表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢は美味しいものを食べて静かに暮らしたかった  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

第6話 伝説の剣と私の包丁


絶品のマンドラゴラおでんを堪能した後。

私たちは食後のデザート(特製焼きプリン)を片手に、リビングでくつろいでいた。


「さて、あのお客様たちはどうなったかしら」


私は何気なく『遠見(モニター)』を起動した。

音声も拾えるように『集音モード』をオンにする。

画面にはダンジョン下層の『不用品保管室』――一般的には『宝物庫』と呼ばれるエリアが映し出された。


そこには、例の勇者一行の姿があった。

彼らは部屋の中央にある祭壇を見て、狂喜乱舞している。


『あったぞ! 伝説の聖剣だ!』

『これさえあれば、魔王も一撃だわ!』


彼らが指差す先には、一本の剣が突き刺さっている。

装飾こそ豪華だが、長年放置されていたせいで赤錆が浮き、埃を被っている。


私は首を傾げた。

確か、あそこは処分に困る金属ゴミ置き場だったはず。

気になったので、モニター越しに『鑑定』を発動してみる。


【名前:古びた聖剣】

【切れ味:E(刃こぼれあり)】

【耐久:D(内部腐食あり)】

【特殊効果:勇者補正(微)、破傷風リスク(大)】

【備考:食品加工不可。不燃ゴミ推奨】


「……汚いわね」


私は眉をひそめた。

あんな錆びた剣、料理には絶対に使えない。

トマトを切れば断面が黒ずむし、肉を切れば錆の味が移るだろう。

食品衛生法的にアウトだ。


私は自分の腰に下げている『マイ包丁』を取り出し、見比べた。

これはダンジョンにあったミスリルとオリハルコンの合金を、私の生活魔法『研磨(ポリッシュ)』で極限まで研ぎ澄ませた逸品だ。


【名前:シェリルの万能包丁】

【切れ味:SS(空間切断が可能)】

【耐久:SS(ドラゴンを解体しても刃こぼれなし)】

【特殊効果:食材の旨味増幅、鮮度保持、抗菌加工】


「うん、月とスッポンね」


どう見ても、私の包丁の方が伝説級だ。

あんな錆びた鉄くずをありがたがるなんて、彼らはよほど道具に困っているのかしら。


「レイヴンさん、見て。あんなボロボロの剣を『聖剣』だなんて呼んで喜んでますわ」

「……ああ。本来なら国宝級の代物だが、君の包丁を見た後だと、ただの棒切れに見えるな」


レイヴンさんも呆れ顔でプリンを食べている。

舌の肥えた彼には、道具の良し悪しもわかるらしい。


モニターの中では、金髪の男――アリステアが、聖剣を引き抜こうとしている。


『ぬおおおッ! 抜けない!』


錆び付いて台座と一体化しているようだ。

見苦しい。

それに、あんな汚いものをいつまでも置いておくのは、ダンジョンの美観を損ねる。


「掃除しましょう」


私はコアを操作し、保管室の警備システムを起動した。

『掃除用ドローン』……ファンタジー風に言えば『スケルトン』の出動だ。

ただし、重い金属を運ぶので、ちょっといい骨素材を使った『黒騎士デスナイト級』を向かわせる。


「あの粗大ゴミ(聖剣)を処分してちょうだい」


   ◇


画面の中で、床からカシャン、カシャンと骨の兵士が現れた。

全身を漆黒のフルプレートメイルで包んだ、身長二メートル超の巨体。

私の魔力を動力源にしているため、その骨格強度はダイヤモンド並みになっている。


スケルトンは私の命令通り、祭壇へ歩み寄った。

目的は一つ。錆びた剣を回収し、不燃ゴミ置き場へ捨てること。


しかし、それを勘違いしたのが勇者たちだ。


『で、出たな魔王の番人!』

『聖剣を守るガーディアンよ! 気をつけて!』


彼らは武器を構え、掃除用スケルトンに襲いかかった。


「あら、作業の邪魔をしないでほしいわ」


スケルトンは鬱陶しそうに、ハエを払うように裏拳を放った。


ドォォォォン!!


その一撃で、戦士風の男がボールのように壁まで吹き飛んだ。

壁に亀裂が入り、部屋全体が揺れる。


『なっ……強い!? なんだこの威力は!』

『ひるむな! 聖剣を手に入れる試練だ!』


アリステアが叫び、全員で一斉攻撃を仕掛ける。

魔法が炸裂し、剣が火花を散らす。

けれど、スケルトンは無傷だ。漆黒の鎧には傷一つついていない。

彼には「ゴミ出し」という崇高な業務があるため、攻撃を無視して祭壇へ向かう。


そして、無造作に聖剣を掴んだ。


バキンッ!


錆び付いた台座ごと、大根を引き抜くように簡単に引っこ抜いた。

そして、それを小脇に抱え、出口(ゴミ捨て場方面)へ向かおうとする。


『ま、待て! 聖剣を持ち去る気か!』

『させない! あれは俺のものだぁぁぁッ!』


アリステアが狂ったような形相で、スケルトンの背中に飛びついた。

私の「生姜焼きバフ」で強化された腕力で、スケルトンの持つ剣の柄にしがみつく。

まるで、おもちゃ売り場で駄々をこねる子供のようだ。


『離せ! この薄汚い骸骨め! 返せえええ!』


スケルトンが足を止めた。

赤い眼光が、腕にぶら下がるアリステアを見下ろす。

そして、こう思っているのが伝わってきた。


(……なんだこの人間は。このゴミがそんなに欲しいのか?)


スケルトンは、持っていた剣をパッと離した。

どうせ捨てるつもりだったのだ。

この人間が持って行ってくれるなら、運ぶ手間が省ける。

「どうぞ、差し上げます」というジェスチャーをして、スケルトンは手を払った。


ドサッ。


アリステアは剣ごと尻餅をついた。


『……え?』


スケルトンは「お勤めご苦労」という風に片手を上げ、そのまま壁の中へ消えていった(帰宅)。


一瞬の沈黙。

そして、アリステアが狂喜の声を上げた。


『見たか! 番人が逃げ出したぞ! 俺の気迫に恐れをなしたんだ!』

『すごいです勇者様! あの黒騎士を退けるなんて!』


アリステアは大興奮だ。

スケルトンがゴミを譲ってくれただけなのに。


そして彼は、聖剣を高々と掲げ、カメラ目線で(正確には天井に向かって)叫んだ。


『待っていろ、魔王! そしてシェリル!』

『この剣で、貴様らの首を刎ねてやる! 俺をコケにした罪、その血で償わせるぞ!』


カメラ越しに、彼の歪んだ笑顔が大写しになる。

その瞳には、明確な殺意と、昏い欲望が宿っていた。


「……まあ」


私はスプーンを置いた。

なんて野蛮な人たちだろう。

ゴミを拾って喜ぶまではいいとして、それで昔の女を殺そうとするなんて。


「育ちが悪いのね。あんな人とお茶を飲むことにならなくて良かったわ」


私は他人事のように呟いた。

私にはダンジョンの防衛機能があるし、いざとなればあの錆びた剣ごと『高圧洗浄』で吹き飛ばせばいい。


けれど。


「…………」


隣から、音が消えた。

空気が、重く、冷たく張り詰める。

『快適』に設定されていたはずの室温が、一気に氷点下まで下がった気がした。


振り返ると、レイヴンさんが画面を凝視していた。

手にしたスプーンが、飴細工のようにぐにゃりと曲がっている。

黄金の瞳は細められ、底知れぬ剣呑な光を放っていた。


「……殺す、と言ったか」


低く、地を這うような声。

いつもの「おかわり」と言う時の、温かみのある声とは別物だ。

彼の体から立ち上る魔力が、リビングの空気を物理的に歪ませている。

本物の皇帝が持つ、絶対的な処刑の気配。


「あの雑魚ども……俺のシェリルに刃を向けると言うなら、話は別だ」

「れ、レイヴンさん?」

「皇帝としてではなく、一人の男として……惨たらしくすり潰してやる」


彼が腰の剣に手をかけた瞬間、殺気が暴風となって吹き荒れた。

ポチ(フェンリル)が「キャウンッ」と悲鳴を上げて、スライムベッドの下に潜り込む。


まずい。

このままだと、彼が勇者一行を虐殺しに行ってしまう。

それでは私の家の前が血なまぐさくなるし、何より、彼の手を汚させたくない。


私はとっさに、自分のプリンをスプーンですくい、彼の口元へ差し出した。


「レイヴンさん、あーん」

「……え?」


殺気が霧散した。

彼はキョトンとして、私とスプーンを交互に見た。

鬼のような形相が、一瞬で間の抜けた顔になる。


「ほら、糖分が足りていませんわ。イライラするとお肌に悪くてよ」

「い、いや、しかし奴らは君を……」

「大丈夫よ。あんな錆びた剣じゃ、私のエプロン一枚切れませんもの」


私がニッコリ笑うと、彼は毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。

そして、少し顔を赤らめながら、パクッとプリンを食べた。


「……美味い」

「でしょう? カスタードの火加減には自信がありますの」


彼は口元のカラメルを舐めとり、ふぅ、と息を吐いた。

まだ瞳の奥には冷たい光が残っているけれど、暴走は止まったようだ。


「わかった。君がそう言うなら、今は手を出さない。……だが」


彼は画面の中のアリステアを、氷のような目で見据えた。


「奴らが君の『聖域キッチン』に土足で踏み込んだ瞬間、俺が排除する。それだけは譲らんぞ」


「ふふ、頼もしいですわね」


私は曲がったスプーンを魔法で直し、再びお茶を啜った。


モニターの中では、勇者たちが聖剣を掲げて行軍を再開している。

彼らは知らない。

その剣がただの不燃ゴミであり、魔王城には世界最強の皇帝(過保護で甘党)が待ち構えていることを。


「さて、そろそろディナーの準備をしましょうか」


私にとって重要なのは、彼らの殺意よりも、今夜のメインディッシュの焼き加減の方だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ