第6話 伝説の剣と私の包丁
絶品のマンドラゴラおでんを堪能した後。
私たちは食後のデザート(特製焼きプリン)を片手に、リビングでくつろいでいた。
「さて、あのお客様たちはどうなったかしら」
私は何気なく『遠見』を起動した。
音声も拾えるように『集音モード』をオンにする。
画面にはダンジョン下層の『不用品保管室』――一般的には『宝物庫』と呼ばれるエリアが映し出された。
そこには、例の勇者一行の姿があった。
彼らは部屋の中央にある祭壇を見て、狂喜乱舞している。
『あったぞ! 伝説の聖剣だ!』
『これさえあれば、魔王も一撃だわ!』
彼らが指差す先には、一本の剣が突き刺さっている。
装飾こそ豪華だが、長年放置されていたせいで赤錆が浮き、埃を被っている。
私は首を傾げた。
確か、あそこは処分に困る金属ゴミ置き場だったはず。
気になったので、モニター越しに『鑑定』を発動してみる。
【名前:古びた聖剣】
【切れ味:E(刃こぼれあり)】
【耐久:D(内部腐食あり)】
【特殊効果:勇者補正(微)、破傷風リスク(大)】
【備考:食品加工不可。不燃ゴミ推奨】
「……汚いわね」
私は眉をひそめた。
あんな錆びた剣、料理には絶対に使えない。
トマトを切れば断面が黒ずむし、肉を切れば錆の味が移るだろう。
食品衛生法的にアウトだ。
私は自分の腰に下げている『マイ包丁』を取り出し、見比べた。
これはダンジョンにあったミスリルとオリハルコンの合金を、私の生活魔法『研磨』で極限まで研ぎ澄ませた逸品だ。
【名前:シェリルの万能包丁】
【切れ味:SS(空間切断が可能)】
【耐久:SS(ドラゴンを解体しても刃こぼれなし)】
【特殊効果:食材の旨味増幅、鮮度保持、抗菌加工】
「うん、月とスッポンね」
どう見ても、私の包丁の方が伝説級だ。
あんな錆びた鉄くずをありがたがるなんて、彼らはよほど道具に困っているのかしら。
「レイヴンさん、見て。あんなボロボロの剣を『聖剣』だなんて呼んで喜んでますわ」
「……ああ。本来なら国宝級の代物だが、君の包丁を見た後だと、ただの棒切れに見えるな」
レイヴンさんも呆れ顔でプリンを食べている。
舌の肥えた彼には、道具の良し悪しもわかるらしい。
モニターの中では、金髪の男――アリステアが、聖剣を引き抜こうとしている。
『ぬおおおッ! 抜けない!』
錆び付いて台座と一体化しているようだ。
見苦しい。
それに、あんな汚いものをいつまでも置いておくのは、ダンジョンの美観を損ねる。
「掃除しましょう」
私はコアを操作し、保管室の警備システムを起動した。
『掃除用ドローン』……ファンタジー風に言えば『スケルトン』の出動だ。
ただし、重い金属を運ぶので、ちょっといい骨素材を使った『黒騎士級』を向かわせる。
「あの粗大ゴミ(聖剣)を処分してちょうだい」
◇
画面の中で、床からカシャン、カシャンと骨の兵士が現れた。
全身を漆黒のフルプレートメイルで包んだ、身長二メートル超の巨体。
私の魔力を動力源にしているため、その骨格強度はダイヤモンド並みになっている。
スケルトンは私の命令通り、祭壇へ歩み寄った。
目的は一つ。錆びた剣を回収し、不燃ゴミ置き場へ捨てること。
しかし、それを勘違いしたのが勇者たちだ。
『で、出たな魔王の番人!』
『聖剣を守るガーディアンよ! 気をつけて!』
彼らは武器を構え、掃除用スケルトンに襲いかかった。
「あら、作業の邪魔をしないでほしいわ」
スケルトンは鬱陶しそうに、ハエを払うように裏拳を放った。
ドォォォォン!!
その一撃で、戦士風の男がボールのように壁まで吹き飛んだ。
壁に亀裂が入り、部屋全体が揺れる。
『なっ……強い!? なんだこの威力は!』
『ひるむな! 聖剣を手に入れる試練だ!』
アリステアが叫び、全員で一斉攻撃を仕掛ける。
魔法が炸裂し、剣が火花を散らす。
けれど、スケルトンは無傷だ。漆黒の鎧には傷一つついていない。
彼には「ゴミ出し」という崇高な業務があるため、攻撃を無視して祭壇へ向かう。
そして、無造作に聖剣を掴んだ。
バキンッ!
錆び付いた台座ごと、大根を引き抜くように簡単に引っこ抜いた。
そして、それを小脇に抱え、出口(ゴミ捨て場方面)へ向かおうとする。
『ま、待て! 聖剣を持ち去る気か!』
『させない! あれは俺のものだぁぁぁッ!』
アリステアが狂ったような形相で、スケルトンの背中に飛びついた。
私の「生姜焼きバフ」で強化された腕力で、スケルトンの持つ剣の柄にしがみつく。
まるで、おもちゃ売り場で駄々をこねる子供のようだ。
『離せ! この薄汚い骸骨め! 返せえええ!』
スケルトンが足を止めた。
赤い眼光が、腕にぶら下がるアリステアを見下ろす。
そして、こう思っているのが伝わってきた。
(……なんだこの人間は。このゴミがそんなに欲しいのか?)
スケルトンは、持っていた剣をパッと離した。
どうせ捨てるつもりだったのだ。
この人間が持って行ってくれるなら、運ぶ手間が省ける。
「どうぞ、差し上げます」というジェスチャーをして、スケルトンは手を払った。
ドサッ。
アリステアは剣ごと尻餅をついた。
『……え?』
スケルトンは「お勤めご苦労」という風に片手を上げ、そのまま壁の中へ消えていった(帰宅)。
一瞬の沈黙。
そして、アリステアが狂喜の声を上げた。
『見たか! 番人が逃げ出したぞ! 俺の気迫に恐れをなしたんだ!』
『すごいです勇者様! あの黒騎士を退けるなんて!』
アリステアは大興奮だ。
スケルトンがゴミを譲ってくれただけなのに。
そして彼は、聖剣を高々と掲げ、カメラ目線で(正確には天井に向かって)叫んだ。
『待っていろ、魔王! そしてシェリル!』
『この剣で、貴様らの首を刎ねてやる! 俺をコケにした罪、その血で償わせるぞ!』
カメラ越しに、彼の歪んだ笑顔が大写しになる。
その瞳には、明確な殺意と、昏い欲望が宿っていた。
「……まあ」
私はスプーンを置いた。
なんて野蛮な人たちだろう。
ゴミを拾って喜ぶまではいいとして、それで昔の女を殺そうとするなんて。
「育ちが悪いのね。あんな人とお茶を飲むことにならなくて良かったわ」
私は他人事のように呟いた。
私にはダンジョンの防衛機能があるし、いざとなればあの錆びた剣ごと『高圧洗浄』で吹き飛ばせばいい。
けれど。
「…………」
隣から、音が消えた。
空気が、重く、冷たく張り詰める。
『快適』に設定されていたはずの室温が、一気に氷点下まで下がった気がした。
振り返ると、レイヴンさんが画面を凝視していた。
手にしたスプーンが、飴細工のようにぐにゃりと曲がっている。
黄金の瞳は細められ、底知れぬ剣呑な光を放っていた。
「……殺す、と言ったか」
低く、地を這うような声。
いつもの「おかわり」と言う時の、温かみのある声とは別物だ。
彼の体から立ち上る魔力が、リビングの空気を物理的に歪ませている。
本物の皇帝が持つ、絶対的な処刑の気配。
「あの雑魚ども……俺のシェリルに刃を向けると言うなら、話は別だ」
「れ、レイヴンさん?」
「皇帝としてではなく、一人の男として……惨たらしくすり潰してやる」
彼が腰の剣に手をかけた瞬間、殺気が暴風となって吹き荒れた。
ポチ(フェンリル)が「キャウンッ」と悲鳴を上げて、スライムベッドの下に潜り込む。
まずい。
このままだと、彼が勇者一行を虐殺しに行ってしまう。
それでは私の家の前が血なまぐさくなるし、何より、彼の手を汚させたくない。
私はとっさに、自分のプリンをスプーンですくい、彼の口元へ差し出した。
「レイヴンさん、あーん」
「……え?」
殺気が霧散した。
彼はキョトンとして、私とスプーンを交互に見た。
鬼のような形相が、一瞬で間の抜けた顔になる。
「ほら、糖分が足りていませんわ。イライラするとお肌に悪くてよ」
「い、いや、しかし奴らは君を……」
「大丈夫よ。あんな錆びた剣じゃ、私のエプロン一枚切れませんもの」
私がニッコリ笑うと、彼は毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。
そして、少し顔を赤らめながら、パクッとプリンを食べた。
「……美味い」
「でしょう? カスタードの火加減には自信がありますの」
彼は口元のカラメルを舐めとり、ふぅ、と息を吐いた。
まだ瞳の奥には冷たい光が残っているけれど、暴走は止まったようだ。
「わかった。君がそう言うなら、今は手を出さない。……だが」
彼は画面の中のアリステアを、氷のような目で見据えた。
「奴らが君の『聖域』に土足で踏み込んだ瞬間、俺が排除する。それだけは譲らんぞ」
「ふふ、頼もしいですわね」
私は曲がったスプーンを魔法で直し、再びお茶を啜った。
モニターの中では、勇者たちが聖剣を掲げて行軍を再開している。
彼らは知らない。
その剣がただの不燃ゴミであり、魔王城には世界最強の皇帝(過保護で甘党)が待ち構えていることを。
「さて、そろそろディナーの準備をしましょうか」
私にとって重要なのは、彼らの殺意よりも、今夜のメインディッシュの焼き加減の方だった。




