配もわかる。

アリステアの剣から放たれる衝撃波が、地面の砂埃を巻き上げ始めていたからだ。


(……砂?)


私はハッとして、後ろの切り株を見た。

そこには、バスケットに入ったサンドイッチがある。

蓋は開いている。


このまま衝撃波が来たら、サンドイッチが砂まみれになってしまう。

ジャリジャリするサンドイッチなんて、食べる価値がない。


「食材を……汚すなッ!」


私はエプロンのポケットから、愛用の『万能包丁』を取り出した。

朝食のフルーツを切り分けるために持ってきたものだ。

ミスリルとオリハルコンの合金製。

毎晩の『研磨』魔法で、鏡のように澄み切っている。


『ハッ! 包丁だと? 台所用品で聖剣に勝てるとでも!?』


アリステアが嘲笑う。

そして、地面を蹴った。


『死ねぇぇぇッ!』


速い。

昨日の生姜焼きバフがまだ残っているのか、一直線に私へ向かってくる。

その剣先から放たれる風圧が、私の髪を、そして背後のサンドイッチを揺らす。


私は踏み込んだ。

回避ではない。迎撃だ。

砂埃が舞う前に、発生源を断つ。


アリステアが剣を振り下ろす。

私は包丁を下から上へ、逆袈裟に振り抜く。

狙うのは、剣の腹。


(硬いカボチャを切るイメージ……!)


私の脳裏に、以前調理した『アイアン・パンプキン(鉄カボチャ)』の断面が浮かぶ。

皮は硬いが、一点に力を集中させれば、スッと刃が入る。

私の鑑定眼には、聖剣の赤錆の下にある「金属疲労の亀裂」がはっきりと見えていた。


ザクゥッ!


高く、澄んだ音ではない。

野菜を切ったような、鈍く重い音が森に響いた。


銀閃が走る。

私の包丁が、赤く光る聖剣の刀身を捉え、バターのように両断した。


クルクルクル……ドスッ。


宙を舞った「剣の上半分」が、アリステアの背後の地面に突き刺さった。


『――え?』


アリステアが凍りつく。

彼は振り抜いた剣を見つめた。

そこには、半分しかない刀身と、ギザギザではなく、鏡のように滑らかな切断面があった。


『お……俺の、聖剣が……?』

『折れ……た……?』


仲間たちが悲鳴を上げる。

伝説の武器。国の宝。勇者の証。

それが、主婦の包丁によって、夕飯の支度のように処理されたのだ。


「あら、ごめんなさい」


私は包丁についた鉄粉を払いながら、冷ややかに告げた。

別に悪気はない。サンドイッチを守る正当防衛だ。


「手入れをサボるから、中まで錆びていたんじゃなくて? ちゃんと砥石で研がないから、カボチャより脆くなるのよ」

『あ……あ、あ……』


アリステアは膝から崩れ落ちた。

折れた剣を抱きしめ、子供のように震えている。

心の支えを失った彼は、ただの「顔がいいだけの男」に戻っていた。


「さて、これで懲りたかしら? 帰ってちょうだい」


私は包丁をしまい、背を向けようとした。


『う、うわああああっ!!』


錯乱した魔法使いの男が、杖を向けてきた。

火の玉を作ろうとしている。

往生際が悪い。


「チッ」


舌打ちをしたのは、私ではない。

背後にいたレイヴンさんだ。


ドォォォォンッ……!


突然、空間の重力が倍になったかのような重圧が降り注いだ。

魔法使いの火の玉が、発生する前にプシュッと消える。

勇者一行が、見えない巨大な手に押さえつけられたように、地面にひれ伏した。


「……遊びは終わりだ」


レイヴンさんが歩み出る。

その手には剣などない。

ただ、そこに立っているだけで、世界そのものが彼に跪いているような圧倒的な「覇気」。

黄金の瞳が、冷酷な光を放って彼らを見下ろしている。


「これ以上、彼女の時間を奪うなら――国ごと消すぞ」


低い、けれど絶対的な宣告。

それは脅しではない。皇帝としての事実上の宣戦布告だ。


『ひッ、ひィィッ……!』

『こ、殺される……魂ごと……!』


アリステアたちは泡を吹いて気絶した。

あまりの恐怖に、防衛本能が強制シャットダウンを選んだらしい。


レイヴンさんは指をパチンと鳴らした。


シュッ、シュッ。


森の影から、黒装束の集団が現れた。

五人、いや十人ほどだろうか。全員が手練れの気配を漂わせている。


「陛下。お呼びでしょうか」

「……うむ。この不法投棄ゴミ(勇者たち)を回収しろ。帝国法に基づき、厳重に処罰する」

「御意」


黒装束たちは手際よく勇者たちを縛り上げ、猿ぐつわを噛ませ、袋詰めにしていく。

その動きは、熟練の清掃業者のようだった。


「……あら」


私は目を丸くした。


「レイヴンさん、お知り合い?」

「あー……うん。まあ、俺の部下のようなものだ。たまたま近くに遠征に来ていてな」


レイヴンさんは少しバツが悪そうに目を逸らした。

なるほど。

冒険者ギルドの仲間だろうか。さすがSランク、人脈が広い。


「ありがとうございます。おかげで家の前が片付きましたわ」

「……君が無事でよかった」


数分後。

静けさを取り戻したテラスで、私たちはようやく朝食にありついた。


「いただきます」

「いただきます」


サクッ。

パンの香ばしい音。

ドラゴンステーキの濃厚な旨味と、レタスのシャキシャキ感が口いっぱいに広がる。

砂一粒入っていない、完璧なサンドイッチだ。


「美味しい……!」

「ああ。邪魔が入った後だからか、格別だな」


レイヴンさんは満足げにサンドイッチを頬張っている。

その横顔は、先ほどの魔王のような怖さは微塵もなく、ただの幸せな青年のものだった。


足元には、折れた聖剣が転がっている。

それはまるで、私の過去との決別を表しているようで、なんだか清々しかった。


(さて、この鉄くず……溶かして新しいフライパンにでもリサイクルしましょうか)


私は転んでもただでは起きない。

サンドイッチの最後の一口を飲み込みながら、新しい調理器具の設計図を脳内で描き始めていた。

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